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岩崎政利さんの「種とり歳時記」・初夏

このエッセイは、2008年から2009年にかけて雑誌「やさい畑」(家の光協会)で一年間連載したものです。長崎、雲仙にたたずむ「種の自然農園」の春夏秋冬を追いながら、岩崎さんと野菜たちの物語を紡いでいます。
文/堀口博子

野生の種をもとめて

五月も半ばを過ぎると、南国九州の日差しは真夏日を思わせる暑さ。いよいよ夏にかけて、『種の自然農園』は種採りの季節を迎えます。
「まずはアブラ菜科の青菜の種採りから始まり、ターサイが一番早い収穫になります。油断したはたけ菜は、すこし種が落ちてしまいまいした」。

農繁期にあたるこの時期に種採りが重なり、畑から畑へと忙しく動き回る岩崎さん、朝のうちに夏野菜の苗の定植を終えると、午後からは出荷用の野菜の収穫に汗を流し、その合間を縫ってサヤの様子にも気を配ります。収穫のタイミングを逃せば小鳥に種をついばまれ、雨が降ればせっかくの種が濡れてしまう。天気の様子、鳥の動きを見ながらと気の休まる間がありません。

そんな慌ただしい毎日のなかで、ほっと心和む風景があります。はじめて挑戦したという、露地で咲かせた黒田五寸人参の大輪です。風にゆっさゆっさと花首を揺らし、濃厚な香りを周囲に発散させる様は、農園を彩る野菜の花のなかでも格別の風格、まさにクィーンです。

「背が高く,花の大きなニンジンだけはハウスでないとうまく種が採れないと思っていたんですが、収穫した畑から株を移さず、そのまま露地で花を咲かせてみたかった」。そのわけは、「種に野性的な血を入れたかったから」と。それにしても「野生の血」とは、岩崎さんにとって野菜は単なる植物ではなく、血の通った命そのものだという強い思いが伝わってきます。ハウスなら毎年五月十日頃には満開になるニンジンですが、露地では二十日をすぎてやっと花時。ハウスのものと比べると茎の太さ、花の大きさもさることながら、唖然とするほどたくさんの花が付いています。花数が多いということは種もたくさん稔る、子孫を残そうとする力が強いということです。

「できるだけ自然のままにしておくことで、植物は本来の力を発揮させ成長していく。そこに生命力が増していく秘密があるのではないか」と、種採り名人は推測を立てます。その生命力は、その種がニンジンとして実り、人の味覚に訴えたときに実証されるはず。それが岩崎さんの求める野菜の「おいしさ」なのです。( 了)

チャードという野菜

春から初夏への季節の移り変わりは、ついこの間まではゆるやかでした。
今は突然台風が来たり、真夏のような暑さになったり。温暖化の影響は畑にもさまざまな形で現れ、野菜たちも戸惑っています。
この写真はいまでは岩崎チャードと言えるほど、種の自然農園になついた野菜のひとつです。姿も味も日本のふだん草とよく似ています。でも茎のカラフルなことと言ったら、当時まださほど知られていなかった、このチャードという野菜と出会ったとき、岩崎さんはとてもうれしそうでした。

さやの収穫

5月終わりから6月にかけての農園は、花が終わった冬野菜たちが次から次へとさやに姿を変えていきます。農園に頻繁に出入りして野菜に馴染んでいるつもりでも、私の目ではその区別はとてもつきません。でも岩崎さんの目は違います、さやを見るだけでなんの野菜かわかってしまいます。そして梅雨に入る前に、さやを収穫してしまわないとせっかくの種が腐ってしまいます。この時期、岩崎さんはほんとうに忙しい。

大輪の花

ニンジンの花の美しさは格別です。大輪の花、その香り、農園に足を踏み入れるだけで甘い香りが風に乗って届きます。その甘い匂いに吸い寄せられるようにたくさんの虫たちがやってきます。受粉のお手伝いです。しかし、雲仙は日本有数の大規模生産地、地域ぐるみで農薬散布を行います。その影響でしょうか、「ミツバチはめったにやって来ないんです」。慣行農家の農地からから距離をおく岩崎さんの農園でもその影響は避けられないようです。「カメムシやハエも受粉を手伝ってくれるから、いやだなんて言えないですよ。この時期だけはありがたい(笑)」。

素敵なニンジンをつくろう

ニンジンの花がいっせいに咲き始めると、朝といい夕といい、岩崎さんは花の様子を観にやってきます。ニンジンは岩崎さんが有機農業に転換したその最初の作物でした。日本一美味しくて、素敵なニンジンをつくろう、とタネ採りを始めたのです。しかし、美人のニンジンばかりに目のいってしまったタネ採り初心者の岩崎青年は、その数年後に全くニンジンが育たない事態に陥ります。なぜ? これほど手塩にかけているのに・・・その答えは冬の章でお話しするとしましょう。

森のような生態系

自らの農園を森のような生態系にしたいと言います。それは人間が手を加えなくても栄養ゆたかで、健康な土壌ができる仕組みだと言います。向こうの森を見ながら、岩崎さんはいつもこの話をしてくれます。森にはさまざまな生き物や植物があるように、多種多様な野菜を育てている岩崎さんの農園です。この時期、秋に収穫が始まる九条ネギが育っています。おばあちゃんがまだ畑で元気に働いて頃の懐かしい農園の風景です。

自然がおしえてくれる

雲仙普賢岳が大爆発を起こした時、岩崎さんの畑にもたくさんの灰が降ったそうです。どれだけ人間ががんばっても自然にはかなわない。「自然の心を聴く」ーたとえ休みの日でもよほどの用事がない限り畑に行かずにはいられない農人が大切にしている言葉です。「やるべきことは自然がおしえてくれる、自分はそれに従うだけです」。そう明言できるのは、誰よりも自然を観察しているからこそ、だと思えてきます。

写真:佐藤浩一/堀口博子

岩崎政利(いわさき・まさとし)
長崎県雲仙で年間約80品目の野菜を育て、60種以上の在来種野菜の種を採る野菜農家。生物多様性に心を傾けてきた岩崎さんの野菜づくりは、有機堆肥さえ必要としない自然農を手本としている。著書に『岩崎さんちの種子とり家庭菜園』(家の光協会)。『つくる、たべる、昔野菜』(新潮社)などがある。




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