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髪の毛にワックスを付けて思い出したこと

 ひとつ前の記事で髪を切ったという話をした。NHKあさイチの近江アナと同じくらいのベリーショートになったと書いたと思う。実はこのとき、美容師さんから、ショートヘアは難しいんだよ、と軽くたしなめられてしまった。
 常連、という話も前の記事に書いたと思う。その美容師さんとはかれこれ10年におよぶ長い付き合いであり、おそらく、私の見た目へのこだわりのなさについてだいぶ存じ上げられている。いつも寝癖のつきにくいボブにしてもらっていた私が、今回、ショートにしたいなどと突然言い出したのだ。物理的に髪の量が少ないから手入れしなくて楽、などと安直な考えを持っているとあきれられたのだろう。
 いやいや、そんなことはない。実はここ数年、わりとファッション、ビューティについて私なりに楽しみを見出している。近頃は、インスタグラムを開けばお気に入りのファッション誌やブランドのアカウントを訪れることが多い。スナップショットなどをみながら、いいなあ、かっこいいなぁとスタイリングを参考にし、今度これとあれを着てみようかな、あ、ステイホームしなきゃいけないんだった、と嘆く日々を過ごしている。

 ところで、朝日新聞の「折々のことば」コーナーを知っているだろうか。私はよくチェックしていて、気に入ったものがあればメモに取っておくことがあるのだが、2020年1月28日の「折々のことば」もまた、メモにとったもののひとつだった。この日は、こんな「ことば」が書かれていた。

「一言でいってしまえば、私は化粧する女が好きです。そこには、虚構によって現実を乗り切ろうとするエネルギーが感じられます。」

 寺山修司の言葉だそうだ。
 私も「虚構によって現実を乗り切ろうとするエネルギー」は好きだ。なるほど、化粧することにもそういうエネルギーが、たしかにある。ただ、そのエネルギーは誰かに強制されて出すのではなく、自発的に生み出すものでない限り、疲れの源にしかなりえないかもしれない。

 ここで髪の話に戻ろう。美容師さんがいうには、ショートヘアには「束感が大事」らしい。硬くて太い私の髪質には、ハードのワックスがいいよ、軽くスプレーもしてね、とスタイリングをお勧めされた。この日も美容師さんに、これ男性用のなんだけどね、とハードのワックスをワシャアと付けてもらい、スプレーを軽くかけていただいた。
 このとき思い出したことがある。高校生の名残で化粧することに後ろ向きだった大学生1年目のある日、友人(性自認:男性)から「女の子なんだから化粧したほうがいいよ」と言われたことがある。果たしてどういう流れでこの話になったのか、彼は「化粧するとその日のスイッチが入るっていうじゃん、だから化粧した方がいいよ」とご親切にアドバイスをしてくれた。あ、そうなんだ。じゃあ、化粧をしていない目の前のあなたは今、スイッチが入っていないということなんだ。そう尋ねてみた。すると彼は、いやいやスイッチ入っているよと、「ワックスつけるとスイッチ入るんだよ」と答えてくれた。

 さて、散髪して数日後、私はさっそくマツモトキヨシを訪れ、ネットの口コミと照らし合わせながらそれらしきワックスを購入した。今、毎朝つけている。
 これが不思議なもので、ワックスをワシャアと付け、スプレーを軽くかけると、カチッとスイッチが入る気がするのだ。購入したワックスが「レモングラスの香り」入りで、その効力も大きいと思う。
 あのとき、私の友人が語ったスイッチは、おそらく1日のやる気を出すため程度のものだろう。だけど今思えば、それは寺山のいうエネルギーを生むための、重要な装置かもしれない。

 人によってスイッチの入れ方は異なるし、それがファッションやビューティではない、まったく別のファクターによることもまた、人それぞれだろう。ただ、それが世間的によしとされていることであろうと、有名人がお勧めしていることであろうと、誰かに言われて仕方なく行うことは、自分にしっくりこない限りスイッチにはならないし、エネルギーも生まない。
 とにもかくにも、寝癖で爆発した私の頭(現実)を、ブロー、ワックス、スプレーをもってレモングラスの香りただようそれっぽいショート(虚構)にして乗り切ることは、ある種のエネルギーを伴っている、と思う。それは、ウイルスによる未曾有の危機の中、自宅で半分パジャマ(現実)で黙々とその日のタスクをこなす毎日に対し、あえて自宅で外向けのパリッとした頭(虚構)をもって乗り切ろうとするエネルギーであるかもしれない。
 そう、ZOOMがあるから着替えなきゃ、とか考えるからストレスになるのだ。現実を虚構で乗り切ると思えばどうか。エネルギーを生んでいる、そう思うと、なんだかわくわくしてくる気がするのは私だけだろうか。

以上

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