見出し画像

高級路線の飲食店による、未来志向のイカれた努力

普段何気なく暮らしていると気づかないが、東京は世界に冠たるグルメ都市である。食べ歩きをしていると、日本の食は値段に対する先入観で随分と損していることが徐々にわかってきた。

ハイクオリティな空間づくりと接客をしているのにコーヒーが一杯500円だったりすると、その時点で誰かのブラック労働なしには成り立たない環境になってしまう。

コロナ禍が収束を見せ、インバウンド観光客が日本を訪れてその安さに驚愕しているそうだ。この割安感だと、外国資本に買われてガッツリ値上げを喰らう日も近そうである。

さて、今回は私が出会った「決死の努力で高価格の理由づけを行う飲食店」の事例を紹介してゆきたい。

亀戸

後輩からのリクエストがあったので行くことにした。訪れたのは「佐野みそ 亀戸本店」。その名の通り味噌の専門店だ。

おにぎりとみそ汁のランチセットをいただくこともできるし、店内を埋め尽くす多種多様な味噌の関連製品を買って帰ることもできる。

店内を物色していると一つの製品が目に留まった。

「味噌の中に鶏そぼろを混ぜ込み、ご飯にかけるだけで美味しくいただけます」

これは面白い発想だ。料理が苦手な人はかけるだけでおいしい。料理ができる人は溶かして味噌汁にしてもいい。

食品業界の今後のカギは食材のマルチロール化だろう。今では当たり前になった独身向けのカット野菜だが、さらに一歩進んで、料理のできる人/できない人、どちらの人にも対応できる食品づくりがこれからの未来を切り拓く筈だ。

というわけで味噌を2種類買い込み、早速家で味噌汁を作ってみる。魅力的な食材を買うと料理の意欲が湧いてくる。やる気というのは何もないところから生まれるのではなく、なんらかのアクションを起こした際に一緒についてくるものなのだ。

具材は玉ねぎと豆腐だけ。何度も作って上手くなってきたら徐々に材料を増やしてみよう。出来上がった味噌汁を盛り付けていざ実食!

ガリッ

生来の雑さが祟ってか、玉ねぎの皮が混じっていた。

・・・どうやら、私自身も一皮剥ける必要がありそうだ。

錦糸町


shake tree burger&bar

ハンバーガーといえば、ハンバーグをパンで挟んだもの。そんな常識を覆えすのがこの店だ。なんとハンバーグとハンバーグの間にトマトやチーズをはじめとする具材を挟んでいる。

錦糸町から徒歩10分。ちょうど両国と錦糸町駅の間ぐらいに位置するこちらのお店。駅から遠いとそのぶん客足が遠のくため、並の発想では生き残ることができない。この肉々しいハンバーガーが生まれたのは、店が置かれた過酷な立地も無関係ではないだろう。

かぶりついちゃってください、と店員から勧められて、言われた通りにやってみると、上下からこれでもかというぐらいに肉汁が溢れ出てくる。何と贅沢な挟み撃ちだろうか。

店内に目を移すと、私と同じようなグルメハンターと思われる人間の姿がチラホラと見える。彼らもまたGoogleの検索アルゴリズムに導かれてやってきたのだろう。

自分達が個性だと思っている消費活動の多くは、実は類型化された検索結果を組み合わせているに過ぎない。

さらなる特別性を求めようとすると、紹介でしか訪れることのできない住所非公開の飲食店を目指すことになる。そこまでいくとさすがに一般のサラリーマンでは手が出ない。

食欲は有限だが、「他人とは違うものを食べたい」という願望は承認欲求と結びついているので青天井だ。

肉汁でベトベトになった自分の手を見つめながら、これで喜びを感じているうちが一番幸せなんだろうな、と思った。

・・・デートで利用する際には、最初からナイフとフォークを使ったほうがよいです。

赤坂→両国

有給を取得して向かう先は「蕎麦カフェ 池森」 。TBSのお膝元、赤坂の街にある蕎麦の名店だ。

メニュー全体を通じて「蕎麦を軸に斬新な味を提供する」という世界観が徹底されている。

カルボナーラ風、坦々麺風、カレーチーズ風など、常識を覆えすつけ汁の数々。食後に提供される、だしを割る用のスープには味変用の調味料も添えられていて二度楽しめる。さらにデザートのアイスクリームにも蕎麦粉がまぶされているといった具合で、店長の並々ならぬこだわりに完全にノックアウトされてしまった。

お腹が満たされた後は赤坂の街を散歩してみる。流石に高級住宅街なだけあって、街全体をセレブな空気が覆っている。

余談だが、一昔前の高級住宅街だった田園調布は現在没落が激しいらしい。多額の相続税がかかるので遺族が次々と土地を手放し、住む人が減った。

こういう時は、普通であれば土地を分割して購入しやすい価格にして売りに出すのだが、田園調布の条例で「最低でも○㎡ないとダメです」と定められているため、その手が使えない。

こうして人気が急落し、すっかり街として寂れてしまったのだ。「相続を2回経ると家が潰れる」と言われる。日本の格差の少なさは相続税制が支えているのがよく分かる話だ。

江戸蕎麦 ほそ川

路地裏にひっそりと佇む、ミシュランの星を獲得した両国の名店である。

なんと、その日のコンディションに合わせて使用する蕎麦粉を変えているらしい。トップを維持している飲食店は、例外なくこのようなイカれたルーチンを黙々と続けているものだ。ノウハウが分かっていても、真似して継続できる人間はほんの一握りだろう。

味も評判に違わぬ圧倒的なクオリティで、生まれて初めて蕎麦屋でおかわりを頼んでしまった。蕎麦の替えやめんつゆの追加がメニューの中に明記されていて、課金ポイントを増やす工夫がなされている。

前述の「蕎麦カフェ池森」もつゆのおかわりがメニューに書かれていた。どうやら「おかわりに課金する」が高級蕎麦屋の最先端のようである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?