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やさしい字幕とは?映像授業に字幕をつける意味

こんにちは。eboard代表の中村 @koichi_n です。 NPO法人eboardでは、昨年から やさしい字幕プロジェクトと題して、eboardがこれまで制作してきた映像授業に字幕をつけるプロジェクトに取り組んできました。

そして、とうとう先月末、合計1,000名以上のボランティアの方にご協力をいただき、小中学校の映像授業約1,900本のすべてに、字幕をつけることができました。ご協力いただいた皆さん、本当にありがとうございました。義務教育の内容を広くあつかった映像授業としては、国内で唯一、字幕によって学習機会を保障した教材が、誕生しました。

というわけで、「やさしい字幕」の意義やおもしろさを改めて、お伝えしたく、3回に分けて記事を書いていきたいと思います。

第1回 やさしい字幕とは?映像授業に字幕をつける意味 ← 本記事
第2回 オンラインボランティア1,000名を集めた話
第3回 20人チーム全員リモート採用・リモートワークから働き方を考える

やさしい字幕 とは

「やさしい字幕」とは、ろう・難聴の子、外国につながる子、学びの困りごとを抱えた子を主な対象に、学習のハードルが下がるよう編集された字幕です。

これは、私たちNPO法人eboardの造語。「やさしい」は、日本にいる外国の方のためにわかりやすく編集された、 やさしい日本語の「やさしい」からお借りしました。まずは、実際に「やさしい字幕」がついた動画をご覧ください。

画面右下の「字幕アイコン」をおすと、字幕が表示されます。講師の話す内容と 表示される字幕のちがいに ご注目ください。

どうだったでしょうか?こまかく書いていくと、もっとたくさん編集点やルールがあるんですが、主に次のようなルールで、すべての字幕を人力で作成(編集)しています

・くりかえしや、いいよどみ(「まぁ」「ええと」など)の除去
・学年に応じた、習っていない漢字のかな化
・文章の簡素化、標準化
・分かち書き(文節などでスペースを入れる)
・日本語能力検定N3〜N2レベル(=9歳、10歳の壁)への語彙の言い換え

例えば、動画の講師が話す日本語をそのまま文字起こしすると、以下の通りですが

それじゃあ、そうした有名な食べ物・飲み物って、そもそもなんで有名になってったんでしょうか。またそれを支える農業って、それぞれの地域で、どんな農業が行われているんでしょうか。今回はヨーロッパのそれぞれの地域ごとに、農業の特徴というのを見ていきたいなぁと思います。

やさしい字幕にすると、↓のようになります。

この 食べ物や 飲み物は、どうして 有名になったの でしょう。有名なものを 支える 農業は それぞれの 地域で どのように 行われているの でしょう。今回は ヨーロッパの それぞれの 地域で 農業の 特ちょうを 見ていきます。

シンプルでわかりやすい、標準的な日本語になっていることが、わかるかと思います。

プロジェクトの始まり

では、なぜ、字幕をつけることになったのか?普通の字幕ではなく、「やさしい字幕」になったのか?

きっかけは、新型コロナウイルス感染拡大の第1波でおきた、全国一斉休校でした。2020年の春休み3月から5月の末まで、全国すべての学校が休校に。この期間に eboard も 全国100万人以上の方にご利用いただきました。

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アクセスや問い合わせが急増し、毎日その対応に追われていたのですが、聴覚障害の方や、その保護者の方、先生から「映像授業に字幕をつけてほしい」という、メッセージをいただくことが増えてきました。

実は、聴覚障害(一般的には難聴)のお子さんたちの9割が(ろう学校ではなく)普通学校に進学し、聞こえない部分を自分で気付くことなく、視覚情報に頼り、学校外で塾・予習・復習と必死に勉強しています。
貴社が提供している授業動画は、大変分かりやすい授業を配信しているとの定評をよく耳にします。そこで、貴社が提供している授業動画に、日本語字幕をつけさせて頂くことの御検討を心よりお願いしたく存じます。

これまでにも 字幕の要望をいただくことはあったのですが、休校がつづき、様々なオンライン教材が無償提供される中、それまでにないほど強く、字幕の要望をもらうようになりました。

それを受けて 様々な調査をしたのですが、教科の内容を広くあつかった動画教材で、字幕がついたものは、1つもありませんでした。これだけたくさんの動画教材がある中で、字幕がついてないということは「もうからない、経済合理性に合わない」ということなのだと思います。

オンライン教材を提供する 日本で最大の非営利団体として、これこそ私たちが取り組むべきテーマだと思い、ろう学校や他団体にもご協力いただきながら、社内での検証をスタートしました。

字幕を「やさしくする」意味

善は急げということで、早速試しに(普通の)字幕をつけて、ろう学校の先生に見てもらったのですが、(字幕をつけてほしいという要望をくれたにも関わらず…)「このままの字幕では、難しいかもしれません」と言われてしまいました

手話を第一言語とする ろうの子にとって、自分の学年の内容をそのまま日本語で読み書きする、というのは、かなり難しいことなんです。ろう学校高等部生徒の言語力が小学校5年生3学期の水準程度 という研究もあります。

機械学習等での自動化なども考えてみたのですが難しく、字幕をわかりやすくするためには、膨大な人手が必要、ということがわかりました。「ここであきらめるか…」という話もあったのですが、まずは試してみよう、オンラインでボランティアを集めてみよう、ということになりました。

そして、これがeboardの字幕の可能性を大きく広げる、きっかけにもなりました。どうせ人の手を入れるなら、ろうの子だけでなく、他の理由から学びづらさを抱えている子にとっても、わかりやすい字幕作ろう、ということになったのです。

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外国につながる子の中には、日常会話は問題なくできるけど、教科で習うような言葉(学習言語)が聴き取れない、わからないことが、よくあります。発達障害の中には、音が聞こえているものの、聞き分けが難しい子や、音声情報の処理が苦手なケースも。最近よくメディアでも取り上げられる、いわゆるHSP(Highly sensitive person)。感覚過敏が不登校につながってしまうこともありますが、映像授業を音声つきで見ることが難しい子もいます。

1つ1つの障害や困難で学びづらさを感じている子は、決して多くはないのですが、字幕を「やさしくする」ことで、全体で多くの子にとって、学びやすい教材が実現できることがわかってきたのです。

※ 学習障害(LD)の中でも、読み書き障害(ディスレクシア)を専門に特別支援教育に取り組む 島根の井上先生に、eboardや字幕の意義について、メッセージをいただきました。

かくして、やさしい字幕プロジェクトを始めることになったのですが、字幕の基準ができあがると「字幕の制作だけで10,000時間以上が必要」ということが、わかりました。当時のeboardの職員全員が、他の仕事を止めて取り組んでも、丸1年かかる計算に。

では、どうやって、1,000名以上のボランティアを集めていったのか?次回記事で、お届けれできればと思います。

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