冥を診るミヨは、月夜に逢う、運命と。

ミヨは、冥のミヨといつしか呼ばれた。なぜなのか、それはミヨがよく知っている。

ミヨは、死人専門の『医者』だ。

正確には、死人の身体を漁って、その死の謎を解く。死後解剖、死因追求。他の場所、あるいは時代、もしくはもっと別の国や世界でなら、きちんと名を与えられて尊ばれる仕事だろう……ミヨはそうとも感ずる。

しかし、ミヨは、ここで産まれた。
冥のミヨとしか、呼ばれない。

それに、この年齢でそんなことができるのは、やはり異常な資質であろう、諦めもついた。ミヨは本当を語ったことが無いが、父が強盗屋で、強盗をしては殺人をするので、まだ幼いミヨは、死体の片づけ命じられてきた。

死体を解剖するうえで、この肉の塊が闘病していたと知ったり、病を見つけたりした。

父が捕まり縛り首になり、その処刑をミヨは柵の外から見た。
家にいて、父の強盗が終わるのを待っていた。

父は、わたしを告げ口しなかった。

ミヨはようやく、ほんの一筋の愛を知り、吊られて風に揺らるる死体を見つめてから、手を合わせた。さようなら父さん、と。

それから孤児になった。ミヨは、しかし、誰も近寄らぬ重病人に近寄れた。孤児仲間をそうしてミヨの目で診て、存命に成功させることもあり、死後に病の原因を当てて皆にこれは食うな、あそこには行くな毒になるナニカがある、など声をかけた。

孤児たちの自慢話になった。

ミヨは、あちこちから、声をかけられるようになった。
ただし孤児、汚ならしい子どもなので、顧客と呼べるほどの相手はいつも、死後にミヨを呼びつけた。

そうして冥のミヨが生まれた。

死後の肉体の探求者である。ミヨは今日も血まみれ、腐った肉まみれになって、住家に移動する。ひと目につかぬ深夜にいつも仕事をして、そして夜が明けぬうちに帰る。

町はずれの納屋は、ミヨの客が賃金代わりに寄こしたものだ。この頃には、あまりに死臭がするもので、孤児たちからもミヨは嫌われてしまったから、助かった。

ミヨは、川水を組んで、身体を洗う。
出遭った、のが、真っ黒い夜の服をまだ下半身に残しているときであった。

「お前が人魚か?」

「……ちがうけど。どなたですか」

(いや、乳房を凝視するなよ、オマエは)

ぼうぼうに伸びた雑草を掻き分けて頭を突き出してきたのは、金色の月のような髪をした、青年だった。目は銀色で肌もそれくらいに夜に白く浮きたち、異国の人間のようだ。月のような男、男前の来訪者である。

「……ここに、人魚がいると聞いたのだが……」

「うわさ話に騙されてますよ。わたしは人魚ではありません。わたしをバケモノと決めたがる連中が、わたしに足がないだとか言うので……その悪口がそういったカタチに変化したのでしょう」

「……下半身にも水を浴びてくれないか?」

「…………」

ミヨは、屈辱をぐっと堪えた。
(乳ばっか見やがって。下まで、と)

けれと、全裸である。人魚と間違えてきたこの青年は、人魚であるなら殺す気だ。
恥や屈辱にためらう場面ではなかった。またミヨも、自身がいまさらどうなろうとも、知らぬ存ぜぬという気持ちはあった。かつてから、昔から。

だから、桶をあげて、頭から残りの冷水をかぶった。
全身が洗い流される。
下半身すら、露わになった。

青年は、無言のままにまじまじ全身を見つめる。ミヨは、いっそ呆れた。このスケベな色男が、内心で吐き捨てた。

「もういいか」

言葉づかいも荒くなり、ミヨは、裸の仁王立ちで、フンと鼻息をとばす。
青年は、肯きながら、感心したような声を出した。

「お前は、だが美しいな。月がごとく肉体をしている……」

「?」

桶を引っさげて、納屋に引っこもうとするミヨは、ふり返る。

今度は、男の目のなかに、星のきらめきを見た。

「名は? なんだ? お前の名は」

「……冥のミヨ」

この男が近づいてこないように。ミヨは、忌み名をくちにする。しかし彼は笑った。

いい名前だ、と。



END.

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