きみを甘やかしてダメにしてしまいたかったんだけどな:La musica non c'è/Coez

暑くて眠れそうにない夜
胃のなかにあるダンス教室できみが躍ってる

気楽にイタリアンポップスを聴いてくださる同好の士を増やすため、あわよくばイタリア語に手を出してみようと思っている方の背中を押すために、ぼちぼちnoteを書き溜めております。

今回ご紹介するのは、暑くて寝苦しい夜をセンチメンタルに彩る激重感情を歌ったCoez(コエズ)さんの「La musica non c'è(存在しない音楽)」です。


お腹の中で暴れまわる
甘やかに終わった恋の残像

それではサクサクと歌詞を見ていこうと思います。

Volevo dirti tante cose, ma non so da dove iniziare
きみに言いたいことがたくさんあったんだけど、どこから始めたらいいのか分からないや
Ti vorrei viziare
きみを甘やかしてダメにしたい
Farti scivolare addosso questo mondo infame
破廉恥な世界にきみを引っ張りこみたい
Mettermi fra te e cento lame, mentre cerco il mare
きみと100本の刃のあいだに入りたい、そのあいだに海を探すんだ
Penso non avrebbe senso fare un tuffo immenso
大きく飛び込むことに意味なんてないと思うんだ
Se non ci sei tu a nuotare
もしもきみが泳いでいないなら
E tu che sai colmare, e tu che sai calmare
きみは満たすことを知ってる、それに静めることも

なるほど、最初から甘みが重たい
このパートで一番パンチが利いているなぁと思ったのが、2行目の〈Ti vorrei viziare〉のくだり。
この〈viziare〉という単語のことを、ずっと単に「甘やかす」くらいの意味だと思っていたのですが、歌詞をご紹介しようということで改めて辞書を引いてみたところ、出てきたのは「甘やかして悪くする」「汚す」「だめにする」「だいなしにする」という表現。
単に甘やかしたいのではなく、甘やかしてぐずぐずにしちゃいたいと言っているわけですね。これ絶対に好きな人いるでしょって思いました。

初期のイタリア語学習で役に立ちそうなのは、4行目の〈Mettermi fra te e cento lame, mentre cerco il mare〉という一文。
日本語にすると「きみと100本の刃のあいだに入りたい、そのあいだに海を探すんだ」になって、2回「あいだ」が出てきますが、イタリア語ではそれぞれ〈fra〉と〈mentre〉という別の単語になっています。この場合、前者の〈fra〉は位置関係、後者の〈mentre〉は状況を示しているので、意味するところがまったく違うんですよね。慣れるとなんで日本語で同じ音になるのか分からなくなってきますが、最初は私もよく取り違えていました。

C'è troppa luce dentro la stanza
部屋に光が多すぎる
Questo caldo che avanza e io non dormirò
この増していく暑さ、ぼくは眠れないだろうな
E scusa se non parlo abbastanza
それと、もし言葉が足りてなかったらごめんね
Ma ho una scuola di danza nello stomaco
でも胃のなかにダンスの教室があるんだ
E balla senza musica con te
それが音楽なしできみと踊るんだ
Sei bella che la musica non c'è
きみは音楽なしできれいだよ

ここがサビになります。

京都駅にアヴァンティという名前のショッピングセンターがありますが、あの〈avanti〉とこの1行目に出てくる動詞〈avanzare〉は親戚で、ここでは主語が「熱」なので「増していく」と訳しましたが、本来はどちらも「前に進む」というイメージを持っています。
ドアをノックしたときに、日本人が「どうぞ~」と言うところを、イタリア人は「アヴァンティ!」と言うので、京都アヴァンティは「京都どうぞ入ってや!」になるわけです。

Vorrei farti cento cose, ma non so da dove iniziare
きみにしてあげたいことがたくさんあったんだけど、どこから始めたらいいのか分からないや
Ti vorrei viziare
きみを甘やかしてダメにしたい
Bella che non ti va di ballare
きれいだよ、踊りたくないきみも
Ma bella che se balli le altre ti guardano male
きれいなきみ、でも踊ったら悪しざまに見られちゃうよ
Che c'hai sempre qualcosa da insegnare
きみはいつもなにか教えるべきことを持ってる
Mi metti in crisi e in questo testo non ti riesco a disegnare
きみはぼくを追い詰める、この歌詞の中にぼくはきみを描けないや
Vorrei portarti al mare, anzi portarti il mare
きみを海に連れて行きたいな、それよりきみに海を持ってきてあげたい

ここで俄然チェックしておきたい便利表現は、5行目にある〈qualcosa da insegnare〉です。
この〈qualcosa(クアルコーザ)〉という単語は「なにか」という意味です。たとえば「うわぁッなんか踏んだ!」と叫んだときには、足の裏になにかが触れたけど、それが具体的になになのかは分からないですよね。そういう「なにか」をこの単語で表現することができます。
でも生きていると「なにか飲むもの」だとか、「なにか読むもの」だとか、具体的にコレっていうイメージは持っていないけれど、特定の機能は備えていて欲しいモノっていう概念が必要になることがありますよね。
そういう時には〈qualcosa+da+動詞〉という順番で単語を並べると、それだけで「なにか(動詞)するのにぴったりなモノ」という表現が完成します。
それに〈Vorrei/欲しいのですが〉をくっつけると、たとえば〈Vorrei qualcosa da mangiare/なにか食べるものが欲しいんですが〉というオネダリを口にすることが出来るようになります。

内容的にロマンチックだなぁって思ったパートは、最後の〈Vorrei portarti al mare, anzi portarti il mare/きみを海に連れて行きたいな、それよりきみに海を持ってきてあげたい〉です。
あ、上でご紹介した〈Vorrei〉が登場していますね。

E in fondo tutto quello che volevo, lo volevo con te
けっきょくぼくが望んでたものはぜんぶ、きみと望んでたんだ
E sembra stupido, ma ci credevo e ci credevi anche te
ばかみたいだよね、でも信じてたし、きみだって信じてた
E non è facile trovarsi mai, oh mai, oh mai
巡り合うことって決して簡単じゃないよ、絶対にね
E tu mi dici: "Meglio se ora vai, ormai è tardi"
そしてきみはぼくに言うんだ「今すぐ行った方がいいよ、もう遅いし」

ここでも登場する〈volere/望む〉。
先ほどは〈vorrei〉と条件法の活用で使われていましたが、今回は〈volevo〉と半過去のカタチになっているので、訳は「望んでいた」になります。
条件法で〈Vorrei qualcosa da mangiare〉は「なにか食べるものが欲しいのですが」となり、半過去〈Volevo qualcosa da mangiare〉だと「なにか食べるものが欲しかったです」になります。つまり半過去だと、今はもう食べるものは要らないのかも知れないってわけです。
ところでなんで過去形なの……?
ねえ、望み続けてよ……。

そして投げかけられる〈Meglio se ora vai, ormai è tardi〉のひと言。
会話のなかのセリフだと思われるので、ちゃんと読むには文脈が必要ですけど、なにせ歌詞だから想像するしかない「今すぐ行った方がいいよ、もう遅いし」のひと言。
基本単語なので〈ora〉という単語はわりと早く覚えるんじゃないかなって思います。最初は〈Che ora è?/何ですか?〉からやるのかな。時計を見てチェックする「」にあたる単語でもあるのですが、英語の〈now〉にあたる「」「現在」「すぐ」くらいの意味も持っている単語です。
それと〈ormai è tardi〉というのも、主語をなにに置くかで空想力が活性化するフレーズだなぁと思います。主語が「時刻」だったら、夜遅くなっちゃったから早く帰りなよという意味になりますし、もしも主語が「ふたりのあいだにあったいろんなこと」だとしたら、もう手遅れだからどっか行ってよっていう意味にならなくもない……かな……。

耳に優しいポップス寄りのラッパー
ヒットチャートで見かけたCoez(コエズ)さん

今回ご紹介した〈La musica non c'è〉は、イタリアラッパーCoez(コエズ)さんが2017年に発表した楽曲です。
カンパニア州サレルノ近辺のご出身で、育ちはローマ。コエズというお名前はなんとなくイタリアっぽくないですが、これは芸名です。

基本的に音楽はラジオSpotifyで聴いているのですが、わりとよくお声が聞こえてくるので、人気なんだろううな~っていう実感があります。
私は見ていないのですが、どうもNHKさんの語学番組で曲が流れたことがあるようなので、きっとプロからしても海を越えて受け入れられていきそうな感じがするのでしょう。好きで聞いているだけなので、ラップに詳しくはないのですが、どちらかといえばポップス寄りで、ほかの曲からも聞きやすいなっていう印象を受けます。
YouTubeの公式アカウントもあるので、そちらからほかの作品をチェックしてみるのもオススメです。

そして芋づる式にイタリア語にハマって欲しい。こちらの世界にあなたを引きずり込んでダメになるまでぐずぐずに美しい音楽を聞かせ続けたいなって思っています。
いろいろご紹介しているので、よろしければ他のnoteにも遊びにいらしてくださいね!

もっとエッジーな破局型失恋がお望みなら、こちらのnoteでご紹介したポップジャズ・シンガーのシモーナ・モリナーリさんが歌う「La felicità」などオススメです!



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