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煌めきの日々(短編小説)

面白くない人生というものは無く、面白くない人間が存在しているだけなのだ。

そんな当たり前の事に気付くのが遅すぎた。僕は完全に面白くない側の人間になってしまった。日々は穴を掘って埋めるだけで終わってしまう。毎日眠たくて眠たくてしょうがないなら、いっそ永遠の眠りについた方が良いのではないか、とすら思う。

老いていくにつれ、何を見ても何を聞いても面白くなくなった。あるものを除いては。僕の唯一の楽しみは、日記である。書く事ではなく、見る事である。

ネット上に公開されている中学二年生の女の子の日記だ。1日400文字程度なのだが、これが非常に面白い。今日は人生で初めて夜中まで起きていた、今日は人生で初めて寝坊した、今日は何もない素晴らしい1日だった、などたわいもない日々が綴られている。その中身は極めて平凡だが、それでと驚きと煌めきに満ちている。

僕はこの日記から、僕の中から失われたものを取り返そうとしていた。その煌めきは、僕も昔持っていたもので、どこかに落としてしまったものだ。そのかけらを拾い集めるために、僕は日記を毎日読んでいた。

日記は毎日更新されていた。ひと言だけの日もあった。閲覧数が出ないサイトだったので、何人くらいが読んでいるのかは作者にしか分からなかった。

作者が中学3年生に差し掛かった頃から、更新が毎日ではなくなった。だんだん更新のペースが遅くなっていった。僕自身、だんだん日記のページを開く回数が少なくなった。中学3年生という季節が、どういう影響を与えるのかについては、大人である以上よく分かっていた。

月日が流れた。僕はもう日記の事を思い出す事も無くなっていた。僕の人生に変化はなかった。相変わらず穴を掘ってその穴を埋めていた。とてもつまらないと感じていた。

ある日、仕事で面接を担当する事になった。数人の学生が部屋に入ってきた。作った笑顔が気味悪い、と感じた。ただ1人、にこりともしない女性がいたが、特に気にはならなかった。その時は。

志望理由を聞いたり、学生時代に取り組んだ事について話した。学生達の書いたような笑顔がハッピーセットのおもちゃのようだと感じた。そういう意味では、たった1人笑顔のない学生についてはシークレット枠のようだと感じた。その学生は、目が死にきっていた。

ふとその学生の履歴書を見る。僕は違和感を覚えた。学生時代に取り組んだ事の欄に、中学時代に卓球でインターハイに出場とあった。計算すると、年齢的にはあの時中学2年生だった子供は、今年面接を受けにくるはすだ。

「あの、寝坊はするほうですか?」

僕は思わず質問してしまった。学生さん真面目な質問と捉え、寝坊なんてした事がないアピールを始めた。

「中学2年生の時、前の席の子が好きで。その子の事を考えていたら眠れなくなって、その結果寝坊しました。それが人生唯一の寝坊です。」

僕は確信した。あの日記を書いていた子だ。いや、この際真実なんてどうでもいい。僕の中では、そう結論づけられたのだ。

「もう一点だけ。自分は明るい方が暗い方か、理由を添えて説明してみてください。」

「私は暗い方だと思いますね。昔は新しい事にチャレンジするタイプだったんですけど、今は安定した生活を送りたいと思っていますね。」

「何か理由はありそうですか?

「昔は新しい事にチャンレンジする時に、ドキドキと胸が高鳴っていたのを感じいました。けど、今は違います。ダイアモンドみたいに素敵な物が心に入っても、それを反射できる胸の中の光がないんです。」

僕は思った。こんな事の繰り返しで地球は生きていってる。しかし、こんな事を繰り返すならば、別に世界が滅びたっていいじゃないか。そう考えていた。

面接が終わり、学生全員が退社した。

僕は次の面接に向けて合格者を出さなければならなかった。僕は彼女を合格にし、帰社する事にした。

電車に乗る。目が死んでいる人々ばかりだ。この人たちにもかつて煌めきがあったのが驚きである。僕は僕の中に消えていった煌めきをもう追いかけない。僕は本当の意味で煌めく事をやめた。僕は全てを諦めた。そして胸に気持ちいい。これが大人になる、という事。みんなも諦めてしまえばいいのに。

電車は揺れていた。気分が悪くなってきた。電車を降り、僕は駅の隅で吐き倒していた。マーライオンみたいなゲロを出した。僕の中にあった大切なものまで吐き出しそうな勢いだった。

吐き終わった時、僕はとてもすっきりした気分だった。それがゲロのせいなのかは分からない。けど全て吐いて、体内がすっからかんになるのは気分が良かった。そのはずが泣いていた。何故かは自分も知らないけれど。僕は心の底から早く死んでしまいたいと思った。

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