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徒然草 其の四〜幸せとはそういうもの〜

シドニーからこんにちは。

徒然草の執筆のみならず、投稿そのものが随分と久方ぶりのような気がします。

ここ最近、毎週毎週5本ほどの小論文やエッセイを授業のために執筆し、翻訳活動にも勤しんでいたために、noteを書くということを失念しておりました。

今日は、イースター&秋のホリデーの最終日。明日から集中講座のようなものが始まり、1週間もすれば通常の日々がやってきます。

例の肺炎?感染症?によって海外渡航も制限される中、ほんとうにどこにも行けない・どこにも行かない(オフィスには数日出勤しましたが、)という2週間でした。(どうせなら有給はどこかに行ける時期に欲しかったなぁ、なんて)

ここオーストラリアではワクチン接種が進んでいます。多少の遅れはあるものの、着々と進んでおり、年内(早ければ10月ごろ)には終了するようです。早く免罪符が交付されて、さまざまなところへ行けるようになるといいな、と思います。

僕は昨今、幸せを掴んだり落としそうになったり、を繰り返すことがあります。その在り方は対等なはずなのに、なぜか自分は一方的に提供される側のいうか、需要者としての目線を持ってしまうのです。自らが供給者でないというわけではありませんが、なぜか供給することは当たり前で、需要することは負担を強いていると考えてしまうところがあるようです。難しいですね。

でも。対等なんです。ビクビクする必要もないんです。譲歩や配慮が要らないということではなく、敬意や配慮を持てば、対等な関係になるということなんですね。幸せと人間との関係はそういうものです、きっと。

だから僕は、もう少し大きく構えられる大人になることを決意しました。まだまだ子供なんですが、、、。
最近はダイエット(というか、健康維持)真っ盛りです。ここへきて少し太りましたが、あっという間に戻しました。あと5kgは落としたいな、と思うこの頃です。がんばります。

ここへいられるのもいつまでかわかりませんから、
ビザについてや、転職について、考えなければなりません。
生活水準や給料は下げたくないんですね、それだけの能力があると認められて生きているわけですから。命を削るわけですから。

そう、やはり労働とはそういうものだと思うのです。頑張ったからお給料をもらえるのではなく、お給料がもらえるから頑張るんです笑。時給1,000円なのであれば、その分の仕事しかする必要はないんです。日本は労働者を安く買いたたき過ぎていると思います。でも仕方ないですよね、パイが小さいから。外に目を向けたり、客層を広げたりしないと、限界が来ます。そういうものです、資本主義だし。

さて、明日の準備でもしますかね。こうして明日があることを当たり前に思えること、幸せですね。

幸せってこういうものです。

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