贋作のレイは、斬られそう、契ると言われながら

正真正銘の人魚を食ったを証明する、それには、死ななくてはならない。

死なずの証拠がために死ぬ。
度胸が要ることだ。

だから、まずは下人などに食わせて、それから殺して、本当に不死かを確認する。死んでしまうばかりである。当然ながら。

(なにせニンギョなんてウソだもん)

鼻歌まじりに、少女レイは、編み糸をたぐって今日も仕事に精を出していた。
食い終えたサルの皮、同じく食った魚の皮、これが両方とも手に入ったのならば、まだ乾かぬうちに縫合する。
上半身はサルの担当、下半身は魚の担当。

次に、カス肉などを集めて、ごみ捨てするのうにナカに詰める。

それから、魚や海藻の乾燥編みに乗せて、日干し。カラッカラにさせる。
いつもより10倍は乾燥させて念入りに仕上げて、草で調合した防腐剤を塗布して、また乾燥させる。

カラカラ、音がするほど乾ききって出来上がる。
ニンギョのミイラであった。

レイの、とくべつに得意な、針仕事をしていていちばん楽しみな時間であった。このときばかりはレイがいちばん想像力があるとか、残忍だとかで、レイがようやく村で評価を受けられる。
レイは、ニンギョづくりの名人として、村で名の知れた少女なのだ。

たいしたことでもないが、レイは誇りを感じられた。
ようやく食い扶持を稼げるし、皆に喜んでもらえる仕事ができた。

みなしごの自分でも。
ようやく、居場所を得られた。

が、

「な゛っ……!!」

レイは、目をみはらせて、日本刀を抜身にしてかろうじて鞘に切っ先をひっかける、浪人のすがたを見た。

ぼろぎぬを着て、やつれはてて、目の下はくぼみ、死人のすがたを見るかのよう。
ツヤのない黒髪はボサボサで、後ろでかんたんに結うだけしてある。

抜刀された刀は、すでに紅く染まって血を滴らせていた。
作業場は村の最奥にあり、長者屋敷のこれまた最奥にある。ここまで不審者が侵入したとなれば、そういうことだ。刀が血まみれであるなら、そういうことだった。

「ヒィッ……!?」

「ここが人魚の住処か。エセもの、ニセモノ、贋作人魚どもをつくる糞どもの掃き溜めか?」

「…………ひっ!」

切っ先が紗綾から血ベトを伸ばしながら抜かれて、レイを真っ向から見据えた。

脂ぎった前髪の奥で、浪人の黒い瞳がぎらぎら、夜の黒い海のように闇(くら)さを波打たせた。

「れい、という名の小娘にまだ出遭っていない。お前の名はなんだ」

レイ、と。
答えるのは簡単である。

が、殺されるのは、それ以上に簡単であった。レイはしばし絶句したのち、つぶやいた。

「うちの村を皆殺しにしてどうしようというつもりだ……? こんな、辺鄙な村、ニンギョを贋作するぐらいしか特産品などない。金なんてもっとない!」

「……特産品、だと?」

男が野獣のように歯を噛み、八重歯をひからせた。

「……わしゃ、人魚の試し食い役だ。死ぬことができる、生きるだけの苦行が終わる、そう喜んだ。だが、わしゃ、……まだ生きてる。意味がわかるな?」

「……人魚なんて作り話だろう?」

「ウソではない。真もあった。だが、ウソがあまりに多すぎるから、わしゃ騙されたし地獄を見たしお尋ね者になっちまった。もう死ねん。せめて落とし前をつけてやらぁ」

「ま、まて、まってまって。確かに、確かにうち、お前の探しとる女かもしれないよ。だが見ろ、こんな年端もいかぬ少女になんの罪がある!?」

「わしゃ赤ん坊すら斬るぞ」

「待て。心まで人外に堕ちてどうする。おまえ、うちにはまだ人間にしか見えんわ。歳はいくつなんだ?」

「27になる」

「その……、見た目でか」

「そうじゃ。死ね、レイ。数多の贋作、まこと見事だ。万死に値する」

「待て。まてまてまてまて! いやまって、うちと同じ15、6にしか見えんわ、まって、待って、うちは村でいっとう人魚に詳しいぞ。本物の人魚のうわさも知ってるぞ! 贋作を作るにはうわさを正確に把握する必要があったからな! うちほど本物の人魚に通じるモンはおらんわ!!」

「何が言いたい」

「つ、つまり、」

レイは、てきとうを、言った。
その場かぎりの、てきとうを。

「この世でうちほど、お前さんを理解できるモンはおらんし、本物の人魚にお前さんを出逢わせてやれる人間もおらん、というわけよ。本物の人魚に会えたらお前の呪いも解けるかもしれぬのでは?」

……かような話、聞いたことがない。浪人は目を伏せる。
レイは、彼の弱さを見たと直感した。

「うち、本物の人魚などいないと、思っておった。だがお前は本物を食わされた。ウソから出たマコト、ここにあるだろう」

「……、…………もし」

「もし!?」

「…………呪いが解けなかったら、貴様も人魚を喰え。約束するなら殺さん」

「へっ?」

思わず、地声で素っ頓狂な悲鳴があがった。
レイの頭いっぱいに疑問符が詰まった。

なぜ?

なに言うた? こいつ?

「……ちょうどいい。この十年、独り身で飽き飽きだった。貴様、名を名乗れ。おのれの意思で、名を名乗れ」

(こ、これは……)

……求婚されている?

レイは、目玉のなかをぐるぐるさせながら、脂汗で脂ぎった浪人のようになりながら、よく見れば顔は整っているし上背はあるし、なにやら金持ちに玩具にされてたらしき面影がある、高級な人間の名残があるような気がする、この浪人、いやいや。

うち、どうした。

レイは、だが、目と鼻の先の、脂ぎった血をふんだんに垂らしている、日本刀の先を、見るしか、なかった。

どこを見ても、残忍な、残酷な気配が満ちていた。村人は皆殺しにされて、残るのはレイたった一人なのだった。

「……レイだよ、人魚のレイだ」

「贋作のレイ、だろが」

この世でいちばん憎い相手を睨みつける、眼差しが、レイを刺した。

このとき、村人のレイは死んだのだ。

あとになって、この浪人に人魚の肉を食わされるハメになって、レイは、名乗らなければよかった、と、痛感するハメになる。


ある、夫婦の、出遭い方であった。



END.

読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。