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彼岸花の贈り物(短編小説)

子供のころ、ごんぎつねを読んでいた。もう内容はほとんど忘れてしまったが、一つだけ覚えている。作中で誰か亡くなって、そのお葬式の時に彼岸花が咲いていた事を。その時から、彼岸花は私の中で死のイメージだ。

そんな彼岸花が、私の家に唐突に送られてきた。差出人はなし。彼岸花が一本、玄関先に置かれていたのだ。一軒家なので、前の道路を通った人の忘れ物かとも思ったが、綺麗に真っ直ぐ置かれているところを見ると、故意に置かれたものだろう。

私は死のイメージを感じ、とても怖くなった。警察に通報したが、事件性はないと言われてしまった。

いくら怖くても、仕事には行かなくてはならない。私は公園で使う遊具を扱う会社で、遊具のメンテナンスを担当している。いわゆる、アフターサービス部門というやつだ。昨日異常が見つかった滑り台を、もう一度念入りに調査する事が今日の仕事だ。

運のいい事に、この公園は家から5分もかからない。なので、検査が終わったら上がってもいい事になっていた。彼岸花の事は片隅に起き、仕事に取り掛かる。子供たちが物珍しそうに見てきているが、気にせず取り掛からなくてはならない。見られながら仕事をするのは、意外とタフな事なのだ。それでも、子供の安全のために、きちんと調査しなくてはならない。私は軽く頬を叩いて、気合を入れ直した。

滑り台の検査といっても、案外やる事はたくさんある。傾斜の曲率半径はどうとか、手すりの柱の間隔がどのくらい空いてるかとか、耐久性とか、そういう事を見ていく。結果、やはり手すりの劣化が激しく危険な事が確認できた。管理人に、この滑り台をしばらく使わせないように報告して、今日の仕事は終わった。あとは自宅に帰り、報告書をちゃちゃっと仕上げるだけだ。事務所に帰る必要がないのは、ぶっちゃけ楽だった。

作業が終わると、周りの子供達が拍手をしてくれた。正直、悪い気はしなかった。足先軽く帰宅していると、誰かが後ろにいる気配を感じた。振り向いても、誰もいない。しかし、また歩き出すと気配を感じる。私はピンと来た。ストーカーだ。今朝の彼岸花も、そいつがやったに違いない。

私は気付かぬフリをして、歩き続けた。そして、角を曲がって路地裏に入った。これでストーカーからは、私の姿が見えなくなった。そいつが曲がってくると同時に、私は全身の力を込めて、大声を上げた。「おいっ!」

「ひいっ!」

そこにいたのは、小さな男の子だった。手には、彼岸花が握られている。その子の顔は、泣きそうになっていたので、慌ててなだめるような声を探して出して、真意を聞くことにした。

「ねえ、僕。お姉さん別に怒ってないからね。けど、何で後をついてきたのかは聞きたいな?」

「あのね、お姉さん公園ですごくかっこよかったからね。お庭で咲いてるお花あげたかったけどね。声かけらんないから、お家の前におこうと思ったの。昨日も行ったけど、どこだったか忘れちゃったからまたついてきたの。」

彼岸花がとりあえず悪意のないものだったので、私は心底ホッとした。そして、人の後を勝手につけて回るのは良くない事を教えると、丁重に彼岸花を受け取った。

帰り道、私の頭の中に電撃が走った。そうだ、ごんぎつねもこんな話だった。もしかすると、こりゃしばらく彼岸花が玄関先に届くかもしれない。間違っても攻撃をしないようにと、私は心の中で強く念じた。

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