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そのピンク色の花弁が崩れ落ちるまで

君が立ち止まった
花屋の店頭には
あふれるように
ライラックの切り花

欲しいの?

僕の問いかけに
微笑んで首をふる

綺麗と思っただけ

冬のさなか
僕たちは
春を探し求めるように
歩き続けた

積もる雪を避けて
南に南に

そして雪を求めて
また北へ

巨大なクリスマスツリー

電飾で飾られた可愛い家

淡い影のようなクラゲのいる水族館

年末の人混みに隠れて
僕たちは束の間の
旅を楽しんでいた

スマホは二人とも捨ててしまった

いつも寄り添っているなら
なにも必要ないと思えた

北海道と沖縄
行くなら
どちらがいいですか

ビルの壁の
液晶を見ながら
君は言った

社員旅行で行ったけど
沖縄はなんだか落ち着かなかった
北海道は異常気象で
動物園で見たペンギンが
なんだかぐったりしていたよ

君はちいさく笑う

おとうさんと
昔行った動物園には
リスがいたはずなのに
みんな隠れていて
見えなかったんです

残念だったね

僕はあぶくのような夢を語った

君の住みたいところに
部屋を借りて
リスか、ハムスターとか
ちいさい大人しい動物を
飼ってみたいな

そうですね

君も夢と分かって
それでも続けた

庭にはお花を植えましょうね
なにがいいかな
なにが好きですか

君が好きな花なら
全部好きだ

たまに入った店で
ニュースを見る

お互いの母親の死体は
まだ見つかっていないようだ

父を亡くした男
父が殺人者になった娘

その失踪など
世間ではもちろん
噂になりはしない

それでもこの旅の
終点は近いと
予感していた

やっぱり買おう

僕は来た道を引き返した

さっきのライラックを買い占めよう
それとも、ほかに好きな花は?

君は困ったように僕を見上げた

でも、お花は

枯れても、いい

僕は言う

ホテルに置いておけば
すぐに枯れてしまう
でも、枯れたら
そのたびに
君に花束をあげる
君が抱えきれないような

君は僕を見つめる

あどけない
君の黒い瞳

僕だけしか信じられない
僕だけが守ることができる
幼い少女

チューリップ

君がつぶやく

お店の奥に
ピンク色の
チューリップが
あったんです

そうして微笑んだ

まだ蕾でした
咲くまで
楽しみですね

わかった

僕はうなずく

荷物になるからと
花を買う前に
食事をしようと
駅前のビルに入った

中央ブースは人もまばらで
誰も見ていないニュースが流れていた

通り過ぎようとしたとき
見知った名前が耳に入った

…死後3ヶ月は経過しており

…また、被害者の夫を殺害した容疑で
書類送検された男の妻も行方不明

僕は立ち止まった

君も立ち止まった

ああ

君との旅の
終わりが来た

君に渡せなかった
花束のことだけが
とても残念だ

君と僕は
何も言わず
ただ肩を寄せた

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