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ソーシャルビジネスにできること、できないこと③ ~ソーシャルビジネスの力と限界~

続き。前提となるビジネスと社会問題を整理し終えたので、いよいよ本題へ。

3. ソーシャルビジネスの力と限界

3.1. 公平性は取り引きするもの?

前章にて、ビジネスがアプローチできる社会問題は、経済制度における規範の侵害であり、その規範には効率性と公平性があるとした。本章では、さらにそこから掘り下げて議論していきたい。

まず、純粋な公平性の問題、すなわち効率性と重複の無いものについて考えていく。効率性と重複がないということは、「誰も損をせずに誰かが得をする」という形で改善できる公平性ではない。不遇な誰かの状況を改善するために、誰かが損をしなければならない状況を想定している。

ビジネスは、そのような純粋な公平性の侵害に対処できるのだろうか。例えば仮に、売買の過程で「不遇さの改善」を伴う商品・サービスがあったとしよう。侵害の解消のためには、これを誰かが損をしながらも売る、あるいは買わなければならない。もしそれが不遇な当事者だとしたら、それそのものが公平でなく(別の形の不遇さにすり替えられただけ、あるいは不遇さの悪化)、本末転倒だ。これは第1章で述べた、人種差別の被害者が問題の本質的な解決をお金で買えないロジックと等しい。

では逆に、当事者でない人が損をする形で「不遇の改善」を売買するだろうか。売買で損をするということは、金銭的・物理的だけでなく心理的な損益も含めて(利他心の充足度など)、総合的に負であるということだ。第1章で解説したビジネスの意義が他者に対する価値の提供であったことを思い出すと、総合的に損益が負である取り引きはビジネスとして成り立たない。したがって、純粋な公平性の侵害について、ビジネスでは対処できないことがわかる。

一方で、効率性の侵害は、後述する「市場の失敗」がない限りにおいては、基本的にビジネスで対処できる。非効率な状態とはつまり、「誰も損をせずに誰かが得をする」余地があるので、その得をする者がお金を払い、その分の価値を受け取ることで取り引きが成り立つ。そうして徐々に改善の余地はなくなり、非効率が解消されていく。多くの経済学者が自由市場を支持する理由は、この自然な形での効率性の達成にある。

このように自然に解消される非効率は、社会問題として表面化しない。一般的なビジネスが他者の課題解決を通じて価値を生んでいる一方で、社会問題には取り組んでいないような印象を得るのは、そのためだと思われる。そして、自然には解消されない非効率、つまり「市場の失敗」などの要因で従来は解決されてこなかった効率性の侵害こそが、社会問題として表面化してくるのだ。第2章で触れた環境汚染などは、典型的な「市場の失敗」の例である。

なお、「純粋な公平性の侵害」と上述したが、公平性の侵害が効率性の侵害とも重なる場合については、その重なりの部分についてのみビジネスで解消できる。例えば利他性が強くなるなどの形で、個々にとって格差解消に感じる心理的な価値が十分に高くなると、公平性に加えて効率性の侵害が重なるようになるため(誰も損をせずに誰かが得をできる余地が生まれる)、ビジネス的な取り引きの可能性はでてくる。人々の問題意識を喚起し、一人ひとりが社会的な影響を加味して取り引きするようになるフェアトレードやエシカルな消費は、この文脈に該当すると考えられる。

3.2. 市場の失敗

前節をまとめると、ビジネスは純粋な公平性の侵害には対処できず、また自然に解消される効率性の侵害は社会問題にはならない。つまり、ソーシャルビジネスがアプローチする社会問題は、従来は解消されていなかった効率性の侵害の中にあるということになる。

さて、効率性の侵害が起こる要因として「市場の失敗」があると私は前述した。当節では、その中身に迫る。まず「市場の失敗」とは、資本主義的な自由市場における自然な効率(パレート最適)の達成を妨げるものの総称である。ミクロ経済学を学んだ方は、きっと聞いたことがあるだろう。市場が失敗する要因は、「外部性」「公共財」「情報の非対称性」「独占」の主に四つがあると理論的に理解されている(他の要因がないと照明されたわけではないが、理解が進んでいるのは主にこの四分野と思われる)。以下で、それぞれを簡潔に説明する。

・外部性
市場において取り引きをする際に、取り引きの外に何かしらの影響が及んでしまうものを、外部性のある商品・サービスという。好影響の場合はそれを外部経済、悪影響の場合は外部不経済などともいう。取り引きの主体はその影響を加味する動機が低く、好影響なのに実現する供給量が少なくなってしまったり、悪影響なのに供給量が多くなってしまったりする。

環境汚染の例では、汚染を伴う商品・サービスの取引量を本来は減らしたいのに、なかなかそれが実現しないため、問題となっていく。対策として導入される環境税などは、取り引きの外に及ぶ影響を加味させる動機を与えるためのものである。他にもタバコの臭いや副流煙などがよく外部不経済の例として挙げられており、これもまた税の設定によって対策されている。

・公共財
一般社会における公共財の認識は、上記の好ましい外部性があるものも含まれていることがあるが、ここではより厳密な公共財を議論する。厳密な公共財は、二つの性質「非排除性」「非競合性」を満たすとされている。「非排除性」とは、コミュニティ内の誰か一人にでもその商品・サービスが供給された場合、他の人にも同様にその商品・サービスが供給されるという性質である(他の人を排除することが出来ない、あるいは難しい)。一般に料金を支払うことでそれを独占的に消費する資格が得られるような商品・サービスはここに該当しない。「非競合性」とは、複数の人によって同時に消費が可能な商品・サービスであり、誰か一人の消費によって他の人に対するその供給量が減らないような性質のことを示す。この二つの性質に関して、Wikipediaには以下のような具体例が載っていた。

Wikipedia


公共財はその性質上、いわゆるフリーライド(誰かが費用を被ったモノの恩恵を、他の人が費用を被ることなく受けること)が起きやすく、どうしてもその供給・実現のために誰かが費用を負う動機が欠けてしまう。その結果、公共の適切な介入がない自由市場では、人々に必要とされている分まで供給量が届かない状況が起きてしまう傾向にある。特に、実際の世界においても行政がうまく機能していない地域などを想像すると、公共財が足りていない状況に陥ってしまっていることが多いというのは理解しやすいかもしれない。

・情報の非対称性
対象の商品・サービスについて、その取り引きを行う売り手と買い手の間に情報の格差がある状況を、情報の非対称性という。例えば、中古の車について持ち主しか知らない欠陥があり、それが隠されたまま買い手がついてしまった場合、実質的に買い手が損をする形で取り引きが行われることになるため、(パレートの意味で)効率的ではない。

これは労働力の取り引きなど長期の契約についても同様で、自身の労働力を売る当人しか知らない・あるいは知ることが困難な情報は多い。そもそも必要とされる能力がないことを事前に隠すことができるかもしれないし、事後に本気を出して働かないということも考えられる。一見、この例では労働者が得をしているように思えるかもしれないが、状況によっては雇用者がこの情報の非対称性を危惧して、そもそも提供する労働機会を減らしたり、真面目に条件を満たしている人に対しても適切な対価を支払わなくなってしまうかもしれない。実は奨学金制度なども似たような課題に直面している。したがって、情報の非対称性が解消されることは、全体として「誰も損をせずに誰かが得をする」上では重要なのである。

医療における「インフォームドコンセント」や「セカンドオピニオン」などは、医療の提供者が持つ専門的な情報が多く、患者を欺くことができる力を一方的に有してしまっているため、その情報の非対称を解消するために設けられている。

・独占
競争が健全に行われている自由市場では、売り手も買い手も必然的に多数の競争相手にさらされているため、市場の平均的な価格に対してほとんど影響力を持たない。一方で、競争があまり働かない状況下では、その者しか売れない、あるいは買わない商品・サービスとなってしまうため、その者が持つ市場価格への影響力は大きくなる。売り手の場合は価格を高く、買い手の場合は低くする影響力を発揮するだろう。

そして例えば売り手独占の場合、本当はより低い価格で商品・サービスを提供できる売り手がいるにも関わらず、なんらかの理由でそれが拒まれているわけである。このような状況はその売り手側からしても、全体の買い手側からしても大きな損になり得るため、効率的ではない。独占禁止法などは、このような状況を防ぐために設定されているわけだ。

3.3. 非効率を含めれば…?

さて、では「市場の失敗」のように制度的な欠陥がある中で、残された非効率の問題に対し、ビジネスはどのようにアプローチしたら良いのだろうか。

まずは単純に、非効率を受け入れるという方法があるだろう。ビジネスの過程で効率化を図れる場面があっても図らず、社会貢献を優先するという考えだ。ボーダレスジャパンの田口氏による「非効率を含めてビジネスをリデザインする」とは、これに該当すると思われる。具体的には例えば、より生産性の高い人材を雇える場面において、より社会的に困っている方を雇うということが挙げられる。

しかし、第一章で指摘した通り、この方法を用いたビジネスはソーシャルではあるものの、取り組む人が本来得られるはずの利益を放棄する場面が必ずあり、ゆえに少なくとも一定の余裕と利他性が求められ、他者による再現性が低いという難点がある。

そこで次に、ソーシャルビジネスの再現性を高めるために、非効率を受け入れないという方法を考える。これはつまり、何かしらの革新的な方法で非効率を効率化する必要があるというわけだ。私はその革新性こそが、ビジネスにおけるソーシャルイノベーションだと考えている。これについては具体例を含めて、次章でより深く議論しよう。

第4章へ続く。

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