思い出したくない過去はありますか?

どーも。初めまして。これが初投稿です。お題からなかなか暗いタイトルですが、思い出したくない過去ってみなさんにあります?人それぞれだと思います

私にはあります。私はまだ18年しか生きていませんが思い出したくない過去があります。 まあ、今は乗り越えて毎日を大切に楽しく生きています。

今回は少し語ります。 世界からしたらちっぽけなことかもしれないけど、生きた証として残させて下さい(死ぬわけじゃないです)。人によっては悲しむ人もいるかもしれないし、くだらないとか思われてもいいです。それは人それぞれなので。

では本題。 その思い出したくない過去は6年間もの間ずっと苦しんでいた内容です。その6年間なのですが、義務教育の間にありました。始まりは小学3年生。 最初は小さないじめでした。 一回遊びに誘われ、断ったら何故か悪口、陰口が始まった。その後も3か月ぐらい引きずられた。当時は担任に相談する勇気が無かったんですよね。無駄にプライドが高くて踏み入れる事すらしなかった。親にも黙ってた。やがて限界が来て親に相談した。それを聞いた親は学校に電話する。 どうやら、担任はいじめを撲滅する人だったらしく、自由時間(総合学習)を利用し、クラス全体で話をして解決するよと言ってくれた。最初は嬉しかった。でも、いざ終われば…。。他のクラスにもこの事が広まったらしく、仲良くしてた子が私にそんなことしたの?という質問がいっぱい来たのを覚えてる。 そして翌日ですよね。周りからすごい警戒されてるかのように避けられ、嫌な感じです。どこ行こうが視線を感じるし、コソコソ陰口が聞こえる。どんどんエスカレート。

そして、登校班でも別の登校班の子と目があってコソコソ言われる状況。やがて限界が来て、登校班を無視して登校するようになってた。そして4年生になり、ある人間と出会った。この子は今も尚、ずっと友達です。名前はN君。この子は転校をしてきたようだ。少し言動も何もかも少し変わってて面白い子、でもなんか周りと違う。でも自分の状況下では友達が居なかったんで、友達になりたかった。 周りは関わらないようにしてる感じだったけど、私一人だけが関わっているから変な目で余計見られる。そんな空気感でも尚、私は頑固なので気にしないで関わってた。 その子にも迷惑かけたなああ。あの頃は。 そして、小5。友達も1人増えて少しはマシになったけど、、その最初いじめてきた人間がクラス一緒で、やんちゃな子とめちゃくちゃ仲良くて、一緒になって悪口とかが聞こえて友達もクラスに居ない中、かなり苦しくて唯一救いの時間は5分休みに隣のクラスに居るN君のみ。この時間しか友達と楽しむ空間が無かったんですよね~。まあ、何人か居たんですけど、一人は転校しちゃったし、一人はクラブの子と話してたりで。。基本教室内では一人。

そしてあれから2年続いて、学校に居るだけで叩かれているような感覚に包まれて限界が来たのか遂に登校拒否。属に言う不登校ですよね~。そこで私はPCゲームをやりこみました。当時はAVAってゲームとLineageⅡっていうゲームをやってました。AVAっていうゲームをメインにやってましたね~。そのゲームの中でチーム(クラン)を作って、自分で部屋を作って、部屋に来た人をクランに誘ってた記憶があります。友達がいなく、寂しかったんでしょうね。。無意識なんですよ。それも。そこで人とたくさん出会って現実逃避をしていましたね。そん中に居た一人の人間ともまだつながってます。いつもありがとう。って感じ。まあ置いておいて。 そんなことをずっとしてたら無断欠席だったので当然親にも連絡は行くし=バレる。行けよとしか言われませんでした。すごいあの時だけ敵に見えましたね。親が。そして言われたその次の日から登校班の子たちが登校するの確認したらランドセル持って外に出て行くフリをして家のベランダの下に隠れて、親が出た瞬間家に入ってって生活を送ってたら今度はポストにお休みの子に贈られる連絡帳みたいなのが入っててまた親にバレました。 この手紙ですら、いじめに感じるようにもなっていましたね。 これバレた日も、わかった。明日行く。と言って、翌朝結局家の椅子に頭抱えて座ってるだけ。ただひたすらゲームしてたいし、家から出たくない。そんな感じですね。その時の心境は。その日、たまたま婆ちゃんが来て、学校は?って聞かれた。その婆ちゃんですら敵に見えてしまう。もうかなり末期ですよねぇ。。 でもその婆ちゃんは無理に行くなって言ってくれた。話を聞いてくれました。すごい一緒に悲しんでくれたから嬉しかった。現実にも私の共感を得てくれる人間がいるのかと。その日から毎日家に来てくれた。本当に素敵な老人さんだと思った。おなかすいたろ?なんか買ってくるよ。って言ってくれてなんでも買ってきてくれた。朝11時まで家にいてくれて、その後は仕事に行く婆ちゃん。強い人にしか見えなかった。当時あの方がいてくれなかったらこのようには成長していなかったでしょう。本当に感謝。今では凄い反抗してしまうけど。ごめんね。。仕事帰りには焼き鳥屋さんで、大好物の皮を買ってきてくれたり。ずっとあの人は私に甘かった。でも、学校に行ってる子と同様、土日は嬉しかったなあ。1日は学校のことを気にせずに済むのだから。土日は婆ちゃん家にずっと居てくれて何もかもしてくれた。ごはんも作ってくれたし、相談にも乗ってくれた。でも土日に学校の話をしてたら遂には過呼吸になっちゃって、半分鬱っぽくなってしまってもうどうしようもできなかった。ただ息してるだけでも辛いし、息がおかしくなるし。婆ちゃんと居るとき、気づいたら包丁を右手に持っていて、怒られたこともあった。何回も死にたいと思った。でもそんなある日、担任の先生が家に来た。もうやめてくれ。と思った。でも、イケメンな先生で尊敬してるところもあった。なぜか眩しく見えた。そしてしばらく玄関で話を聞いてくれた。薄々気づいてはくれてたみたいです。 自分も不登校の経験がある。とか言って今自分が感じている事を口にすると彼も当時感じてた事を話してくれて共感できる部分があると感じて、凄いいい気分になった。自分のすべてを否定されていると感じていた当時の私からすればそんなささいなことでもうれしく感じた。そしてそこから、なんのゲームやってんの?と聞かれ。答えると「AVA?俺もやってた少しだけど」と言ってくれて、そこから会話が弾んだ。どうやら戦争や歴史、銃が好きらしく、隅々までマニアックなところから話が合った。まるで嘘のように。そして夜遅くなって彼が帰る頃、「明日迎えに来るよ俺が。」だから一緒に行こうぜ。って言ってくれた思わず涙が出てきて先生に抱き着いてしまった。本当にこれほど感じていいのかわからない幸せがあるのだろうかと。手を差し伸べてくれた事に本当に涙が止まらなかった。なぜかわからないけど、その人と話してると勇気が出てきた。

そして朝、一緒に登校してみて、清掃員のおばさんがその子は?と聞くと先生が「あー、この子は俺の息子です。」と言ってくれて、先生のおかげで朝一の教室に入れた。毎日。そして休み時間、昼休み、いつでも先生だけが友達だった。 どうやら家に居すぎたのか、髪が伸びてて女の子から初めてイケメンって言われて嬉しかった。私はそこから恋をした。褒められることの嬉しさが本当に感じると辛いような嬉しいようなよくわからなかったけど。。照れて仕方なかった。 こんなこともあるのかと、引きこもる気がなくなった。学校には行こう。と思った。ある程度の周りからの空気も耐えれるくらい強くなりました。そのころは本当に感謝してます!H先生。。。

そして卒業式を終え、中学生。リセットされるのかと思いきや、まだまだ続いていた。3校から集まるから平気だろうと思っていたが、なぜかやつが同じクラス。当然仲良くはない。 嫌な予感がしていた。ずっと。そしてある女の子と話している時、そいつからの視線を感じた。無視していたのだけれど、そいつがその子と話してる時その子はあまり楽しそうに話さない、どころか避けているように感じた。そして俺とは話す。 そして話していると、奴の方からコソコソ聞こえる。また始まったよと思った。なんもなく、中2になると、また奴と同じクラス。 夏前まではよかった。本当に。。夏前、ある女の子と家に帰っていた時。奴とその友達と出会う・・・。無視していたのだけど、またコソコソ聞こえる。そして翌日、知らない男の子からなんかちょっかい出される。嫌な気持ちです。見も知らない人からちょっかい出されて笑われて、ダル絡み。俺への恨みなんとかならないのかな。奴はと思ってた。そして、まだまだ続く。恨みだけで終わればいいと思っていたのが、今度は嫉妬も混ざるようになった。体育の授業で機械運動の時間、お手本をさせられて、なかなか難易度の技を披露したとき、当然みられている。その日から嫉妬も混ざるようになり、グループ学習でペアを作るときになぜか俺だけ避けられるようになって仕方なく女の子と組まされ自分だけなんか違う扱いされてる気分になってもう最悪。廊下を歩いてるだけで周りからの視線は止まらないし、友達は増えないし、もう既に限界を感じていた。

そして合唱コンの練習中、列ごとに練習をしていて自分の列が終わって後ろの列が練習している時、俺が座ってる時、奴がなぜか後ろに居て、俺が座ってる時、なぜか蹴られる。さりげなく何度も。睨んだら「ごめん。」と自分が悪くないように。もううんざり。そして3年生。もうどこ行っても周りにみられる。でも幸い、N君はずっと一緒に居てくれる。本当に助かったなあ。 でもN君がやんちゃな奴らにちょっかい出されてる時、自分に罪悪感を感じて、本当に辛かった。何やってもどこ行っても恨まれ、妬まれ、拒まれ。本当に自殺も考えた。何度も、リストカットも何回もしてる。血を見る事に快感を一回覚えちゃったくらい。修学旅行行っても、何故か布団の時自分だけ避けられて。何してる時も辛かった。ただ、一つ言えるのは中学生になって女の子の友達しかできなかったこと。(変な意味ではない)

そして中3。そんな俺でも、どうしても好きな子が出来て告白をしようと決意したことがあった。告白はされたことしかないから本当に怖かったなあ。。あんなに辛い環境でドキドキしたことはいい思い出だった。でもフラれました。でも、好きだったと言われ、受験を理由に。。 悲しかったけど嬉しかった部分もあったなあ。 そこから中学生活に未練は無いと判断して、不登校になりましたっと! 悪いことしてるのは理解してる。でも義務教育の6年間ずっと人から妬まれ、嫉妬され、拒まれ、よく耐えたと思う。本当に。親に伝えたら、親は受け入れてくれた。むしろ、よく頑張ったと。抱いてくれた。 ただ、高校は行けよ?って感じでしたがねw その期間やりたいこととことんやって、今高校生活を楽しんでいます。

だから、18年しか生きてない身で言うのは本当に申し訳ないのですが、大好きな事、したい事、大好き物(人でも)に対しては嘘はつかないで欲しい。大好きな事だけは逃げないでほしいですね。嫌になる事もあるでしょう。。何度も死にたいと私も思いました。小さな世界でも。ただ、自分が今抱えてる事って、世界からしたらほんのちっぽけな事でしかない事を認識したら、少しは思考が変わりました。いまは幸せです。

こんな語彙力すらない私の投稿を見てくれた方、本当に感謝です。こんな小さな事で騒ぐガキなので、温かい目で見てくれると幸いです^^

次は高校生活(進行形)についてですかね。青春はいいゾ!

閲覧ありがとうございました。

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