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理想は誰のために

単刀直入に言うと、理想とは何か…
単純に理想と称えると目標と直結しがちだが、実はもっと奥深い真意が秘めていると個人的に思う。
一応、自身も芸術家の端くれとして常々考える事は、理想を描き形にする行為が自身の使命であると思う。

その先には答えが見つかるかは解らない。
不透明な先にこそ、あらゆるヒントが隠されているのだろう。
その何かを手探りする事で意識を高め、理想に直結するのだろうと勝手ながら考える。

なぜ、この様な事を考えたのか。
当然この問い掛けには理由が存在する。
それは、久しぶりに心を揺るがす映画と出逢えたからだ。
邦題「シュヴァルと理想宮」は自身の足元を正す意味でいい道標となる最良の映画である。

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この物語は実話に基づいている。
舞台は19世紀末のフランス南東部の小さな村であるオートリーヴである。

主人公のシュヴァルは、人付き合いが苦手で周囲からは変わり者として通っている郵便配達員だ。
シュヴァルには妻と息子がいる。
シュヴァルにとって郵便配達という職業は天性と言っても過言ではない。
その理由を挙げるならば、人と接する事なく黙々と郵便物をポストに投函すれば良いのだから。
また長距離を歩く事を苦だと感じていない。
ここまで説明すると、確かに周囲からは変わり者だと思われても不思議ではない。

平凡な生活ながらも、シュヴァルにとって妻と息子が待つ我が家は安堵の場でもある。
しかし、平穏な状況は長くは続かなかった。

突然、妻は息を引き取る。
周囲と意思疎通が苦手なシュヴァルの性格を知っていた親族は、残された息子を親戚で育てる事にした。

突如シュヴァルは独り身となり、灯火が乏しい環境で過ごさなくてはならない。

ある日、いつもの様にシュヴァルは配達をしていた。
途中で女性に話し掛けられる。
女性は見慣れない方ね?と尋ねると、ここに転属されたとシュヴァルは素っ気ない口調で答える。
女性は優しい口調で、長距離を歩いて来たから喉が乾いただろうと水を差し出す。
自分の気持ちを汲み取ってくれた事に感謝しつつ、丁寧に応じたシュヴァルは二杯の水を飲み干す。

職場に戻ったシュヴァルは、同僚の一人に配達の途中に女性と逢わなかったか?と尋ねられる。
またも素っ気なく下に首を傾けたシュヴァルに対し、同僚はあの女性は最近ご主人に先立たれたらしいと告げる。

気付くと二人は再婚し、間もなく子宝に恵まれる。

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子供は娘だった。
名前をアリスと名付ける。
元々人付き合いが苦手なシュヴァルは、職場の同僚にこれから生まれる子供とどう接すれば良いのか助言を求めた。
すると同僚は、肩肘を張らずに素直に接すれば良いと答える。
同僚の言葉の真意を理解できないシュヴァルは、顔色を変え極端な答えを出す。
「しばらく休業する」と。

それからシュヴァルは不器用ながらもアリスと接する様になる。

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子育てと仕事を両立する形でシュヴァルはある時、配達途中に何かに躓くと崖から転げ落ちてしまう。
幸いな事に大きな怪我には繋がらなかったが、躓いた所に近づくと、見慣れぬ造形の大きな石像を確認する。
それを家に持ち帰ると、妻は心配しながらシュヴァルに、「これが原因で転んだんだから…」と怪訝そうな表情を浮かべながら言葉を並べる。
一方のシュヴァルは、これはもしかしたら運命なのではと悟る。
するとシュヴァルは唐突に「これからアリスのために宮殿を作る…」と言い出す。
妻は真面目に捉える事なかったが、更にシュヴァルは「決めた…」と言いながら決意を固めた様子だった。

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次の日から妻を悩ます日々が続く。
普段から寡黙なシュヴァルは何かに取り憑かれたかの如く、完成図のない宮殿へと着手するのであった。

アリスが成長を遂げると、父であるシュヴァルの作業風景に興味を抱く。
周囲からは、変わり者が変竹林な宮殿を作っているといった噂が小さな村中に響き渡る。
この事が原因で一時期アリスは父が作るものに反抗をするが、父の作業風景を見たアリスは反抗した事自体を悔やむ。

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完成図のない遠い計画はなお続く。
シュヴァルは建築に関して学んだ事はなかったが、独学で東洋の寺院や西洋建築に興味を抱いていたので、おおよその設計図は乱暴な手法ながらも頭の中で描いていた。

ある時、作業中の出来事、離れ離れになった息子がシュヴァルの元に現れる。
成長を遂げた息子の姿を見たシュヴァルは気の利いた言葉を掛けられずに、気持ちの上では苛立ちを覚えながらも、シュヴァルは息子を讃えた。
そこで一言ほどの会話が続く。
息子は縫製の修行で都会であるパリに向かうと告げる。
父親のシュヴァルはぎこちない言葉を掛ける。
そのぎこちなさの背景には、「大丈夫、やればできる…」といった内容が不器用ながらも含まれていた。
そして息子は父に背を向け新たに旅立つ。

だが、作業が進むに連れて、物事はまたも大きく傾いてしまう。

親愛なる娘のアリスが病魔に襲われ、シュヴァルの元から去ってしまうのだ。

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シュヴァルにとってこの出来事はとても大きかった。
前妻の死に直面した時は一滴も涙がこぼれ落ちなかったのに、娘の死に対しては身体中が締め付けられ引き裂かれる思いで正気を保つ事が困難であった。

時間を必要としながらも、残された妻と支えながらも前へ向く事を決意する。

周囲から変竹林な宮殿だと言われ続けたが、噂が噂を呼び海外から取材を受けたり、周囲の噂を蹴散らすかの様に外国人の観光名所となる。

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この物語は結果的にはハッピーで終わるのだが、途中経過はアン・ハッピーが続く。
詳しくは実際に観て欲しい。

この映画の特徴を述べるならば、風景がとても綺麗だ。
清々しいという言葉が当てはまるほど、細かな部分に目が行き届いている印象を受ける。

この宮殿に費やされた期間は役33年だそうだ。
この映画とは無関係で恐縮だが、若い頃にスペインのバルセロナへ行った時にガウディのサクラダファミリアを見た。
記録を読み漁り理解していたつもりだったが、実際の建造物は実に緻密で細かな宝飾が施されていた点に驚いた。
実物を見ただけで圧倒され言葉を失うばかり。

帰国して間もなく感じたことは、芸術に終わりはない事だ。
即ち、終わりがないから芸術が続くのだと。
そして途中過程にこそ芸術に宿る根本的な野心や理想が格闘するのだと。
そこに真意が芽生え、真実が現れる行為そのものが芸術であると確信した。

この様な若き日の仄かに揺さぶれた灯火が熱くなった気がしてならない。

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ものづくりの原点を垣間見る映画作品でもあるので、興味のある方々はレッツ!郷ひろみだ!

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