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悪い奴は誰だ 1

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 定期的に見る悪夢はだいたい過去のリプレイだ。それでも夢だ。記憶通りなら小学生のはずの俺が今の姿になっていることもある。
 ただ、それ以外は何も変わらなかった。思考は今の俺のもので、身体もちゃんと動く。それなのに俺は目の前の大人にされるがままで、ひたすらに謝罪を繰り返す。
 何が悪いのかわかっていない。ただ、これだけ酷いことをされるほどの悪いことをしたんだろうと考え、謝れば許してもらえるかもしれないという希望がなければ耐えられなかった。
 いつかは終わるのを知っていても体感的には永遠に続くように思えた。

 目が覚めて夢だとわかっても耳障りなほど心臓はうるさく、それに混って悪夢の残滓が責め立ててくる。それを上書きするように叫び散らしたくなるのを枕に突っ伏して耐え、この騒音が過ぎ去るのを待つしかない。その間も瞼の裏で残像である大人の影がちらついて、本当に俺は目覚めたのだろうかと不安になってくると、頭痛と吐き気に襲われる。

 徐々に音が遠ざかって、ゆっくりと起き上がる。寝ていたはずなのに、全速力で家に帰ってきたような気怠さがあった。薄らぼけた視界で部屋を見回して、夢で見た天井と違っていることに肩の力を抜き、それでもまだ不安が残っていたので部屋を見回す。二段ベッドの上段だからこその視界の高さに、今度こそ心底安堵した。のろのろとスマートフォンを手に取る。セットしていたアラームが鳴る三十分前だ。どうやら、シャワーを浴びる余裕はあるらしい。

 顔の汗を拭いながらベッドから下りると、カーテンの隙間から差し込んだ明かりが室内を照らしていた。下段で寝ている森石は両手を胸で組んだまま目を閉じている。見る度に本当に生きているのか心配になるので、つい胸元が動くのか確認してしまった。
 悪夢の後だと、何もかも悪い方向に進みそうに思える。いつもより森石が気になるのはそのせいだろう。
 弱っているなと自分でも思う。幸いにもこの状態を森石には見られたことはないが、これからもそうであって欲しいと思う。

 何度か一緒にいた女にこの状況を見られたことがあるが、だいたいが俺を慰めようとした。それが普通なのだと思う。起きた直後の俺がそれを信じられないだけだ。それに甘えた瞬間、相手が豹変するような気がして、そうなる前に支配しようとする。肝心なのは、相手が絶対に自分に逆らわない確信か、反抗してきたところで叩き潰せるという安心感だ。あの衝動は自分の弱さを晒してしまったことに対する恐怖の意味が強い。その時ばかりは冷静ではないゆえに、どんな相手でも強者に見えてしまうのが厄介だった。最初でこそ怖くて仕方ないのに、支配できるとわかると今度は楽しくなってしまう。

 俺は自分より強いはずの相手が恐怖するのを見るのが好きで仕方がない。強いと勘違いしている相手を叩き潰すのが好きなのも似たような感覚だ。
 森石が相手でも同じことになるだろうかと頭をよぎらせたが、すぐに振り払った。あまり考えたくはないし、仮にそうなったところで俺が森石を傷つけるのだけは避けなければならない。

 これは普通になるという目的のためではなく、森石の父親に頼まれたからだ。森石いわく有名な警備会社の社長である人が、俺に頭を下げるほど大事にしている息子こそが俺の同居人だ。
 一番もっともらしい理由で自分を納得させる。それよりもずっと曖昧で、危うい感情もあるが、それを信じられるほど俺は強くなかった。

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