見出し画像

ゴールデンカムイ、マンガの懐の広さを楽しませつつ語る「北海道とは何か」

アニメ化もされた「ゴールデンカムイ」(野田サトル・集英社)がついに最終章に突入した。2021年9月17日に発売した27巻の、その後の連載分となる285話「最終決戦」の表紙に最終章開幕宣言と大きく書かれたのだ。

この記事を投稿する2日後の9月20日まで、ゴールデンカムイは全話無料公開!!!として、集英社のWEBサイト「となりのヤングジャンプ」にて現時点の雑誌連載最新話までを全て無料公開している。ヤングマガジンの屋台骨で、現在進行形で描かれている日本のマンガの中の、ピラミッドの頂点付近に存在するマンガをだ。

このありえない無料公開の意味は何なんだろう。それはもう、集英社が、編集部が伝えたいのだろう、「本当に凄いマンガが完成する」と。とにかくひとりでも多くの人に読んで欲しいと。そしてもちろん、「一度読ませればここまで読んでも単行本を買ってくれる人が少なくない」という自信あってこその仕業。


ゴールデンカムイをまだ知らない方の為にあらすじを。


「日露戦争終戦から少したった北海道。不死身の杉元と呼ばれた男は、軍をやめて幼馴染の女性のために砂金を採っていた。そんな中で杉元は大量の金塊をどこかに隠したアイヌがいるコトを知る。そして、その直後に出会ったアシㇼパは、金塊を運んでいる最中に殺されたアイヌの娘だった。

金塊のある場所は、網走刑務所に投獄されたひと癖もふた癖もある囚人たちの背中に謎の入れ墨の形で残された。金塊を獲る為には刑務所から北海道の各所に消えた囚人たちの入れ墨を、時には皮を剥いででも全て集めて謎を解く必要がある。

杉元は、父の敵討ちのため同行するアシㇼパから、北海道で野性動物と生きるアイヌの知恵と文化(特に狩猟と食文化)を教えられながら、金塊を、入れ墨の囚人たちを探す。元脱獄王で入れ墨を持つお調子者の白石などを仲間にしたりしながら。

しかし、金塊と囚人たちを追う者は他にもふた組いた。

ひと組はキレ者で怪しさ溢れた鶴見中尉が率いる、杉元も所属していた日露戦争を生き延びた精鋭、陸軍第七師団の面々。

もうひと組は、戊辰戦争で死んだはずなのに実は網走刑務所に投獄されていた土方歳三と、同じく投獄されて入れ墨を入れられていた囚人の一部である同士たち。

杉元たちを含めた3組は、残りの色々とヤバい囚人たちから入れ墨を獲る為に、時には明るく手を組み、時には命を奪い合い、北海道と樺太を巡る死闘の旅を続けるのであった。そして数々の謎が浮かび上がる……。」


明治を舞台に北海道を駆けるキャラクターたち。ヒグマと戦い、動物たちを生きるために獲る、囚人たちも時には獲る、生死の境をギリギリすり抜ける杉元と、すり抜けられなかった人々。野田サトル先生の素晴らしい筆力で描かれるそれは、北海道の大地と母なる海、厳しい冬と共に、命を失うリアルさをゴリゴリと伝えてくれる。

しかし、野田サトル先生の筆力は他のほうにも向かってしまう。話の途中途中で入れてくる、かなりセンスのいいギャグと連載表紙でのあれやこれやなオマージュはもちろんだが、なにより「色々とヤバい囚人たち」。

その大多数はとてつもない変態である。最悪の方法で見事に美女に化ける男、人皮でアートする男、最高の殺され方をされたい男、野生動物の貞操を狙う男……(あ、囚人じゃないのもいる)……いや、変態は囚人だけではなく男だらけの……。

アニメでは消されたエピソードも当然あった(笑)


「自分の住む北海道は変態の巣窟だったのか!」

……いや、そうかも?


ただし、その強烈な個性で見事にキャラクターが立つ。囚人になるならば犯罪を犯した過去があるのだ。なんで犯罪を犯したか、その犯罪で人を殺めた後に人はどうなるのか。バカじゃねぇの?と思った囚人たちの中には聡明なものも、純粋過ぎたものも、どうにもならなかったものも、いろいろといたのだ。

もちろん囚人だけではなく、濃いキャラクターたち全てもそう。内面を性癖まで作り上げ、その後にそれを穿り出す作業を経たキャラクターたちなのだ。キャラが立つどころの騒ぎじゃない。素晴らしく、いき過ぎている。

特筆すべきはアイヌの描写である。ゴールデンカムイの単行本の最後にはものすごい量の参考文献が並んでいる。アイヌの文化・行動様式をストーリーの核に据えて、できるだけ忠実に描き、伝える。それはもちろんどんなものをマンガにするためにも必要だが、アイヌの文化には難問がある。

アイヌには文字がなかった。アイヌの記録のほとんが北海道に渡って来たアイヌ以外の人の記録である。もちろん、アシㇼパたちが生きた明治にはそれなりにしっかりした文献も作られたであろうが、アイヌの生き方をアイヌ側から見たものは少ない。

それは、祖母や祖父が口授されたものを日本語に翻訳していった知里幸恵・萱野茂・知里真志保という人たち、そしてその後ろ盾となっていた、あの金田一京助氏が残した文献たち。そして、それ以外の参考文献でさらに肉付けをする必要がある。どれだけ読みこなしたらこれだけの画を、話を描けるのだろうか……。

※ アシㇼパと杉元のコンビは知里幸恵と金田一京助を示唆しているのではなかろうか?などと思わぬコトもない。


少し自分語りをしたい。


北海道の日高の山奥で生まれて幼少期を過ごした。近所にアイヌの人が住んでいたり、小学校の社会の時間はアイヌの副読本で勉強し、萱野茂さんの話を聞く機会もあった。中学の時にはアイヌの同級生の友達も数名いた。いじめたり、いじめられたりもした。正直、差別の加害者だった時もあったと思う。

北海道に住んでいたけどアイヌを見たことがない、アイヌはもう和人と呼ばれる人と混血が進んで見分けがつなかない。などという意見もネットで散見されるが、そうは思わない。

少なくとも自分の過ごした地域と時代にはアイヌの特徴を持つ人もまだまだいたのだ。机を並べた中にも。


中学三年の時に忘れられないエピソードがある。

ある女の子が自分に好意を持ってくれていたらしく(ホントは全然そうじゃないかもしれないが、その時はそう思っていた)、その女の子の友達が放課後に自分を呼び止めて言った。

「あの子はアイヌじゃないから仲良くしてあげなよ。」

その場に居ないアイヌの人たちに対する差別発言のようだが、実情は違う。そのひと事を言った子こそがアイヌだったのだ。

「あの子は(私と違って)アイヌじゃないから」の意だったのだ。アイヌの子が自分を卑下して言った言葉。

とっさに

「そんなの関係ないよ」

と返して、その場から逃げたが……ショックだった。

その頃には既に周りのアイヌの友達とも打ち解けていたと、自分では思っていたのだけれど、自分はアイヌに対してのレイシスト(当時そんな言葉知らなかったから、差別する人か)と思われていたのか。そうじゃなければ、皆、常日頃笑って明るく過ごしていたように見えていたけど、ずっと自分を卑下して生きているのか……。

女の子の好き嫌いとか関係なく、それでその時は頭一杯になった。だからと言って他のアイヌの友達たちに直接聞けるハズもない。悶々と心のどこかにそんな思いを置いたまま過ごしてきた。


そういう思いをゴールデンカムイは幾分なりとも晴らしてくれた。強く明るく生きるアイヌの人たちと、さらにそれを守る人々。差別だなんだかんだじゃなく、仲間として、敵としてごちゃまぜになりながらとにかく前に進む人々。良いアイヌも悪いアイヌも出て来る。でも、アイヌじゃなくても善悪それぞれちゃんと出て来る。扱いは変わらない。

なにせ戦争で北海道に来た内地の人とアイヌのヒロインのふたりが主役の物語なのだ。

発売したばかりの27巻の、その後の物語は最終章に相応しい大激戦である。ほとんどの謎を解いた後のそれは、この物語ならば必然だった大舞台で、そこらの戦記物が裸足で逃げだすほどの描写での熾烈な戦いが繰り広げられ、描かれている。

北海道とはなにか。北海道という名がつけられた少し後の時代、アイヌ語で数多の名が付けられた大地とその自然、様々な文化、そこに暮らす人々、全て漏れなく深く、図太く繊細に描いた、冒険推理大活劇。

今、まさに素晴らしい熱量をもった大傑作のマンガが完成されようとしているのだ。そしてそれは、口授でしか伝わらなかったアイヌの文化を、それを日本語に訳した人たちの力を借りて纏め上げ、マンガとアニメという新しい形で後世に残す偉業でもあるのだ。

もう単行本を待てない。連載で追って、その完成をリアルタイムで読みたい、読まなければならないマンガに成ってしまった。



この記事が参加している募集

#マンガ感想文

19,877件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?