【小説】 オオカミ様の日常 第5話 「オオカミ様は吠える」

 クチナワの治める地方から更に西へと向かう。疲れてはいないが休み無しで大空を駆けるオオカミ様は、背中で呑気にガールズトークを楽しんでいる2人に呆れている。

 「やれやれ。これから向かう地方は、”歪み” の生じた忌み地であるというのに。タツミが治めているから大丈夫だとは思うが…。」

 オオカミ様の独り言は、ミカとカナエの耳にも聞こえた。ミカは、興味津々にオオカミ様に質問をした。

 「オオカミ様。タツミ様はどのようなお方なのでしょうか。それに、”歪み” が生じた時に一緒に平定に向かったのですよね。今も1人だけで留まっているということは、とても強いお方なのでしょうか。」

 カナエもオオカミ様とタツミ様の話に興味津々だった。オオカミ様は、目的地へと足を止めることなく、2人にタツミのことを話した。

 「タツミは、今いる大神の中で最も強い神力を持っている。本気を出せば、あやつの神力だけでこの国全体を守ることもできるじゃろう。これから向かう地方は、タツミだからこそ治めていることができておる。」

 ミカは、オオカミ様がそれほどまでに言うタツミに早く会いたい気持ちがどんどん高まっていく。オオカミ様は、思い出したかのように付け加えた。

 「そうそう。タツミは今もきっと ”わしと同じような姿” じゃから、くれぐれもわしの背中から降りぬように。」

 「どうしてですか?」

 カナエは首を傾げた。

 「あやつの神力が強大すぎるのじゃ。ミカでさえもタツミを前にしたら、きっと気圧されてしまうじゃろう。」

 その言葉を聞いてカナエはごくりと唾を飲んだ。会ってみたい興味と見知らぬ恐怖がカナエの心の中で揺れ動く。

 それからも色々とタツミについて聞いていたミカとカナエは、オオカミ様が向かっている方向の前方の空が真っ黒に染まっていることに気づいた。近づいていくほど、雷鳴のような轟音が大きくなってくる。

 「オオカミ様、あそこに向かうのですか。」

 ミカは、不安そうに尋ねた。

 「そうじゃ。あそこがタツミの治める地じゃ。あの真っ黒な空は、下に住む生き物たちには見えておらぬ。あれは ”歪み” の名残じゃろうな。いいか、我々が諍いを起こすと時にはああやって取り返しのつかぬことになる。くれぐれも和の心だけは忘れるな。」

 実際の ”歪み” の名残である前方のそれを目の当たりにした2人は、自分は絶対に過ちを犯さないようにしようと心に固く誓った。

 「さて、そろそろあやつの治める領地に突入するぞ。引き返すなら今のうちじゃ。」

 オオカミ様が2人に最後のチャンスを与えようとすると、前方の空から白い雲が覆ってきて、オオカミ様たちの遥か後ろの空までを包み込んだ。

 そして、次の瞬間。

 バリバリバリという雷鳴と共に、オオカミ様たちの周囲に無数の雷が雲から降り注いだ。

 「何者じゃ!我が地に何用か!」

 オオカミ様たちは雷の降り注ぐ雲を見上げた。そこには、視界全てにも収まりきらない1匹の巨大な龍が現れた。オオカミ様たちを軽く一呑みできそうな大きな口が開くと、威嚇のような咆哮が噴出した。

 オオカミ様の背中で守られているにも関わらず、カナエは勿論のことミカも気を失いそうになった。

 「タツミよ、わしじゃ。」

 オオカミ様は、タツミの咆哮にも全く動じることなく凛と佇んでいた。そして、懐かしの友とあった時のような穏やかな声で挨拶をした。

 「おお、オオカミか。無礼を働き申し訳ない。」

 警戒をしていたために放っていた神力を使った圧を弱めると、タツミは懐かしい声にすっかりと安心をした。

 「いきなり尋ねて申し訳なかったのう。先ほどまでクチナワのところにおったのじゃが、色々とあってお主のところにも挨拶しに行きたいと思い、その足でここまで来てしまった。」

 「いやいや、こちらこそ。ここは未だにこの有様でな。他の神々もなかなか来ることがないから、他所から来るものには警戒してしまうのだ。お主の背中におるのが、ミカとカナエだな。クチナワから色々と話は聞いている。よく来てくれた、会えて嬉しいぞ。」

 先ほどまでタツミの圧で呼吸すらままならなかった2人は、タツミが圧を弱めたおかげでようやく大きく息を吸った。そして、改めてタツミに ”はじめまして” の挨拶を済ませた。

 「今もお主 ”一人だけ” なのか。」

 オオカミ様は鼻をピクピクと動かして、他の神様の神力が全く感じられなかったためにタツミに尋ねてみた。

 「その通り。お主やクチナワとこの地を平定して以来、ここには他の神は誰も住んでおらぬ。」

 「お主だけだと厳しかろう。」

 「ははは、もう慣れたわ。それに、他の神様が来たとて、我が神力と ”歪み” から湧き出てくる ”忌むべきモノ” の邪気に触れてしまえば、どんな者も尻尾を巻いて逃げてしまう。」

 その言葉を言ったタツミは少し寂しげな表情だった。

 「たった1人でずっとこの地を治めているのですか?」

 質問したミカはたいそう驚いた表情をしていた。カナエは神様の仕事自体にピンときていなかったために質問をするミカを不思議そうに見つめていた。

 「そうとも。ここを平定してから今までずっと1人で治めておる。仕事自体は困っておることはないが寂しさはある。毎日のように来る客は ”忌むべきモノ” くらいしかおらぬからな。」

 遠くを見つめながらタツミは呟いた。ミカはタツミの凄さに圧倒された。そして、いまいちピンと来ていなかったカナエに説明してあげた。

 「オオカミ様はすごい神力を持っているけれど、さすがに自分の地方全ての生き物を見ることはできないから、その下に私のような神様が何人もいてそれぞれの神様が協力し合いながら、複数の街を連携して治めているでしょう。私でも一つの街を見るのに精一杯なのに、タツミ様はこの地方全体の全ての街を1人で見ているということよ。」

 「すごい…。」

 カナエはタツミの凄さを知って驚愕した。

 「それに…、私は ”恋愛” を司る神様だから自分の街の他の分野のことに関しては正直いっぱいいっぱいなのに、それを難なく執り行えているのも私からしたら凄すぎて言葉が見つからないわ。」

 「それ以上にすごいのは、ミカのような仕事を怠ることはせず、さらに日々 ”忌むべきモノ” を撃退しているということじゃ。こんなことをできるのはタツミ以外におらぬ。」

 オオカミ様は補足するように付け足した。タツミは自分が褒められているのが嬉しくも照れ臭くもあり、少し居心地悪そうに謙遜しながら話を聞いていた。

 「タツミ様は全てを司っている神様なのですか。」

 カナエは、”神様は、それぞれ自分の司る分野” があると聞いたことを思い出し、タツミに聞いてみた。

 「さすがに全てを司るほど器用ではないよ。私の司るものは ”豊穣” だ。生きとし生けるものたちが飢えに困ることなく豊かに生活できるようにするのが私の本来の務めだ。例えば、このように。」

 タツミ様は、オオカミ様たちから向かって左の空に顔を向けると軽く息を吸い込んだ。そして、吸った息を遠くの方をめがけてフッと吹いた。

 すると、吹いた息は風となり白い雲を発生させながら真っ直ぐに進んでいった。発生した白い雲からは雨がパラパラと降っていた。風が通り過ぎた後を追うように発生した通り雨はすぐに止んで、雲も跡形もなく消えていく。

 「すごい。たった一息で雨が降った。」

 カナエは目の前に起こった出来事に目が点になった。ミカもその神力の強さを目の当たりにして再びタツミの凄さを認識した。

 「話を逸らしてしまい申し訳ないのう。で、今日はどういった用件で尋ねてきたのだ。お主が自分の土地の外に出るのは滅多にないことだろう。ましてや、自分の好きではない ”その姿” になっているとは。」

 タツミはオオカミ姿のオオカミ様をぐるりと周りながら尋ねた。ミカとカナエはタツミ様の胴を眺めると、傾きはじめた太陽の光に当たった鱗は雄々しくも煌めいており、どこか神々しさを感じた。

 「実はそのことで相談があったのじゃ。」

 オオカミ様は、ミカに神力を分け与えるためにこの姿となりいつも以上の神力を持って急いで駆けつけたこと、その日以来いつものように人型に戻らないこと、一刻も早くいつもの人型に戻りたいこと、をタツミに伝えた。

 タツミは一通り聞き終えると、ふむ、と少し考え込んだ。すると、オオカミ様の視界前方が真っ白な霧に覆われた。カナエとミカが眺めていたタツミの胴も白い雲になったと思いきや、龍の姿が崩れていき揺ら揺らと漂って遠くへと吹かれて行ってしまった。

 前方の霧に息を吹いて遠くへ飛ばそうとする。ミカとカナエもオオカミ様の背中からオオカミ様の前方に目を凝らす。

 晴れた霧の中からは、狩衣かりぎぬをまとった壮年男性が立っていた。見た目だけでいえば働き盛りの30代前半といったところだろうか。その凛とした佇まいと格好に、カナエは映画で見た野村萬斎が演じた陰陽師を重ねた。

 「こんなにお若い方だったのですね。」

 もっと若かりし頃は美青年という言葉が相応しかろうタツミの姿に、ミカはうっとりと見惚れてしまっていた。

 「久しぶりにこの姿になった。狭苦しく感じるな。」

 その身体から溢れ出る神力の強さは、オーラとなって身を纏い周囲に圧を放ち続けている。抑え込もうとしても御しきれないほどの神力が溢れ出ている。タツミは、オオカミ様の状態について自分の見解を述べた。

 「私が思うに、久しぶりに強大な神力を扱ったのが原因なのではないだろうか。お主たちとこの地に向かった時も、我々はそれぞれ、龍、蛇、狼の姿だったろう。きっと、我々は神力を持つのと使うのでは勝手が違うのだ。”使う” というのは、”誰に対してか” ということだがな。」

 オオカミ様は何となく察していたが、後ろの2人がまだ分からないといった様子だったので、タツミは嫌な顔ひとつせずに丁寧に説明を続けた。

 「この国には大小問わず多くの生き物たちが生活をしておる。やはり、その中でも ”人間” との関わりが一番多いため、我々の仕事の大半は人間に対して行っている。”人型” は外見は人間の姿だから親和性も高く、我々も人間に対して神力を施しやすい。しかし、本来の自分達の姿とは違うし、私の場合は本来の姿よりもとても小さい器だから、今の私のように神力を御しきれないという欠点もある。」

 タツミは、自分の身体から溢れ出る神力を収めようとした。しかし、やはり神力は収まることをしらず、身体中から溢れ出ているのが分かる。

 「つまり、オオカミ様は普段以上の神力を持ったから ”この姿” になってしまったということですね。しかし、今はもう持っていないのにどうして戻らないのでしょう。」

 ミカはタツミの姿に相変わらず見惚れながらも、すでにミカに神力を分け与えた後であるのにも関わらず元に戻らないオオカミ様を不思議に思い、タツミに尋ねた。

 「これは私の経験上の話だが、神力の大きさに器がなれるまで時間が掛かるのだ。つまり、人型でも御しできる程度の神力で安定するか、神力が安定するくらいに人型の器を大きくするか、どちらかが絶対条件なのだと思う。我々のような大神であれば、人型の時の器も十分な大きさのはずなのだが、それ以上の神力を持つと保ちきれなくなるのだろう。」

 そう言い終えると、タツミはミカをじっと見つめた。ミカはタツミと目が合うと少し頬をあからめて照れてしまった。タツミはそんなこと気にもかけず、ミカを見つめた後に再びオオカミ様の方を向いて話を続けた。

 「ミカはお主と同じ程度の神力を持っているのだな。つまり、お主は一時的といえども大神2体分の力を持ったのだ。慣れないことをしたものだから、その反動で身体が元の神力に収まる器を見誤っておるのだろうな。一生そのままということはないが、もう暫くは時間が掛かるだろう。」

 タツミの話を聞いたオオカミ様は少し落胆していた。”この姿” は嫌いではないが、ミカやネズのように愛おしそうにこの身体を撫でてきたり、神様としての威厳が落ちるように感じていたからだ。

 「それにしても…ミカよ。お主は自分の本当の力に気づいていないようだな。まあ、だからこそ一介の神様でも問題無く過ごせているのだろうが。」

 オオカミ様をチラリと見た後に、再びミカをじっと見つめた。

 「ミカちゃんの力はそんなにすごい大きいのですか。」

 カナエは、会う大神様たちが口々にミカの神力の強さを危惧している様子だったために、ミカの身が心配になっていた。当の本人はというと、タツミの真っ直ぐと見つめる冷たいながらも吸い込まれていくような瞳に釘付けだった。タツミは、カナエの方を向き直り優しく答えた。

 「うむ。一介の神様に留まるには惜しいし危険だ。ふとしたきっかけで ”均衡” を崩しかねない神力を持っておる。ここで諍いを起こした大馬鹿者たちよりも遥かに強い神力を感じる。」

 カナエは、”歪み” の生じた名残であるこの地を覆う黒い雲を眺めながら、ミカの神力の大きさと ”均衡の崩れ” に恐怖を抱いてしまった。それを察したタツミは、オオカミ様が傍にいるから心配せずに今まで通り仲良くしてあげなさい、とカナエに伝えた。カナエはその言葉に大きく安堵した。

 「綺麗な耳飾りだな。」

 タツミはそう言いながらミカの耳についていた耳飾りを触った。その拍子でタツミの手がミカの肌に触れた途端、ミカは少し俯いて頬を赤らめていた。まともにタツミの方を向くことすら恥ずかしがっている。そんな事とは露知らず、タツミはミカにさらに近づいて耳飾りをじっと見た。

 「…それはずっと前にクチナワからプレゼントしてもらったものらしい。今日は、カナエがクチナワからその髪飾りを贈っておった。」

 ミカの右耳に星のようにキラリと輝く耳飾りと、カナエの髪に留められた華やかで小さな髪飾りを見ながら、オオカミ様はタツミに説明してあげた。タツミがずっと至近距離にいるために、ミカはまともに呼吸ができていない。

 「ふむ。なるほどな。では、私からもお主たちに何か渡そう。神すらも近づかぬこの地に、わざわざ遠方よりやってきてくれたお礼だ。2人とも右手の甲を差し出してくれ。」

 遠慮しようとした2人だったが、タツミもなかなか引かなかったのでタツミの前に右腕を差し出すと手の甲を上へと向けた。タツミは、懐からごそごそと何かを探しているようだった。見つけた、と顔と共に懐から出てきたものは…何も無かった。2人が見たのは、何か紙のような薄いものを挟んだ親指と人差し指と中指を立てたタツミの右手だけだった。2人はタツミが冗談を交えるようなタイプでも無さそうに見えたので、これを冗談と捉えていいのか戸惑っていた。

 「…何も無いですよね。」

 カナエは恐る恐るタツミに尋ねた。

 「ははは。よく見るがいい。」

 タツミは右手を少し空に翳しながら言った。オオカミ様が頭上の黒い雲に息を吹くと太陽の光が差し込んだ。すると、太陽の光に照らされて煌めく2枚のウロコのようなものがタツミの右手に現れた。

 「これで見えるか。」

 タツミは、2人の顔に少し近づけてみた。

 「とても綺麗です!」

 カナエは表面で七色がそれぞれ自由に交わったり離れたりしながら煌めくそれを見ると、自分が生きているうちは見たことのない神秘的な美しさに目を奪われていた。

 「これは、私の身体から落ちたウロコだ。人間の世界では、拾った者は幸運を授かるとも言われておる。私の体の一部ゆえに強い神力を宿しているから、きっとそれに触れると神力の影響を強く受けるのだろう。」

 そう説明を終えるとタツミは右手と左手にそれぞれ1枚ずつウロコを持って、並んでいるミカとカナエの右手の甲にそっと置いた。そして、2人の右手の甲にあるウロコをぎゅっと押し当てるようにそれぞれの手で2人の右手を軽く握った。そして、最後に人差し指でトンっと右手の甲の中央部分を叩いた。

 「あれ、ウロコが消えた。」

 ミカとカナエは、お互いの手の甲を確認しあった。そこには先ほどまで煌めいていたウロコが全く見えず、手の平を返しても何も落ちなかった。

 「では、ウロコを乗せた部分を少し見ていたまえ。」

 その言葉を合図にタツミは自分の右手にありったけの神力を込めた。右手はバリバリという音と共に小さな雷を放っている。右手から雷と共に溢れ出てくる神力は抑えるのが精一杯のようだった。

 次の瞬間、右手に溜めた神力を一気に解き放つと、ミカとカナエの右手の甲に轟音と共に吸い込まれていった。その様子を見た2人は、吸い込まれた後の自分の手の甲を恐る恐る撫でるように触った。

 痛みも何もないが吸い込まれた後を見ると、さきほどタツミが手に持っていたウロコの形がうっすらと青白く浮き上がってきた。

 「これが私からの贈り物だ。勝手ながらお主たちの手の甲に貼り付けた。これは神力を込めた魔除け代わりとなるだろう。先ほどのような制御しきれない神力を吸収したり、”忌むべきモノ” はこれを感じて避けるだろう。もしも、”忌むべきモノ” が近づいた際には、近くなるたびに赤や紫になったその形で徐々にハッキリと現れるだろう。その時には、近づかぬように気をつけるのだ。」

 そう説明している間に、2人の手の甲に紫色の形がうっすらと浮かび上がった。

 「噂をすれば、今日も来てしまったか。そろそろ逢魔時になる。今日は帰ったほうがよい。今日は来てくれてありがとう。」

 そう言って立ち去ろうとしたタツミに、オオカミ様が声を掛けた。

 「今日来た理由がもう一つあってな。お主に、わしの神力を少し分け与えておこうと思う。クチナワとネズからもらった神力があるので、わしの今ある神力は使ってくれないじゃろうか。」

 「良いのか。お主は、この国で古より ”自然” を司る大神ではないか。その力を私にくれるというのか。」

 オオカミ様は ”自然” を司る大神様だったのか、とミカとカナエは2人で顔を見合わせた。

 「かまわぬ。神力も使えば使うほどに消耗していくものじゃからのう。かと言って、お主のようにこの地方全体を見ているとなると、自分の司るもの以外は鍛錬によって神力を蓄える時間もなかろう。」

 「実は、それに困っていたところだった。恩に着る、お主の神力を悪用しないと誓っておこう。」

 タツミはオオカミ様にお辞儀をした。

 「もしも悪用したならば、本気でお主を止めに来るので問題無い。まだまだ若い者には負けぬよ。」

 オオカミ様は余裕のある笑みを浮かべた。

 「さあ、時間も無い。これをお主に渡そう。」

 オオカミ様は目を閉じた。すると、目には見えないが大きな圧を感じる空気の塊のようなものがタツミの方へと移動していった。タツミはそれを受け取ると改めてお礼を伝えた。

 「さてと、わしらは帰ろう。」

 「ゆっくりもてなすことができずに申し訳なかった。また機会があれば遊びに来てくれ。いつでも大歓迎だ。」

 「素敵な贈り物をありがとうございました!」

 「これからお守りとして大切にします!」

 こうして早々に別れの挨拶を済ませると、オオカミ様はやって来た方向へと身体を向けると、大きく一歩を踏み出した。ミカとカナエは後ろを振り返り、大きく手を振った。

 タツミは2人に手を振り返すと、再び龍の姿へと変身した。そして、大きく上へと昇っていく。昇っていった先には、”忌むべきモノ” と呼ばれるものが黒く澱んだ煙となって、空から地上へと降りようとしていた。

 タツミが大きく口を開けて咆哮を上げると、凄まじい数の雷と遠くの空まで轟く雷鳴と共に、”忌むべきモノ” を力強く吹き飛ばした。その様子を見たミカとカナエは、”忌むべきモノ” の得体の知れない恐ろしさとそれを退けたタツミの実力に驚いていた。

 「わしは戦うのは嫌いなのじゃが。」

 オオカミ様の声で2人が前方を振り向くと、こちらにも ”忌むべきモノ” の黒く澱んだ煙のようなものが近づいてきた。

 オオカミ様は走りながら口を大きく開いた。そして、唸り声を上げた後に短くも力強く吠えた。すると、 ”忌むべきモノ” だけでなく周囲の黒く覆われた空も消え去った。オオカミ様は、その中を突き抜けるように駆け抜けていった。

 「さすが、オオカミ様!」

 ミカは、オオカミ様の頭を撫でながら感心した。これほどまでにすごい力を持った大神様をそこら辺にいる動物のように愛でているミカを見て、そんな扱いをしているミカちゃんの方がすごいよ、とカナエは思った。

 「撫でるなとあれだけ言っておるのに。それよりも、”恋愛” を司る神様ともあろうものが、タツミ相手にほの字になってしまうとはな。いいものを見せてもらった。」

 オオカミ様は、意地悪くミカをからかった。

 「別にいつも通りですよー!」

 ミカはオオカミ様を撫でる手を止めて、先ほどまでの自分を思い出して再び赤面しながら、ムキになってオオカミ様の言葉を否定した。

 「タツミ様、かっこよかったもんね。」

 カナエも話に乗っかってきた。

 「だから、違うってば。」

 こうしてオオカミ様たちは、帰りも賑やかに会話が盛り上がりながら西陽の差す大空を駆けて自分の社へと戻っていった。

 

 

  


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