生保営業は地獄の現場?
書店で平積みになっていたので衝動買いした。内容は生命保険の営業現場で、「入社三年神話」と、思うように成果を上げられない自身の営業スキルの板挟みにあい、心も身体もボロボロになってゆく筆者の日々を綴ったものだ。
ここでは本書の内容を土台としてさらに踏み込んで思考を進めてみたい。
不幸なミスマッチを避けるために
生命保険の営業は「成り上がり博打コース」である。「成り上がり博打コース」とは私が勝手に命名したものだが、スポーツ選手やアイドルと同様に「狂気じみた努力や才能を示せば圧倒的な高みに上れる代わりに、多くが脱落者となる」就労環境のことだ。
そのため、本書で出てくるテレアポ、チラシ投函、街中でのアンケート募集、職域通いなど、いわゆる基本の営業活動からはみ出した創意工夫ができないと長く生き延びることはできない。
成り上がりを目指す野心満々の人間か、他に生きる道はないと覚悟を決めた人間が進む仕事だ。そのことを知らずに突き進んでしまったのは、不幸なミスマッチだった。
著者が内定をもらっていた他の会社は、生保営業ほど激しい競争社会ではないが、一般的に給与水準が高くない「ガラスの天井コース」である。
日本の雇用環境でこのような状況を回避するには、高学歴+就活での上手い立ち回りが揃えばベストだ。学歴がないならば、就活の上手い立ち回りが全てとなる。残念ながら、勝ち取るために戦わなければいけないのはビジネスの世界の真実である。
業界の体質改善をするには
「これをきっかけに業界が変わることを願う」というのが著者のメッセージとのこと。先に結論を言っておくと、この業界が変わるのに必要なのは新しい営業スタイルの確立である。
生保各社が色々と仕掛けてはいるが、時代にあった新しい営業スタイルが見出せていなくて、会社も困っているのだ。本書の終盤で営業ノルマが少しだけ緩くなったという話が出ているが、基準が緩くなっても会社として利益が上がらないとジリ貧である。要するに、先輩の言うことだけやっていたらほぼ無理ゲーなのだ。
「戸籍に依存しない保険商品」とか「地域単位で分けられているテリトリー制への疑問」「採用候補の人を招待する場所に獲得契約のグラフが貼られていてドン引きする」「SNSやWebを活用した呼びかけが止められる」など、発展させると面白くなりそうな問題提起はところどころみられる。
本社の人間がやるべきことは、現場から生まれるこういった疑問を受け取って大切に育てていくことである。
地域で区切ったテリトリー制がもたらすもの
たとえば、100人いる地域があって、割り当てられた営業職員がそこで20人の顧客を獲得しているとする。
残りの80人はその人が攻め入ってもうんともすんともいわない。開拓の見込みがない状態だ。ところが、タイプの違う人間が行くと、フィーリングがマッチして10人の顧客が獲得できるかもしれない。
1億総中流と呼ばれた時代は一人の人間が総当たりでいってもよかったかもしれない。だが、SNSの時代は個々人の収集する情報が細分化し、全く価値観が異なる人間が同じ地域に住んでいるなんてことも珍しくない。そんな中、1人で1地域に攻め入るというのは本当に効率的なのだろうか。
しかし、こういったことは実際には行われていない。既存の担当者からすれば自分のナワバリを荒らされるに等しいので、なんとかして阻止しようとする。個人事業主なので、会社もそこまで強制力をもって介入できない。
この状態で次に起きることは何かというと、ベテランに気に入られた人間が(その多くは家族だ)、政治でいうところの二世議員のように地盤を引き継ぐことである。ただし、引き継いだ地盤も新陳代謝が進まなければ緩やかに衰退してゆく。
インナーサークル化が進むと、新規参入によるメリットが少なくなり、若者から敬遠されるのは自然の摂理である。
中核を担うベテラン社員の引退が間近に迫った時、一気に業界の様相が変わるだろう。業界全体でお尻に火がついた時、上記の素朴な疑問が変革への糸口になるというのが私の予想だ。
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