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~ある女の子の被爆体験記23/50~ 現代の医師として広島駅で被爆した伯母の記録を。”8月8日、「水を‥」”

8月8日の朝


次の朝、起きた時、ノブコは草の上だった。朝だったが、やたらと日差しが、ガンガンと感じられた。まぶしい日差しに追い立てられるように目を開けるとしかなかった。ノブコは草むらの中で寝転んでいる自分に気づいた。

「そうだ、昨日は、疲れて地面の上で寝ちゃったんだ」


「あぁ、頭が痛い」


ガンガンと痛む頭を両手で抱えた。草の上でどうしてここにいるのかを思い出そうとしたが思い出せず、今見ていた夢を思い出そうとしてみても思い出せず、仕方なく木の根っこに寄りかかって横になっていると、次第に昨日の出来事が断片的によみがえってきた。記憶のパズルの一片一片が徐々につながっていき、全てが出来上がってきたとき、ノブコは昨日見た悪夢のような現実も思い出した。

「呉から海田市まで列車に乗って来て、それからずっと広島の街を歩いたんだった。おばあちゃんは見つからなかったんだ」


「ああぁ」
ため息のような、叫びのような声をあげたノブコはクラッと一瞬立ちくらみを感じて膝をついたが、立ち上がった。
「楽々園に行かなきゃ」
喉が乾き、頭が痛み、足に力が入らなかった。
ノブコは、また別の畑に入って硬いトマトをかじり、飲み込んだ。そして、ポケットにもいくつか入れ、かじりながら歩き始めた。
路面電車の線路に沿って進むと、夏の日差しと地面からの照り返しが、容赦なくノブコの体力を奪っていった。はじめは滝のように流れていた汗が、しだいに減り、代わりに顔はどんどん真っ赤になり、唾は枯れて口の中はざらつき、唇は乾いて血がにじんだ。
頭がボーッとしてふらつくと、
「楽々園でおばあちゃんが待っているんだ」
と自分を信じ込ませて、足を前に進めた。
だんだんと、ハァハァと息が切れ、だんだん歩幅が小さくなってきた。


今日はどうにも、体が重くて仕方が無い。
しかたがなく、道路の脇の電柱に寄りかかり、足を投げ出して腰をおろした。
しばらく座っていたが、喉の乾きがひどく、喉に砂をまぶしたような咳き込みがノブコを苦しめはじめた。じっとしていられず、思わず立ち上がった。
水を探して裏通りを歩き回ったが井戸や水道は無く、ただ、防火水槽が道の角にあった。水は比較的きれいだと思った。
その瞬間、昨日見た防火水槽の光景が頭によぎった。ノブコはそこから足早に立ち去った。喉に砂が引っかかっているような苦しさを感じていたが、防火水槽に頭を突っ込んで動かなくなった人の光景が目の前に鮮明によみがえって、頭を何度振っても、消えなかった防火水槽の水は、どうしても飲めなかった。
仕方なく歩き回っていると、民家の庭先に井戸のポンプを見つけた。庭を突っ切り、ポンプを何べんも押し、喉を開いてゴクゴクと水を体に流し入れ、頭からも水を夢中でかぶった。ノブコは咳き込み、落ち着くとまた水を飲んだ。
水を飲み終えると、家の住人らしきおじいさんが軒先に立っているのに気づいた。ノブコがおじさんの敷地に入って水を飲んでいても、何も言わずにじっとこちらを見ていた。ノブコはおじさんに頭を下げて、その場を立ち去った。そして今来た道を引き返し、さっき自分が座っていた電柱まで戻ってきた。

呼び止める声


改めて、路面電車の線路に沿って歩き出そうとしたとき、
「おーい、すんませーん。すんませーん」
という弱々しいかすれた声を微かに聞いた。

驚いて見渡したが、姿が見えない。怖くなり、足早に立ち去ろうとした時、
「すんません」
はっきりと聞こえた。
ノブコはハッとして、もう一度辺りに目を凝らして見回した。
すると、電柱の奥のくぼみにカーキ色の服がうごくのが見えた。そこから上へと伸びた指が力なく揺れ、ノブコを呼んだ。
「みず‥水をください‥」

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