泡消毒液

どうやら俺は死ぬしかないらしい。これは選択の余地がない運命と言われる類の俄かに信じがたい出来事だった。

今、こうして話している時間軸は死にかけて意識が朦朧としている時なのか、はたまたすでに死後の回想なのかは確かめる術はないしそんな事は今更どうって事ない。ただ俺の記憶を、人生を悔いて泣き、それでも自愛しながら眠りにつきたいと願っているんだ。

お前が生きてると時間軸とか他の家族に支障が出るんだよ。だからお前には死んで貰わないとならない。申し訳ないが分かってくれ。

そう唐突に言われた僕はあっけらかんとしていた。少なからず家族から死を懇願される事になるなどとは思ってもみなかったからだ。それは自分の死を考えるよりも痛烈で鮮烈な彩りを帯びて私に真赤な絵の具がぶちまけられた気がした。不快ではなく、寧ろ笑けて来てしまって「何で?」と純粋無垢な子どもの心情と投げかけられた衝撃が予想外過ぎて驚いていたんだ。

詳しいことは言えないがお前が存在していると家族の人生に矛盾が生じることになる。だから…。

「…え?」流石に言葉に詰まった。そう言えば何だか薄暗い夕方の実家でテレビを見ているなぁと思った。何だかここは現実と霊界が混在しているかのような違和感を感じる。ホラーゲームの見過ぎだろうかと反省しつつ、ふと我に帰った。

「そんなの嫌だよ。」だって家族じゃないか。しかももう半年もせずに末っ子の俺でさえ26になるんだ。何も無かった事にはしたくないよ。

「そうすると母さんに影響が出る。詳しい事は言えないがお母さんの人生が壊れるんだ」と父は言う。決してそこに恨みの感情や妬ましさは存在しなかった。ただ事実を淡々と告げられる癌患者にでもなった気分だ。受け入れがたいが受け入れるしか無いと悟った私は仕方がなく了承した…。

横たわると何やら安楽死させるようだ。リビングを見渡すと懐かしく見慣れたドアと居間とみんなが居る。何故かホラー特有の人形などもそばに居たが死にゆく際は怖く無かった。けど注射を打たれようとしたまさにその時、やっぱり怖くなった。寂しかった、悲しくなった。俺が消えることで何も残らなくなる気がしたからだ。それが怖かった。そう伝えると、

「もう時間がないんだ」と皆、目を伏せながら困り果てていた。見ていられなかった。やるしか無かった。だから受け入れた。薄れゆく意識の中、姉の幼い頃の笑顔がハッキリと浮かんできた。階段でよく遊んだなぁ。青くてぽい子供っTシャツも着てたなぁ。父母には何も返せてないなぁ。もっと一緒に遊びたかったなぁ。とか考えていたら、隣にいる母に26になる俺は大人のプライドを捨ててやっぱり寂しいよ!怖いよ!と子供の姿に戻って泣きついていた。ああ、やっぱり本心は誤魔化せないとそこで初めて分かった。泣いて抱きしめてくれていた。もっと家族を大事にすればよかったと、もっと人生を後悔のないように一生懸命に生きれば良かったと、失敗を恐れてダラダラ過ごすべきじゃ無かったと、ただただ後悔が止まなかった。そんな不可思議な夢の狭間だった。眠りにつく時くらいは「泡で出る消毒液」の様にシュワっと綺麗に逝きたいものだなぁと。

こうして涎が喉に落ちてくる不快感で咳込み、夢から覚めた。これは本当に見た夢の話。

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