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子どもたちも独立して、親の介護も乗り越えて、還暦過ぎて、「私」の人生これから! 関節リ…

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子どもたちも独立して、親の介護も乗り越えて、還暦過ぎて、「私」の人生これから! 関節リウマチとも共存しながら「さぁて何をやろうかな」と、模索中。そういえば、はるか昔、小説なんぞを書きたいと思っていたこともあったなぁ…

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ちょっとドキドキのSNS初投稿

晴天を見上げて、今日も心も晴れ晴れ、と思える自分が嬉しい。 初めてのSNSへの投稿に、ちょっとドキドキしてる💓 60代に突入して、第二の人生何をしようかと思って、書くことが嫌いではない私は、ちょっと、このNOTEなるものを試してみようという気になったけれど、投稿までに随分勇気が要ったのは、歳のせい? ドンドン変化する時代の流れに、やっとの思いでついてい…けてる⁇ とりあえず、挑戦だ〜! “徒然なるままに”書いていってみようかな。 #60代 #初投稿 #徒然なるままに #第二

    • 関節リウマチと共存している私。昨日から右の手首が赤くなって痛む。痛み止めも案の定効かず😭今日は明日のイベントの荷物の搬入がある。やばい😰…と思い、久しぶりに手首のサポーターを引っ張り出して巻いたが、こんなので大丈夫か?😞協力を頼みながら無理せず乗り切ろう💪

      • 認知症の姑の介護体験で感じてきたこと⑩

        車椅子生活になった母の介護は、その要領もよくわからないまま始まった。 訪ねてくださるケアマネージャーさんやデイサービスの方に、オムツの交換の仕方、起きあがらせ方、床ずれ防止のための体位変換の事など、負担を軽くするコツなどを尋ねながら、一つ一つ手探りでやっていった。 知り合いで、親の介護のために、自分から勉強してホームヘルパーの資格を取ったという方がいた。 そこまでされることに、感心していたが、実は介護の知識があるとないとでは、介護にかかる心身の負担も違ってくるのだなと、

        • 認知症の姑の介護体験で感じてきたこと⑨

          レビー小体型認知症を患っている姑と同居を始めて数年たった頃の事。 姑は、杖はついていたが歩けていたし、ある程度は世話や見守りは要ったが、自分のことは何とかやれていた。 デイサービスやショートステイなどにも慣れてきて、私も姑も日々色々大変なことはあるが、それなりに生活のリズムはできてきていた。 そんな頃、娘が里帰り出産で帰省してきた。 妊婦ではあったが、家事も手伝ってくれた。出産を控えての準備も、母娘で楽しみながら買い物に出かけていた。 その時間は、娘の結婚前には中々

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        ちょっとドキドキのSNS初投稿

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        • 認知症の姑の介護体験で感じてきたこと⑩

        • 認知症の姑の介護体験で感じてきたこと⑨

          今年も夫の好きならっきょうの甘酢漬けと新生姜の甘酢漬けを漬けた。今年は私用に梅サワーも漬けた。らっきょうは、鷹の爪を多めに入れて夫好みに。これは夫のおふくろの味的なもの。 梅干しは貰い物が沢山あり、数年前に私が漬けたものにはまだ手がつけられていない。しっかり熟成されている筈😅

          今年も夫の好きならっきょうの甘酢漬けと新生姜の甘酢漬けを漬けた。今年は私用に梅サワーも漬けた。らっきょうは、鷹の爪を多めに入れて夫好みに。これは夫のおふくろの味的なもの。 梅干しは貰い物が沢山あり、数年前に私が漬けたものにはまだ手がつけられていない。しっかり熟成されている筈😅

          認知症の姑の介護体験で感じてきたこと⑧

          noteを始めて、介護に関する記事をあれこれ読ませてもらった。 このnote上でしか知らない方々だけど、似たような経験をされた方の記事には共感することばかりで、「ウンウン」とうなづきながら読んでいた。 もう私には今、介護は過去のことになってしまったけれど、そこに共感して「スキ」を送ることで、「応援したい」「頑張りすぎないでね」という気持ちを私なりに伝えているつもり。 何年にもわたる介護では、介護者の持つ感情には段階があるのだと思えた。 姑の粗相をする頻度が増えていき、

          認知症の姑の介護体験で感じてきたこと⑧

          一通の『手紙』がくれる、温かな心のつながり〜episode0〜

          先日の『手紙』(葉書?)エピソードには、実はその前に、私には『葉書』にまつわるもう一つ大切にしたい思い出がある。 (episode1はこれ↓) それはもう34年ぐらい前のこと、長男がまだ2、3歳の頃だったと思う。 当時は葉書一枚の郵送料は41円。「『41円の親孝行』をしてみませんか?」と言って下さる方があった。 「やってみよう」と素直に思えて、ヤル気を無くさないうちにと思い、まずは官製はがきをドーンと購入した。 毎日とはいかなかったが、週に2、3回は葉書を書いて、実

          一通の『手紙』がくれる、温かな心のつながり〜episode0〜

          関節リウマチと共存している私④〜自分を守る筈が攻撃になってる⁉︎〜

          リウマチになって、改めて「『免疫』って何?」って考えた。 自分を守る筈じゃなかったの? なのに自分を攻撃してることになってるって、何? どこでどう間違えたの? これって、私の性格もそうかもしれないと、ふと冷静にそう思えてきた。 相手の言うことに対して「いや、それは違うんじゃないか」と思うと、つい熱くなって、自分の思いを上手く柔らかく伝えられずにストレートに口に出してしまうことがある。(と、自覚はしている😣) そして、後から「あぁ、もっと違う言い方があったよなぁ」と、自

          関節リウマチと共存している私④〜自分を守る筈が攻撃になってる⁉︎〜

          一通の『手紙』がくれる、温かな心のつながり

          今朝、『手紙』について思いを巡らす時間があった。 身近な人とは、スマホ片手に、何でもメールをやり取りして終わっている。 手紙を書くことも、もらうこともめっきり減ってしまった昨今。 ポストに入っているのは、DMか役所からの書類ぐらいになっていることに、改めて寂しさも覚える。 まあ、年の初めに年賀状はまだ届くが、手書きのものは殆ど無い。たまに友人からの手書きの私宛の手紙が届くと、とても嬉しい。 かつての日、この手紙(葉書)でとても心温まる経験をしたことがある。 娘が就

          一通の『手紙』がくれる、温かな心のつながり

          母の日に〜笑顔の母とあっぱれな最期を思い出して〜

          今日は母の日… 今、私にはもう「母」と呼べる人はこの世にはいない。 実家の母が亡くなって12年が経つ。来月13回忌を迎える。私の50歳の誕生日の2日前に、乳がんで亡くなった。 4人姉妹の中で、私が一番母に似ていると、いつもみんなに言われる。 キッチンの隅に母の写真を飾っているのだが、孫たちはそれを見て、幼い頃は間違えて、よく「これ、おばあちゃんだね」というので、「これはね、おばあちゃんのお母さんだよ」というと、「えー、本当?」と言われた。 それぐらい母とはそっくりらし

          母の日に〜笑顔の母とあっぱれな最期を思い出して〜

          連休、息子家族が来た日に思うこと〜祖母、姑、母として〜

          連休中、息子家族と夕飯を共にした。 我が家に来ると、いつでも最初に息子の声掛けで、嫁も3人の孫たちも皆が仏壇に手を合わせにいく。 私が実家に帰った時にしていたことを真似ているのか。 帰省したら、まずご先祖に挨拶するということが、息子だけでなく、嫁や孫たちにも自然と身についているようだ。 嬉しくなった。 並んで仏壇の前に座っている、息子と中2の孫息子の後ろ姿。 背丈も同じ、肩幅も同じ、頭の形も、髪の毛流れも同じ。 (そっくりやん!😂)と笑えて、思わずそっと後ろから

          連休、息子家族が来た日に思うこと〜祖母、姑、母として〜

          認知症の姑の介護体験で感じてきたこと⑦

          姑がリストカットをして大騒ぎになった後、要介護2の認定をもらって、デイサービス探しが始まった。 「集団は嫌いだ」という姑が、果たして見ず知らずの人たちの中で馴染んでいけるのかと思ったが、一般住宅を改装した小規模のデイサービスが性に合ったようで、そこに通うことになった。 お一人のスタッフの方が、とても物腰柔らかで、姑や私に対しての気配りも行き届いていて、お顔もスタイルも良くて、姑はその方がお迎えに来てくださると喜んで行くようになった。 この方はどうしてこんなに人間ができて

          認知症の姑の介護体験で感じてきたこと⑦

          関節リウマチと共存している私③

          今日は朝から雨☂️ せっかくの満開の桜も今日で終わりだなと思うと、少し寂しい。 今年になってから、どうも私の“リウマチ君”がそこそこ暴れて困る。 10日ぐらい前から両手の小指の付け根と第二関節が腫れて痛い。それが両手の薬指にも広がった😓 明らかにこれまでよりも腫れが大きく赤く腫れている😣 先月末から結構忙しく、少し重たい荷物も持ってしまったし、手先を使う作業もたくさんあった。 暖かくなってきて、庭の草が伸びているのが気になって、晴れた日についつい時間を忘れて草引き

          関節リウマチと共存している私③

          認知症の姑の介護体験で感じてきたこと⑥

          姑がレビー小体型認知症と診断されて、最初、アリセプトという薬と、精神を安定させる精神安定作用のある漢方薬(抑肝散だったかな?)をもらっていた。 「夜、寝られない」と毎日のように言うので、睡眠導入剤が処方された。 それでもまだ「寝られない」と言い続けていた。 そんな頃の突然の自傷行為(リストカット)。 私は「母にはあのアリセプトという薬が合わないのだ」と思って、ネットで色々調べたら、レビー小体型の認知症は薬が効きすぎる傾向にあると知った。 お医者さんにリストカットのこ

          認知症の姑の介護体験で感じてきたこと⑥

          認知症の姑の介護体験で感じてきたこと⑤

          私の夫は一人っ子。 ずっと週末だけ帰る単身赴任中。 舅が亡くなって、姑の世話をするのは私しかいない。それは、結婚した時から、私も姑自身も覚悟してきた。 姑の介護について、夫は「すまないが、君に任せる。どうしょうもなくなったら、施設に入ってもらうことも考えるから。」と言った。 その言葉は、私がやりやすいようにしてくれたらいいという夫の気遣いだとわかっていたので、私には有り難かった。 親戚も近くにはおらず、外野からとやかく言ってくる人もいなくて、そういう気遣いをしなくて済

          認知症の姑の介護体験で感じてきたこと⑤

          変わらないために変わり続ける:文楽とアニメのコラボ企画の記事に感動して

          今日、人形浄瑠璃文楽人形遣い、人間国宝の三世桐竹勘十郎さんのインタビュー記事を見た。 「文楽×アニメーション 〜日本が誇る文楽を世界へ!PROJECT」という国立劇場の企画。代表的な演目「曽根崎心中」で、大道具の代わりにアニメーションの背景美術を用いるとのこと。スタジオジブリの男鹿美術監督が映像美術を手掛けるらしい。 小学生にも文楽指導をしておられることも書かれてあった。 日本の伝統文化を守っていくだけでも大変なのではと思うが、守り続けるために、未来へ繋ぐための新たな挑戦を

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