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読書雑感「香君」上橋菜穂子

noteでこの本が紹介されて、本屋にも並んでいたので前から読もうと思っていました。読み始めると冒頭から物語に引きずり込まれて、どんどん読み進んでいきました。著者の本は「鹿の王」に続いて2作目ですが、この本もとても面白かったです。

ストーリーの面白さは読んでいただくとして、今回は本の大きなテーマであり、上橋先生も本の後書きに書いている”植物”について思ったことを書いてみたいと思います。本の最後にある参考文献とそれ以外の書物から得た内容になります。

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鳥糞石

物語の前半で”鳥糞石(チチヤ)”という肥料の話が出てきます。古来から人間含めた動物の排泄物には土壌・植物にとって大切な栄養分が含まれており、江戸時代は農家が買い取っていたほどです。植物をしっかり育てて収穫するには肥料が重要ですが、本の中でも”量の配合や分量によっては害になる”という内容があります。まさに肥料も「過ぎたるは猶及ばざるがごとし」の通りです。

鳥糞石(チチヤ)という名前は本の中の話ですが、現実にも”グアノ”という肥料がありました。南アフリカ西側や南米の沿岸付近では、海流の関係でイワシやアンチョビなどの小魚の大群が回遊するエリアがあり、そこに群がる無数の海鳥がいます。この鳥たちが落としていく、おびただしい量の糞が周辺の島に長年かけて堆積し、これを”グアノ”と呼び農産物の肥料として注目されます。土壌に必要な栄養分である窒素とリンを多く含むグアノは肥料として大変優れていました。19世紀を迎えて人口が爆発的に増加する中で、各国で脚光を浴び争奪戦が始まります。何世紀もの間に蓄積されたグアノはあっという間に減少していくのです。

ところで、窒素は空気中の7割ほど占めるのですが土壌中に個体として存在する量はとても少ないのです。グアノが無くなる頃、空気中から窒素を取り出す方法がドイツのハーバー博士によって開発されます。これはハーバー・ボッシュ法として世界中に知られる事になり、博士はノーベル賞を受賞します。(ただ、化学者である博士はその後、第一次世界大戦中に毒ガスを製造し、それに反対する妻のクララは自殺してしまいます)

種籾が取れない稲

物語の中心となるオアレ稲は全土に栽培されており、これが人々の繁栄の基礎となる世界が書かれています。そして、何故か栽培されるオアレ稲は種籾が出来ず、自分たちだけでは次代の生産が出来ません。種籾を握る帝国により、周辺各国は食糧面でも支配されており、これは現代のタネ事情を表しているようにも思えます。今は品種改良の結果、より均一な作物になるように選別されたF1という規格のタネが流通の大多数です。このタネによる作物は次世代の栽培の為に、継続して新たにタネを購入する必要があるのです。

また、物語ではオアレ稲一種類に依存した社会の危うさも知ることができます。以前は多様な作物が栽培されていた世界ですが、やせた土地でも収穫ができるオアレ稲の登場で、人々の生産がこの稲に偏重していきます。人々の暮らしの水準は上がるのですが、それ故にこのオアレ稲に病害虫の危機が発生した時、世界の危機が訪れるようになります。

歴史的には1845年頃からのアイルランド・ジャガイモ飢饉が思い起こされます。アンデス地方から来たジャガイモは瘦せた土地でもしっかりと育ち、人々の栄養源となったのでアイルランドは全面的にジャガイモ畑に切り替わます。ところがジャガイモが疫病により全滅し、多くの人は餓死する事態になるのです。

上橋先生は多くの本を読み、これらの事象を物語の中に織り込んでいったのだと思います。本当に小説家さんというのはすごいなぁと感じました。登場人物やストーリーの面白さが一番なのですが、私がこれまでに読んだ本と関連して書いてみました。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

夏らしく、暑くなってきましたね。


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