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とんだ完全犯罪(短編小説)



今日、僕は人を殺す決心をした。浮気をした妻を殺害するのだ。もちろん、完全犯罪を成し遂げてやる。

トリックもきちんと考えてある。妻がいつもつけているピアスに毒薬を塗るのだ。その後、3時のおやつにポテトチップスを勧め、毒のついた手でそれを食べれば、死だ。後はピアスを回収すればいい。ポテチにはなんの細工もしてないので、ピアスさえ隠せればしばらくは乗り切れる。時間を稼いで、海外にでも逃げればいい。
僕は妻が帰ってくるのを待った。もうピアスに毒は仕込んであるので、いつでも殺す事ができる。

「ただいま。ねえお客さんよ!お茶でも入れて!」

妻の声が聞こえてきた。しかし、お客さんというのが気になる。まあいい。僕がポテチに細工する素振りは見せていないという証言をしてくれるかもしれない。これはツイているぞ。
と思ったのも束の間。僕は開いた口が塞がらなくなった。目の前に現れた客は、なんとテレビで有名な名探偵だったのだ。

「どうも旦那さん、上がらせてもらいますよ。」

僕は完全にビビり上がってしまった。探偵の前で人を殺すなんて、遠回しな自殺みたいなものだ。中止だ。今日は中止にしよう。僕はそう思った。

が、ある事に気がついた。ピアスに塗った毒薬のボトルを、部屋の奥に隠したままだ。これは疑われないようにしなければならない。捜索でもされたら、一発アウトだ。

「旦那さんね、実は奥さんの依頼で、あなたの部屋に盗聴器を仕掛けていたんですよ。なんでも、あなたが浮気をしているのではないかとお疑いになりましてね。しかし、あなたの潔白は証明されました。そこで今日は、盗聴器を回収させて頂きたいのです。」

「は、はあ。構いませんが。」

「じゃあ、探偵さんよろしく。私は部屋で寝てるから。」

なるほど、そういう事か。この嫁、離婚する時に慰謝料を払いたくないから、俺の弱みを探って逆に慰謝料を貰おうとしていたんだ。なんて意地汚い奴だ。こいつやっぱり死ぬべきではなかろうか。

「すぐに帰りますよ。こんな綺麗なお宅を汚さないようにね。なんてったって、私は不潔ですから。」

探偵はズカズカと僕の部屋に入ってきた。

毒薬は、机の引き出しの奥にしまってある。ご丁寧にも、poisonと書いてあるので見つかれば文字通りおしまいだ。毒薬を買ったのは昨日なので、もしかしたら引き出しに盗聴器があって、気づかずに入れてしまったかもしれない。これはやばい。やばすぎる。頼むから引き出しを開けるのはやめてくれ。

「ええと盗聴器は、ここの引き出しだ。」

探偵は引き出しを開けた…、毒薬が入っている一段下を。僕は膝から崩れ落ちそうになったが、すんでのところで助かった。
「 
「はい、回収しましたよ。ありがとうございます。…このピアスは?」

「え?」

探偵が机からつまみ上げたのは、妻のピアスだった。毒を仕込んであり、後は妻の部屋に置くだけだったピアスが。お前が来なければ、ここに置いときはしなかったのに。僕は全身の血がつめたくなった。そして、体が凍りついたように動かなかくなった。けれど、ここでまごついては申し訳ない。

「…廊下に落ちてたんですよ。妻の部屋には勝手に入ってはいけない事になってるんで、預かっておいたんです。」

「ああ、なるほど。…お手洗いをお借りしても?」

「もちろん。部屋を出て右です。」

探偵はトイレに入った。僕は内心ホッとした。トイレに入れば、さっきピアスをつまみ上げた時に付着した毒も、水流の力で綺麗に消えるだろう。

トイレを見張っていると、探偵の声が聞こえてきた。僕はこっそりと、ドアに耳を当てた。どうやら、誰かと電話しているようだ。

「ええ、奥さん。旦那さんはあなたを殺したりしないでしょう。部屋に凶器なんかありませんでしたよ。」

妻はなんと、僕に殺されると読んで探偵を呼んでいたのだ。しかし、この様子だと疑われてはいないようだ。心底ホッとした。そして、こんな思いをするくらいなら、人殺しなんかやめて、普通に離婚しようと思った。

探偵はトイレから出ると、さっさと帰っていった。良かった良かった。僕は毒薬とピアスを捨て、弁護士を立てる事にした。

翌日、新聞の一面記事にこんなものが載っていた。

「人気探偵不可解な死!ハンバーガーショップでチーズバーガーを食べた途端に…。」

あいつ、さては手を洗わなかったな。不潔ですからと言っていたのは、謙遜ではなく本当だったようだ。流石にこれがバレる事はないだろう。

こうして僕は、よく分からない形で完全犯罪を成し遂げてしまった。めでたしめでたし…じゃないわ。

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