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#短編小説

臆病者が自由を手に入れた話でも聞いてみないかい【三話】

瞼を開くと、まだ窓から光は入ってきていない。 時計を見ると午前3時。 まだベッドに入って一時間程度だ。 ぼんやりとした頭で思考を巡らせる。 憧れていた沖縄生活も、半年が過ぎていた。 この生活を始める前に、なんとなく考えていたことはあらかた済ませた。 行きつけの食堂、居酒屋、そば屋も出来た。 毎日ブラブラと大好きな街を歩き、気になった店に入り酒を飲む。 時間を気にすることなく、ビーチで横になる。 そんな毎日を夢見て頑張ってきた。 はず、なのだが。 何か胸の奥に満たされ

【短編】ふたりの映画監督 

映画について  子どもの頃から飽きるほど映画を観ている。それでも、飽きないのは何故だろうか。実はもうウンザリしているのに、本人が気づいていないということなどあり得るだろうか。気づいてないのではなく、そのつどすでに忘れているだけなのかもしれない。  別に映画だけの話ではなくて、ある外国文学のアンソロジーにキャリア何十年の翻訳者が後書きを寄せて、小説に心をかき乱され、目眩や動悸を感じることにいつまでも経っても慣れることはないと書いているのは、どうにも胡散臭いと思った。いや、自

[1分小説] 先着順

「 美代ちゃんのパパって、とっても優しいの。 いつも高い高いしてくれるんだよ。 あかり、美代ちゃんのパパとケッコンしたいなぁー」 当時4歳だった。 まだ覚えたての「ケッコン」という言葉を、たぶん私は「仲間になる」くらいの意味でしか捉えていなかったのだと思う。 私の母親は笑いながら言った。 「あーちゃん。美代ちゃんのパパには、美代ちゃんのママがいるじゃない。それは無理な話だわ」 「どうして?ダメなの?」 「結婚はね、一人としかできないのよ」 「ふぅ~ん…」

残らなかった悲しみ

 信頼の置ける史料によると、かつてその土地では大規模な自然災害が発生していた。  もしそれがいま起きたのなら、「未曾有の」と形容されることだろうが、地質学的な痕跡を見るに、その規模の自然災害は周期的に起きていた。人の一生から見ればそれは人生のうちに一度あるか無いかの大事件ではあろうが、自然の方からすればそれは通常運転である。  我々は実に儚い。  史料によると、その土地にはそのころすでにそれなりの人口があったらしい。いまの都市とまではいかないまでも、他の集落から収穫物などのも

眠るまでの寓話

父が亡くなった。 私の幼い娘にとっては祖父だが、娘は初めて体験する人の死がまだわからない。死んだと聞いた時は、周りが泣いているのも相まって泣きはしたもののあとはけろりとしている。 姉の子は私の娘より二つ上で、姉の夫の父が昨年亡くなり人の死を経験している。そのせいもあるのか、父の枕元にいるときはずっと啜り泣いていた。 娘は不思議そうに私を見上げて 「ねえ、どうしてひかるちゃんは泣いてるの?」 と聞いた。娘にとってお祖父ちゃんは動かなくなってしまったことしか理解できてい

修行、遍歴、それから

 結城の行きつけのバーのマスター宮さんが体を壊して(もちろん呑み過ぎで)入院し、退院してからしばらく酒を抜いてすっかり健康的になると、周囲の止めるのも聞かずにまた呑み始めた。  まあ、バーのマスターが禁酒しているというのもおかしな話であるのだが。  宮さんはたしか今年還暦を迎えたはずだ。その十歳年少の結城も健康診断でガンマの数値が良くなく、メタボであるというので再検査の通知が届いても、それを無視して呑みに行ったりしているのだから、偉そうなことは言えない。  常連客も高齢化が進