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東京に住む龍  第三話 龍が動き出すとき神々も動き出す

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登場人物

青龍・水神辰麿 世界に5柱しかいない龍の1柱、青色をした東の龍で年齢はあと2年で1億歳。人間姿では都内の龍神社の神主で22歳、大学生卒業後、龍なのに神主養成所に通う。神武天皇以来、現世の日本国政府に保護され、マイナンバーカードを所持。
宮前小手毬 18歳の高校3年生、青龍とは幼馴染で、婚約者?国立大学の薬学部を目指し猛勉強中。
野守 鬼神、日本天国の支配下にある日本地獄の長官で、現世日本国政府との連絡役。冥界での産科・薬学の創始者。高天の原政庁の役人をしながら、元禄時代に最高学府・獄立地獄大学を創設。現在は名誉学長を兼任。
胡蝶 天人で女神、野守の妻。獄立地獄大学物理学部の教授。専門は宇宙物理学で野守と共に龍の研究をしている。
龍馬 青龍が使役する眷属、人間の姿では高円寺に住むミュジーシャン。
笠原 内閣官房国民生活調査局伝統宗教担当課長、青龍の保護をする官僚。

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 太陽の光は一切入らない代わりに、鬼火が多く燃えている。それに罪人に責め苦を与える刑場の業火の激しい炎も地獄を照らす。いずれにせよ太陽光よりは弱い上に、しばしば雨が突然降りだす厳しい環境だ。鬼火は地上の現世の日照時間に合わせているので、昼夜も四季もあった。神も鬼も妖怪も三千五百年前までは現世に住んでいたので、地獄の住人の一日にも睡眠時間があるのだ。現世と違うのは昼なお暗い曇天の空。八大地獄は業火が燃えているので現世より暑く。八寒地獄は極寒の寒さだった。

あの世は天国地獄併せて、住人の人口は三千万位しかない。この中には天国の極楽浄土や地獄の刑場、あるいは三途の川にいる未決の人間、亡者の魂は除いた数字だ。

地獄の中心地は閻魔庁の辺りだった。閻魔庁の並びに地獄の全てを統治する、地獄省の庁舎が続く。地獄省は片側が深い絶壁で、各地獄が眼下に望めた。反対側が閻魔通りで、地獄のメインストリートだ。閻魔通りを進むと、繁華街になり地獄省より数百メートル行った所に、地獄の東京駅と言ってもよい閻魔庁駅があった、ここからは地獄各地と天国への鉄道が伸びていた。この辺りは人通りも多く、高級店や老舗もあり銀座のような様相を呈していた。更に行くと五つ星ホテルが何軒も建っていた。この辺は西洋のモンスターやらアジア系のエスニックな妖怪の、国外の観光客を多く見かけられた。

閻魔区と呼ばれるこの地区の中心地には、あの世の重要な施設が建っていた。閻魔通りのホテル街から西に坂道を下ると、一段低くなった台地に、地獄立地獄大学があった。日本の冥界の最高学府である。地獄の長官職に千二百年前からある野守が、ラテン天国にある大学を手本として、元禄年間に設立した総合大学だった。

あの世は天国地獄が分離する前から、無償義務教育をしていた。現世日本と同じように、六・三・三制で、大学・職業学校も無料。院生には生活費も支給された。高校まで義務教育で中学まで現世と同じく全員共通。高校は進路資質に合わせて、多彩なコースがあった。高校の上の大学・職業学校の進学率は八十パーセントを超えるが、現世と些か事情が違う。不老不死でもあるせいか、高校卒業後一旦就職してから、大学に進学する者が多かった。医者など職業によっては百年に一度は大学に戻ることが義務付けられた学科もあった。

 獄立地獄大学は最高学府だが、競争原理が働くように、八寒大学と阿鼻地獄大学の総合大学の他に、理科大、医科歯科大、冥界の住人が愛して止まぬ和歌の研究と教育をする獄立和歌大学などという、単科大学も地獄には多数あった。

とある週末、地獄大学の理学部大ホールで、「龍学会」開催されていた。青龍をはじめとする世界に五柱しかいない東洋の龍の研究をする学会である。研究者はアジアの仏教系の冥界ばかりでなく、世界各地から集まり中々の盛況だった。

産科医療の創出発展に尽くした野守が、生物の起源として龍に注目したのが、地獄大学を設立した江戸時代初期からだった。元々、アジアのあの世では、神すら存在しない古い時代から生きる神獣の研究は、太古の時代からされていた。それは宗教・民俗学方面など人文科学的アプローチだった。龍研究の科学的アプローチをはじめたのは野守だった。それ以降、あの世の生物学と言ってよい神・妖学方面などの龍の研究は、アジアのあの世では野守が先鞭をつけたことで盛んだった。

野守は龍を、科学的、神・妖学的研究で、龍は地球外から飛来し、地球での生命誕生に寄与している、仮説を立てていた。

三十年前、野守の妻の胡蝶が、まだ天国の天照大神の観測所にいたとき、当時実用化された電子観測機器で、龍の動きを捕らえることが出来るようになった、コンピュータの解析で、龍の動きをグラフィックで可視化することに成功した。龍がほぼ毎日天上に向かい、宇宙空間にも何なく行けること、龍が天上で他の龍と頻繁に交流していること、独自の言語を用いていることも、胡蝶が解明した。胡蝶が天照大神の研究所で、龍の行動を捕捉してから、アジアならずとも世界中の冥界で俄然研究者が増えた、今勢いのある研究分野の一つになっていた。

千人を超える人員を収容出来るホールは、ほぼ満員だった。世界中から集まった、古文書解析、聞き取り民俗学、地獄記録学、言語学、天文学、宇宙線、神・妖学の龍を研究する研究者が横断的に集まっている。

野守は学会の創設者であり、第一人者である。今回は司会進行を勤めている。壇上からぎっしりと詰まった客席を見渡した。さすが今回は研究者だけでなく、各あの世の政府関係者やジャーナリストの姿も目立った。野守が眺めた客席には、普段は研究者が殆どのなのに、今回はネイティブアメリカンの羽飾りにフロッグコートのアメリカ天国の政府関係者。金糸の縫い取りがある極彩色の上衣を羽織ったアフリカあの世連盟の理事長の姿も見受けられた。

会場の運営をしているのは、宇宙物理学者の妻の胡蝶の研究室だ。今日は薄い緑の地に色鮮やかなチューリップの裾模様を、自分で刺繍した着物に、黄色い丸帯を太鼓結びにして、めかし込んでいた。後二つで発表だが、ばたばたと会場を走り回っている。明るく人当りの良い「女神」でもある妻は想定外の客が多い会の仕切りをしていた。「近年の龍の行動パターン解析」が彼女のテーマだった。

いつもは終了後に、大学近くの居酒屋で各国の研究者と、肩肘張ら無い意見交換をするのだが、今回は休憩時間も終了後も、各国政府の要人との会談をねじ込まれていた。学長室には日曜日にもかかわらず、天帝様が来校し藤原定家学長も出勤していた、モニターでメイン会場の様子を見ているはずだ。

『阿保龍め』

と野守は心の中で思った 

青龍が十三年前から、八千万年もの間十歳児であった、神の身体=人間の身体を成長させ、さらに得れば強大な力を持つ「龍珠」になる女性が現れたのだ。当初野守と高天原政庁の天帝様は、秘匿することも考えていたが、龍達はお互いに交流している。シャム天国に住む紅龍もいる。紅龍と龍珠の男性の間には多くの子がいて、どういう訳か皆龍にはなってなかったが、殆どがシャム天国の公務員で、中には政府中枢にいる子息もいた。青龍が近く龍珠を得るであろう情報は、遅かれ早かれあの世の世界に漏れ出る事だった。

高天原は先手を打って、青龍が神の身体を成長させたということと、龍珠となる女性が周囲に現れたという、確実な情報を出した。が予想通り、世界の神々の反応は大きいものがあった。各神々の予知能力が、大きな災いの予兆と感じたのだった。

過去の歴史は龍の思惑により地球存亡の危機があった事を伝える。龍は強大で種の滅亡にも関わると云われる。六千年前のユカタン半島に落ちた隕石は、龍が意図的に回避させなかったという説が、学会の主流的な見方だった。

龍が動き出すとき、神々も動き出す。

世界中の神々が、人類滅亡いや地球の存亡を感じて動き始めているのだ。

今学会の目玉の発表は、ラテン天国から来た、古代言語学者の「龍のコミュニケーション言語と他言語の比較」だった。研究者は父なる神の後裔になる人物だった。古代言語学では第一人者だったのだが、龍の言葉を解明したいと言われたとき、野守は遠国の研究者が、龍の研究それも手付かずの龍の言語を研究すると聞き、研究者の業を感じた。大学者になればなるほど、解明に時間がかかるものに手を出してしまう。彼は最近日本の天国に遊びに来た青龍を捕まえて、インタビューを試みた。のらりくらりと対応された上に、

「これからは英語を共通語にしよっかなっ」

冗談なのか本気なのか分からない返答をされている。野守が論文を査読したところ、四千年前に滅んだ古代中国語の系統説だった。龍は語らないから、奴らを観察することしか、研究のしようのないものだ。

 同じ頃現世東京都内にある、龍神社の社務所では、青龍の神の身体=人間の姿の水神辰麿と、宮前小手毬が逢っていた。青龍は恋人にしたいのに、小手毬は交際したくないと頑として断り続けている。しかし小手毬はほぼ毎日、神社に遊びに来ている。そればかりか、小手毬が祖父母と一緒に暮す家に辰麿が晩御飯を時々食べにくる仲になっていた。相変わらず周囲からは、犬がじゃれているようにしか見えなかった。

 子供の頃婚約したことについては、腫れ物を触るように、辰麿は話さない。小手毬はぴちっと言わないと思っていた。それと家族や友人に辰麿が龍で、妖怪の家来がいて、さらに子供の時に婚約するという、馬鹿げた話もする気にはならなかった。辰麿をどやしつければ婚約なんてないことに無くなるんだ、とも楽観的に考えていた。高校三年生なんでこんなことより受験勉強だ。

 国立大学の薬学部を目指す、ハードな受験勉強の息抜きに、辰麿と他愛のない話をするのが好きだ。

 辰麿は顔もお公家さん顏だが、しゃべり方もおっとりしている。それが阿保っぽく見える。小手毬は辰麿のことを、決して頭も悪くないし、知識も知恵もあるのだが、反応が遅いのだと思っている。子供っぽく、慌てると手をぱたぱたさせる癖もあるのも、損な所だと分析している。

 お洒落のセンスはというと、信頼できない。神主の白い着物に水色の差袴という、決まった服装を普段している。それは神社用品のウェブサイトで買っているそうだが、何年も着こんでいて、よれよれだった。去年までは大学生だったので、通学にはカジュアルウエアを着ていたが、理系大学生の、絶望的にださい恰好をしていた。ジムとか抜刀術の道場に行くときは、デニムにティシャツが多いが、人を不愉快にさせない程度のコーデしかしなかった。小手毬が見て残念なのは、ざんばらな長髪だった。当人は粋がって伸ばしているのではなく、背中に鬣が生えていて、それにアイデンティティ持っていて絶対に剃らない。鬣は後ろ髪から連続して生えているので、隠すために肩まで伸ばしているのだ。着物を着ているのだし、男物の洋服はデコルテを露出する服ではないから、襟の辺りまでで切り揃えれば、恰好いいのにと思う。

「小手毬、髪延ばしているの、可愛いなー」

 と褒められた。辰麿に服のこととか、お洒落のことを言われても信用できない。ここは切った方がいいなと、小手毬は判断した。そういえば、勉強が忙しくて、先月も今月も美容院に行っていなかった。 

 翌日学校帰りに、地下鉄の駅の商店街にある美容室に行った。学生料金もあるし、明るくポップな店で、予約なしでもカットなら気楽にしてもらえた。駅から出て商店街のその美容室で、髪を切ろうとしたが休みだったので、家の方へ歩いて帰った。近くにはマダム向けの美容室もあったが値段も敷居も高くて、髪のことは、どうでもよくなった。

 受験勉強のもう一つの息抜きは、雅楽の稽古だった。目白の元宮内庁の楽師のお爺ちゃん先生のところに週一で通う。今のところ楽しい。篳篥の練習をしているが、他の楽器も習ったりしている。他所の稽古所のウェブサイトを見ると、別の楽器の稽古もすると稽古代が別にかかったり、今の楽器をマスターしないとやらせてくれなかったりする。ここでは楽琵琶をつま弾かせてもらったり、和琴をいじらせてくれたりした。辰麿と五節の舞の奉納の約束したので、先生から目的があるならと教えてもらっている。

 二十一歳の秋に龍神社に十二単衣を着て五節の舞を奉納する、未来があり、その衣装は自分の花嫁衣装で、五節の舞を毎年奉仕するようになるとは、この時は想像すら出来なかった。

 稽古所には私立の音大のピアノ科の女子大生も通っていて、年齢が近い所為か親しくなった。稽古の後で駅前の甘味店に寄って、大学の話とかした。音大生の生活や大学の様子は興味深々だった。夏休み中に稽古終わりで先生と三人で話しているとき、センター試験を受けるなら、東京藝大の雅楽専攻を受験すればと勧められた。あとは実技だけだという。受験まで篳篥の稽古の集中して、藝大の雅楽科を記念受験することに決めた。

 八月の終わり、矢鱈と暑い週末に龍神社の祭礼があった。去年は伊豆旅行で行かなかったお祭りだ。子供神輿が一台、地下鉄の駅前商店街に渡御する、小さな小さなお祭りで、この街の鎮守となっている神社の祭礼よりずーと規模は小さかった。小手毬は子供の時から屋台の焼きそばとか綿飴は、得体が知れないので得意ではなかった。不思議と龍神社の祭礼とか初詣の屋台のものは好きだった、特に焼きそばは具が沢山入って焼き加減が絶妙で好きだった。他所の屋台と違って、清潔感があり、売り子に胡散臭さがなかったのが、気に入っていた。

 土曜日の夕方に予備校の帰り龍神社に行った、氏子の馬場君やらこの辺りに住んでいる同級生と境内をぶらついた。真っ先に焼きそばの屋台を見つけると駆け付けた。やっぱり覚えのある、ふっくらとした中年の女性が鉄板の向こうに立っていた。馬場君に「まずは神様に参拝しようや」と言われ社殿で拝んだ。社殿の中には金襴の狩衣に烏帽子の辰麿がいて、何やらお祈りをしていた。真面目に神主しているじゃん。小さな境内にささやかに屋台が出ている。みんなで唯一の射的をした。普通は怪しげな置き物を的にするのだが、ここのは合理的にも、スーパーやコンビニで売っているお菓子だった。一発百円で煎餅のバカウケを当てた。コスパがよくて気持ちがいい。久ぶりの龍神社のお祭りなので、興奮してきた。馬場君には「はしゃいでるじゃん」と言われる。金魚すくいを数年ぶりにした。お好み焼きもりんご飴も、もちろん焼きそばも買って、ラムネを飲みながら、社殿が見える場所で、食べながら皆で話した。

 話題はここの神主と小手毬が付き合っているという話題になった。小手毬は社殿にいる辰麿をちら見しながら、全力で否定した。

「宮前さー、子供の頃は神主と一番仲よかったよな」

 この中で引っ越す前の小手毬を知っているのは、直ぐ傍に住む馬場君だった。水戸君も大原さんも近所のマンションの住人で、小手毬がこの街を去ってから転入してきた。

「俺は大した奴だと思っているよ。

 ここはさ、神主がいない神社だったんだ。ちょっと聞いたことがあるんだけれど、小さい時に両親に死なれて、神主の叔父さんの元に引き取られたそうだ。居場所が無くなると困るんじゃないかと、叔父さんが管轄していた、この神社に住んでもいいということにして貰ったんだて。学校は別のとこだったけれど、この辺りで遊んでいたのは自分の神社だからだったからなんだって。   

  中学生になったばかりで、うちに挨拶に来たんだ。うちの祖父さんは氏子総代なんだ。今社務所で飲んでいるよ。ここの神主になるんで宜しくてさ。中学生なのにお祓いとかきちんとして、大人の神主と同じで、俺は驚いたよ」

 中学生の頃から辰麿は神主をしていたと話してくれた、小手毬は神主ごっこレベルだと思っていたので、まともな神主とは意外だった。小手毬の知らない辰麿像だった。

「爺さんとも話したんだけど、宮前、神主と結婚してくれたらいいな、氏子として応援したい」

 焼きそばもお好み焼きも食べつくして、煎餅のばかうけの袋を開けたところだった。危うく煎餅を喉に詰まらせそうになる。

「私にだって選ぶ権利はあるわ。奴とは幼馴染と言うだけで、付き合ってもいないし、勝手に辰麿と結婚させないでよー。どのみち直ぐには結婚しないわ。独身生活を謳歌してやる」 

「辰麿なんて下の名前で呼んじゃんだから、彼氏だと思われるのよ。今どき有名大学卒業で、しっかり働いている男は大事にした方がいいわよ」

 大原さんに諭された。辰麿との関係は他人に誤解されるのだな。

「奴はさー龍なんだ、妖怪の龍だよ」

 先日聞いた辰麿の正体について話した。がしかし、馬場君達は別の話題に移っていた。龍だ妖怪だといっても信じてもらえないやと、小手毬は思った。本性が龍の辰麿は、暗くなったので、中が光り輝くようになった、社殿の中で、普段より垂らしている白い紙が多い紙垂《しで》を、ひらひらさせて祈祷をしていた。 

 家に帰って、普段は深夜まで勉強しないが日本史のノートをまとめていたら、明け方近くなってしまい、起きたら昼近くだった。家の前を龍神社の子供神輿が通る。「わっしょいわっしょい」で起こされた。ああそういえば浴衣を用意していたのを思いだし、普段は飲まないコーヒーとパンで朝食を摂り、今年この為に買った赤い浴衣に着替えて家を出た。巡行のコースは駅前商店街までで、歩くだけならば十分もあれば往復できる距離しかない。子供の行列なので何処かで休んで来たか、小手毬の家から百メートル位商店街寄りの方にまだ行列があった。家の前でお神輿を見物してから、後から付いていくように神社に行こうとした。

 行列は子供神輿とお神輿が担げない小さな子供が、行列になって歩いていた。親の付き添いもあったが、その中にくそ暑いのに龍の丸紋の金襴の狩衣を着込んだ辰麿がいた。小手毬を見つけた辰麿にいつもように挨拶された。行列が行き過ぎて、のんびり付いて行ながら、何か変じゃないと感じた。

 お神輿とか山車に神主は付いて回るのか。他の神社のお祭り、引っ越す前にいた町の神社も、この街で一番大きな神社の神輿にも、神主はついてこない。でもテレビで見た有名神社の祭礼では、官位束帯の神主が人力車に乗って行列に参加しているのを見た。そいうのもあるけれど、私が知っているお祭りでは神主さんは付いてないよなと思った。そういえば何処かで、お神輿には御神体から分離した神様に乗ってもらう儀式をするんだと聞いたことがあった。ああそうか、辰麿は龍で御神体だから、お神輿に付いて行くのだなと、小手毬はそんな考えに至った。

「神主が龍なんて、誰にも話せないよ」

 人に聞かれないように独り言を言った。 

 秋になった受験勉強で、男子も辰麿も目に入らないくらい、集中してきたとき、波風が立った。元住んでいた東京都西部の街に住む、父の経営する会社の経営が芳しくないというのだ。不安な気持ちで、父に一度会いに行こうと決心をした。

 父の会社の経営状態によっては、私立の薬学部へ行けなくなるかも、国立大学に是が非でも入らなくては。そして薬学部は六年制だ、四年制で化学学科を目指すか、いずれにせよ、父の経済状態を把握せねばならなかった。

 祖父母から話を聞いたのか、辰麿が訪ねて来た。夕方ご飯をご相伴に来たのだった。湯豆腐の鍋をつつきながら、話を聞いた辰麿が、父に金を貸してもいいと言い出したのだ。神社の賽銭がどの位あるか知らないが、大学出たての神主に、纏まった資金を提供出来るのか疑問だった。

「小手毬が藝大の雅楽科に入学したら、僕が学費を全部出すよ」

 辰麿は非現実的な話をしながら、最後の豆腐を攫っていった。              

祖父母の方からも国立なら学費を用立てよいという話と、教師に相談したところ、北関東のある大学に、抜群の成績で合格すると特待生制度があると教えてくれた。偏差値の低い大学で、授業料が免除になっても、通学の交通費がかなり掛かりそうだった。他にも薬学部か化学学科で、合格点が高ければ授業料が安くなる大学を調べて貰うことにした。

 その土曜日、父と連絡を取って東京西部の街に出向いた。以前住んでいた町の駅近くのファミリーレストランで父と逢った。この店の前は昨年まで予備校で帰りが遅くなると、母に車で迎えに来るのを待っていた場所だ。父は食が細くなったのか、お粥定食、小手毬は子供の頃に結構気に入っていたハンバーグ定食にした。

 父に心配しないで勉強に打ち込んでくれと励まされた。色々話したところ、私立の入学資金は用意しているが、手を付けることになるかも知れないと、父は苦しい胸の内を打ち明けてくれた。資金繰りが小手毬の受験の頃厳しくなるので、最悪祖父母に国立の入学金を出して貰うことになるかも知れない。そしてきっぱりと言われた。必ず会社を立て直して、二年生以降の授業料は払うと話した。

 離れてしまったが、小手毬は父のことを心配していた。母と離婚して精神的にやられてはいないか。離婚の原因となった母の新しい男は、技術屋の父が起業してから共同で開発していた大学時代からの友人で、父にも小手毬にも知られずに、母と付き合っていたからだ。友人は発覚後会社を辞めたが、他社へ技術漏洩もしていた。父は直接の関係はないと話していたが、大型案件が一つ無くなったのだった。鬱病になったらどうしよう。

 あまりおいしくないコーヒーが冷めた頃、父の励ましになるか分からないが、辰麿が藝大の学費を払うと言った話を、面白おかしくした。

 それから間もなく辰麿は、父とほぼ面識がないのに、父の会社を訪問したらしい。

 薬学部に行くため小手毬は猛勉強をしたはずだった。センター試験の成績は模試なんかより高くて、教師に東大の薬学を受験したらと言われた。身の程を知っているので、そんなことをしたら、横浜国大と千葉大学への受験機会が減るので断った。心の中では有頂天だった。

 ここで思い出せばよかったのだ、私の運命は第三希望が通ることを。今回ばかりは第五希望だった。受験したのは薬学部薬学科が国立二校、私立はあこがれの慶応大学と、偏差値の低い薬科大学、ここしか受からなかったら浪人するつもりの大学だ。そして国立東京藝大音楽部邦楽科雅楽専攻の五つだった。

 決して入学試験では、力が発揮できなかった訳ではない。むしろ手応えを感じていたくらいだった。しかし薬学部を全て落ちてしまった。模試の判定でも、進路指導の先生が太鼓判を押していた国立大学の薬学にも、滑り止めまで落ちてしまった。

 薬学部の入試に全部落ちたと知った時は、寝込んでしまった。三月末まで私立の受験機会はあると言われたが、中学生の時から薬学部を目指して、頑張ってきたのに、もう力が抜けて起き上がれなくなってしまった。

 気が抜けたのか風邪もひいてしまい、寝ていると、辰麿が訪ねて来た、なんと藝大に入学金を払ってきたというのだ。藝大受験のことは辰麿がご執心で、受験日にはわざわざ迎えに来て一緒にタクシーで帰ったくらいだ。そのタクシーの中で、発表を見に行く言った辰麿に、受験票を渡したのだ。合格したので勝手に入学手続きをし、その場で入学金を現金で払ってくれていた。理解不能だか学費は辰麿が出すことになったのだ。

 冷静に考えれば浪人して来年薬学部を目指すのが合理的だか、父の会社の資金繰りが悪化していたこと、辰麿に藝大合格の報を聞いて家の中で祖父母がお大喜びしてしまったこと、父に電話をしたら学費を払わなくて、ほっとしていたこと、そして脳みそがどうかしていたので、四月から東京藝術大学音楽部邦楽科雅楽専攻に進学することになった。

 五月になって資金繰りが回復した時、父は辰麿に入学金を返そうとした。辰麿は頑としてそれを断ったのだ。

「小手毬は誰と付き合っても、結婚するのも自由なんだ」

 と一応辰麿は言ってくれた。薬剤師から雅楽師という未開の道に行くことになってしまった。 

 その日、富〇通の北陸工場は、波乱な一日を迎えていた。

 宮古島総理直々に、内閣官房の若手官僚の両親がいる、日本国内にある匿名の研究所が、スーパーコンピューター「京」の後継に当たる「富岳」の購入を検討していて、工場を訪問したいとのことだった。官邸からは匿名の研究所ではあるが国内の研究所で、日本の国益は損なわないと上層部には連絡があった。また税制面でもこの件では不利益を被らないようにするという確約も、官邸の方から出してくれたのだった。

 八時五十五分、北陸工場の正門に黒いセダンが現れた。若い男が運転して、後部座席に男女が乗っていた。工場の玄関に待っていた、工場長並びに子会社の幹部、東京から来た本体の常務をはじめとする営業担当者がずらりと並んで、三人を迎えた。

 若手官僚と匿名の研究機関の教授で、富岳購入の責任者である女性研究者と、その夫で研究所の決定権者が来社したのだった。

 日本国内の研究機関ではあるが、その正体は日本の地獄にある獄立地獄大学の教授の胡蝶と、地獄省長官で地獄大学の名誉理事長である野守。若い官僚は内閣官房でアルバイトをする曼珠沙華の親子だった。

 その場にいる人間の注視の的になったのが。富岳お買い上げになる、大事なお客様ということもあったが、美男美女の上、お互いを「お父さん」「お母さん」と呼び合う男女だった。成人した子供がいるのに、二人の見た目が若くて不自然だった。

 野守はスーツ姿だ、長身で着痩せするのでスーツも似合う。地獄で誂えたのか、デザインは近頃流行りのものであるが、妙なてかり方をする黒いスーツを着込んでいた。四千年以上生きて来た不老の鬼である。若くは見えないが肌艶が良いので、二十台後半にも壮年にも見えた。現世で活動中なので術で角と鋭い爪は隠している。そしてこの男、表情がない。東京から数人営業が来て見学の列に加わっているのだが、営業のエキスパートが話しかけても、ピクリとも表情を変えない。

 富〇通の社員に俄然注目されたのが、胡蝶だ、あの世の住人は不老不死故に、見た目が壮年で止まるのが、二百歳くらいだ。彼女は二十台前半で、あどけない女子大生に見える。長身のセクシーな美男子と夫婦なのは理解できたとしても、どうみても愛の結晶にしか見えない、母親似の息子は官僚なので成人だ。この若く見える女性は何なのか。

『この洋服は不味かったな』

 息子の曼珠沙華は、現世の人間たちの好奇の目に晒されている、母親を見て思った。

 あの世の住人は着物を着ている。普段着も仕事着も着物の生活で、カジュアル着物と下着は現世と別な発達もしているが、幕末辺りの着こなしを基本としていたので、現世の和装に近い。胡蝶は現世に遊びに行くときも着物だ。日本のみならず、夫の海外出張に同行して、ラテン天国だと現世のイタリア・フランス・スペイン辺りによく遊びにいく。アフリカだろうがシベリアだろうが、着物で現世旅行を楽しんでいるのだ。

 この人に洋装を勧めなければと反省した。行先が富〇通という企業で。現世の一般企業では、和服の人間が出入りすることはないので、両親にスーツを着ることを提案した。あの世では洋装の人気がなかった。それでも現世に出張や遊びに行くので、現世の洋服を販売している店がある。そこでは誂えることもできた。父親の方はスーツのデザインが時々で変わることも知っていて、最新のデザインで、あの世で生産されている布地で作らせた。この人は仕事の時は黒しか着ない人なので、黒のスーツにした。上背がある上に足が長いので、似合う。というか研究所の所長というより、色香漂う二枚目俳優だ。

 母親の胡蝶は、ベージュ色の絹の綸子の柔らかい布で手足を一切露出しない、アオザイのようなワンピースを着ていた。柔らかな布が体に纏わりついて、体の線を強調している。あの世ではずいぶん昔から。帯の代わりにコルセットをするのが一般化していた。今回胡蝶はワンピースだけでは腰が心もとないので、同布のコルセットをワンピースの上から締めた。その上、下着に現世のブラジャーを付けていて、細腰の上に円やかな豊かな胸が強調されてしまっている。

 あの世の女性たちは洋装を嫌う。手足を露出し、体の線が出るのだから。最近現世ではやりのパンツスタイルは、特に嫌われていた。現世も冥界も男女共に『下履き』現世日本では『ステテコ』と称されるものを、着物の下着として履く。その心もとないステテコと、パンツは同じ薄さなのだ。現世のパンツは薄いぴろぴろの布で、まるで下履きと変わりない。曼珠沙華は母親に今回だけは、パンツスーツでと説得したが、胡蝶の要望を聞いた洋装店は、逆に体の線を強調した、不可思議な洋服を縫い上げたのだった。

 男たちは胡蝶の細腰と巨乳に、目が釘付けである。隣を歩く無表情な美男はこの腰を抱くのだろうと妄想させた。

 正方形のタブレットで関係者の意見を聞きながら、胡蝶が開発者に夢中で質問をしていく。隣の無表情の男は、たまに核心を突く質問をして来た。その後ろ歩く曼珠沙華の隣には、東京から来た営業業担当常務が付いて回った。

「ご両親の専門は何ですか」

「父は生物学、母は物理学で、二人とも博士号を持っています。今は同じテーマ研究しています」

 父はもっと昔、産科医学と薬学を創った、あの世の世界で最も著名なな医者だったんだよ。その後三百年前に現世で云う生物学、あの世で云うところの神・妖学を創始した学者なんだ。現世に自然科学を広めた冥界の大科学者の一人なんだ。開発者の皆さん、その黒いスーツの男は、あの世からはじまった理科の元祖の一人で、鬼なんだよね。

「あれでも、うちの母親は五十過ぎです」

 父親は四千数百歳なんだよ、

「そんなお年には見えませんが、お若いですね」

 胡蝶が五十台と知った、その場の女達は、何処のエステに通ってるの、化粧品は何かと思ったのである。

 匿名の研究機関ということで、研究所名と名前を出さない約束で、官僚をしている息子の寺田曼珠の名刺しか交換できなかった。常務は曼珠沙華から話を引き出そうとしていた。

 常務の見立てでは、地方の基礎研究をする研究機関だった。息子が寺田なので、二人とも寺田何某という研究者なのだろう。後で血眼になって探しても各当の研究者は探し出せなかった。 

 胡蝶が手にして関係者と話しているタブレットは、正方形で画面を二分割して二人の人物と話していた。一人は地獄にあるぬらりひょんの息子が始めた通信会社のグループ企業で、コンピュータの技術者の孫だ。もう一人男性が映っているが、天国の天照大神の魂管理センターの研究所の研究員だった。この研究所はIT技術で人間より進んだ冥界で最先端を誇っている。地獄大学で富岳の前のスーパーコンピューター京を既に導入していた。これを魔改造したのが、地獄大学とぬらりひょんの通信会社と天照大神の魂管理センターだった。

 冥界の方がテクノロジーの発展が早い。スーパーコンピューター的なものは、亡者の魂を全て管理する必要上、数百年早く開発に手を付けていた。

「富岳は、当社の開発したCPUを使い計算機能は京の百倍以上になります」 

「京の百倍、そんな性能が上がるのですか、素晴らしいわ、お父さんどうしましょう」

 その場の社員達は、妻のおねだりが通るか、ハリーウィンストンか、三越伊勢丹ホールディングスの外商もかくやという思いで、夫婦のやり取りに注視した。無表情な男が口を開いた。

「ぬらりひょんの所に、据え付けメンテナンスをやらせるとして、全体の金額どの位行きそうか」

 タブレットの画面の男が納期と予算を提案してくる。

「うちの京は、八寒大に移したいけれど、理科大が欲しがっているのよ。私は八寒の方がいいと思うの、でも不測の事態が起こった時を考えると、近くの理科大がいいのかしら」

「京の移設を計画されているなら、是非弊社にお任せください」

 常務の営業がすかさず、声を掛けた。黒いスーツの男がそれを断った。

「ぬらりひょんのところで、やって貰う。地元の企業も鍛えないとな」

 常務は、「ハチカン」「理科大」「ぬらりひょん」と言葉が出て来て、配下に大学を有する研究所か。国内にある理科大と名がつく大学を幾つか思い描いた。ハチカンは何かの符牒だろう。美貌の男に思い切って質問した。

「失礼ですが、ぬらりひょんとは、どちらの会社のことですか」

「先代からの古い知り合いの会社だ。ぬらりひょんは社長のあだ名だ」

 海千山千の営業マンもこれ以上は聞けなかった。これを聞いた社員達は、頭の禿げあがったIT企業の社長を何人も思い浮かべた。実のところ、ぬらりひょんの会社とは、妖怪ぬらりひょんの息子がはじめた通信会社で、地獄に本社がある。あの世のインターネットでは草分け的な大企業だった。今胡蝶がやり取りしているのは、ぬらりひょんの孫で大型計算機の開発者だった。

 曼珠沙華は、母親のやり取りを見て、閻魔通り商店街の八百針で、三途の川の上流の三途高原産のキャベツにするか。天国の曼荼羅平野産にするか品定め。あるいは衣料スーパー奪衣婆で、オヤジの麻の下着を吟味するのと同じだと思った。女の採集本能は凄まじいぞ、安く買えたら自慢話だな。

 地獄大学は今回時間がなかった。大型計算機は、天照大神の研究所で設計され、ぬらりひょんの会社など地獄の企業で製作される。スパコンの運用は繁忙時、天国の魂管理センターと地獄省の大型計算機との連携で行われた。八寒地獄にデータセンターの計画も持ち上がっていたが。東京都在住の青龍君の不明な動きもあり、天上の亜空間にある天国と断線する、不測の事態に備えるものだった。      

富〇通から富岳を購入すると、時間とコストのカットになったが、地獄の幼稚園から大学までの教育予算を上回った。天国と地獄の研究者からも、現世の富岳を見てみたいとの声も上がっている。問題の事態は青龍の結婚する一年半後よりは早くならないと、予想を地獄大学ではしていたが、やはり時間がない。女神でもある胡蝶は購入の傾いていった。

常務はまた女神に提案をした。

「京をまだお使いになるのでしたら、移設の京も富岳に替えてはいかがでしょうか」

「それは要らないわ、うちの京はまだしっかり使えるのよ」

 前回の京は、地獄大学、天照大神の研究所、ぬらりひょんの会社で魔改造されていた。まだまだ丈夫で使えるのだ。龍のことで起こるかも知れない、不測の事態では使うことになる予定だ。

「ご両親はどんな研究をされているのでしょうか」

 常務の探りに

「夫婦で共同研究をしているよ、生物の起源とか言ってたな」

 龍の研究をしているなんて、言えないよなと曼珠沙華は、思った。

「生物の起源ですかそれは大層な研究ですな、他に御兄弟とかいらしゃいますか」

「兄が二人と姉が一人います。それと兄貴の所に子供がいて、もう小学生かな」

 流石に、兄弟全員鬼です、女神の血も入ってますなんて言えないな。兄貴の嫁さんは雪女で、鬼・女神・雪女のハイブリッドなんだ。甥っ子姪っ子は、吹雪を飛ばすぞ。

「お孫さんがいらしゃるのですか、特にお母さまはお若くてお孫様がいるなんて、到底見えないです」

 工場見学の後は、応接室で詰めに入った。富〇通の社員は、ルイヴィトンかミキモトの店員よろしく、女子大生にしか見えないあどけない妻が、夫におねだりするのを、やきもきしながら見守った。野守とてヴィトンを店内丸ごとおねだりされる方が金額的に楽だが、胡蝶は自己の研究のためばかりでなく、日本のあの世が生き延びるため、さらには世界中の天国地獄冥界が生き延びるため、スーパーコンピューターを望んでいる、だが巨額だ。

 常務は、妻は納期とコストで富岳を評価しているように思えた。ここは営業としては環境面に配慮した、計算速度が速いだけではない富岳を強調した。環境面のことはどうでも良いようだ。

 最後まで決定権者である長身の男は、費用面で難色を示していた。

 常務は世話話で

「お孫さんがいらしゃるそうですが」

 この瞬間、表情の薄い男の口角ほんの少し上がった。営業のエキスパートはそれを見逃さなかった。

「ええ、小学生の孫がおりますのよ」

 答えたのは妻の方だった。

「それは可愛い盛りでしょう」

 胡蝶は野守の方を向いて言った。

「お父さん、これは雪之丞や深雪の未来にもかかわるのよ、絶対に必要だわ」

 妖しくも美しい威厳のある男は購入に傾いたのだ。とわいえ一大学が出すには莫大な資金がいるせいか、その場での決定はしなかった。内閣官房にいる息子の曼珠沙華こと寺田曼珠を通して連絡することでその日の商談は終わった。

 富〇通に富岳購入の知らせが、寺田曼珠から届いたのは、翌日の夕方だった。地獄省の教育予算を突破しそうな購入資金を、高天の原辺りでどうにかしてきたのだった。

車に乗って北陸工場を後にすると、後部座席に座った野守は扇をはためかせて、隠していた角を現した。次いで隣に座る胡蝶が、細かい糸で刺繍されたたハンカチを夫の手の甲にのせ引くと、鋭い爪が現れる

「阿保龍め」

 野守はため息とも怒りともとれる、言葉を発したのだった。車は中部地方の幽世のある立山を目指した。

 車中で胡蝶は自分の服装を見て、現世の女ははしたないと思った。彼女は高天の原政庁高官の娘で深窓の令嬢だ。あの世の女達もブラジャーをする。着物を着るあの世のブラジャーは乳房を優しく押しつぶし胸の大きさを目立たなくするものだった。あの世の男も乳房を賞する。大きいは大きいなり小さいは小さいなりに愛した。着物の上から分からないのが、おつなのだ。

 それにしてもこの現世のブラジャーは、乳房の大きさばかり強調して、授乳中の乳房の大きさだわ。

 また男性の洋服姿も、あの世の女達に嫌われていた。足の長さが外から分かってしまうからだ。あの世の女達は男の足を賞でる。長身の男性の長い脚も大好きだが、短くとも筋肉質の脚も愛した。洋服だと外目で分かってしまい、なんとも詰まらないものだ。

 ついであの世の女達は、男がふと下履き、現世でステテコと呼ばれる物を、不用意に見せてしまうことも好きだ。力仕事をするため、長着を尻端折りしていたり、うたた寝をしているときにごく自然に、下履きが見えるのが、大好きだった。

 

 

 現世の女達は、男性がステテコを見せてしまうのが、大嫌いだ。水神辰麿は今日も龍神社の社務所の座敷でだらしなく、昼寝していた。袴をくしょくしょにし、裾からステテコが出しいた。訪ねてきた宮前小手毬に言われてしまった。

「龍君、だらしないよ。ステテコ見えてるよ。本当だらしがないんだから」

 龍なのに、女子高校生に怒られらた。 

 

前話 二話 龍の恋人
https://note.com/edomurasaki/n/ne5619c280d37
つづく 四話 龍の生贄①
https://note.com/edomurasaki/n/n015197768c4c
龍君の東京リア充生活 マガジン
https://note.com/edomurasaki/m/m093f79cabba5

一話 僕結婚します
https://note.mu/edomurasaki/n/n3156eec3308e

第三話 あとがき

あの世では龍を研究するのが盛んで、科学的な龍の研究は、スーパー鬼神野守が創始者で、奥様とは研究を通して知り合いました。あの世の方が科学も技術も進歩しているし、術の使える妖怪が多数いるにもかかわらず、日本のスーパーコンピューター富岳を、夫におねだりする女神でした。

この小説について

「青龍は現生日本に住んでいた。現世日本政府は龍のお世話係で、あの世の支配下にあった。人類は龍君のお嫁さんを可愛くするためだけに進化した。
 青龍は思った
『1億歳の誕生日に結婚しよう。そう20歳のあの子一緒になるんだ。』
 そんなはた迷惑な龍の物語である。」

 異世界に移転する小説ばかりなんだろう。みんな現世に疲れてる?でも反対に、異界の者が現世にいるのはどうだろうと思ったのが発想の源です。思いついて数秒で物語のあらすじと、主なキャラクターが思い浮かびました。

 私の好きなもの満載の小説です。平安装束、着物、古建築、在来工法の日本家屋、理系男子…… そうこの小説はは現代を舞台とした小説で、一番平安装束率の高い小説でもあります。

 軽いファンタジーのつもりがストーリーを考えていたら、このボリュームであと12話あります。最後に出て来た未来の奥様に、龍君と呼ばれる青龍=水神辰麿君は、現世も天国も地獄も宇宙空間にも、自由に行けちゃうので、大変です。

鎌倉巡り 着物と歴史を少し
http://koten-kagu.jp/

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