見出し画像

The story of a band ~#47 葛藤と覚悟 ~

ライブが終了し、静けさが戻ってくると、4人と志保は、共演者の榎本のはからいで、宿泊先に向かった。そして、そこで、深夜のバンドミーティングが始まった。

仁志は、今後のバンドの建設的な話を期待していた。

しかし、なぜか誠司のギター奏法についての話がメインとなった。

「もう少し、こういう弾き方のほうがいいんじゃない。」

お客は喜んでくれたが、演者側からの要求やアドバイスが誠司に集中的に向けられた。

誠司と仁志は気分良く今日のライブを終えられたことを喜んでいたが、このミーティングではそうした気分を現実に戻した。

誠司は、自分のこのバンドでのギタースタイルに自信をもっていたが、その自信が少しずつ崩れていくのを感じていた。

「これからどうやってギターを弾けばいいんだろう・・・。」

誠司へのアドバイスは、ただ誠司を困惑させる方向に向かった。


結局、その話のみで終わり、ライブの成功や次の活動への話題にならなかった。

誠司は眠れぬ夜を過ごした。もう一つ階段を上るために何をどうしたらいいのか分からなくなっていた。

dredkingzの曲は、誠司と仁志の共同作業で生まれている。曲のアレンジなどは一朝一夕ではなく、何度も修正し、改善もしてきた。

外部からの意見はありがたく受け止める。しかし、ギタースタイルを変えなければならないほどの話であれば、なかなか受け入れ難いものであった。

「これまでのスタイルではいけないのだろうか。」

アドバイスは、時として個人を飛躍させる場合もあるが、一方で個人の良さをスポイルしてしまう可能性もある。

dredkingzの楽曲は好評であったにもかかわらず、さらにギタースタイルを変えるとなると、曲のもつ雰囲気が変化してしまう。

翌日。新庄行きの新幹線に乗り、4人は帰路についた。ライブは成功したのにも関わらず、誠司は複雑な気持ちのままであった。


地元に戻り、練習が始まっても、いつもの誠司ならガンガン弾くのだが、どこか躊躇している演奏になっている。

仁志は、気配を感じ、誠司と話す場を設けた。あの一件から、誠司が思い悩んでいることは知っていた。

誠司は、今後dredkingzの楽曲をどのように演奏していけば良いのか悩んでいることを仁志に吐露した。

技術は大切である。誠司は技術習得のため、たくさん練習を積んできていた。だから、決して技術を軽視しているというわけではない。

しかし、技術に固執しすぎるのは違うと思っていた。それ以上に、エモーションを大切にしたいと思っていた。

ライブで表現したいのは技術ではなく、思いなのだと。

dredkingzよりも技術的にうまいバンドなど星の数ほどいた。しかし、技術のあるバンドがいいバンドではない。証拠として、そうしたバンドをこの目でたくさん見てきた。それでも、客の熱気は感じられなかった。

音楽は不思議なもので、玄人の技術論など、素人には全く意味をなさない。大事なことは、胸を打つかどうか。それは、技術のみで叶えられるものではない。

しかし、周りの強いアドバイスや要求は、そうした思いとは反対のように感じられたのだ。誠司は少し、ナーバスになっていた。

周りがどう言おうとも、誠司のスタイルでいいと俺は思うよ。そもそも、理詰めでギター弾くタイプではないでしょ?感覚的なものを大事にして弾くのが武器なんだから、俺はそっちのほうがいいと思うよ。

仁志は、誠司のギタースタイルを気に入っており、そのよさを引き出すことがバンドにとってよい方向へと向かうことを知っていた。



そんな誠司の迷いの中、今後のイベント出演が決まった。5月、8月のイベントだ。

5月のイベントは、以前、秋田市のライブハウスLive spot2000(現在は閉店)で、あるイベンターと交流することができ、その縁で出演が決まった。

イベンターの名は「ヘルガ」と自らを名乗っており、数年ぶりにオファーが来たのだ。

そのチラシが、ヘルガから仁志のメールに送られてきた。アイドルとバンドのコラボレーション的な企画。秋田では珍しい企画であり、出演参加を断る理由はなかった。それに秋田市でのライブは久しぶりであった。

画像1

「ヘルガさんとは久しぶりだよな~!いやあ、エアりあるとの共演は楽しみだな!」

「それに、このHeart Under Bladeっていうバンドは、井岡さんがベース弾いてるみたいだよ。久しぶりに会えるな。Zeleiveも前、swindleで対バンしたよね。」

仁志は電話で誠司と話しながら、5月そして8月のライブをイメージした。

8月のイベントは、地元横手市の『音フェス』。前回はトップバッターでの出演であった。今回で2回目となる。

しかし、誠司にとってはめでたい話ではあるが、バンドにとっては申し訳ないことがあると告げられた。

誠司の妻が妊娠しており、出産予定日は夏という話だった。

つまり、5月のライブ以降は、家庭の都合上、練習もライブも参加できないという話だった。

この話は、後日メンバー全員に知らされ、家庭の事情であるならば仕方がないということになった。そのため、8月のイベントは、dredkingzは、誠司が出演できないため、バンド形式ではなく、アコースティック形式でのライブ出演となる。

5月のライブで誠司はしばらく休むことになる。その追い詰められた状況もあり、誠司は覚悟を決めた。

やっぱり、自分のスタイルを貫こう!

誠司自身、周りのアドバイスを気にしすぎる余り、ギタープレイに精彩を欠いていたことに気づいていた。

こんなのは、俺じゃない。原点に戻ろう!

迷い、悩んだ末にたどり着いた答え。それは、これまでの自分を信じるというものだった。その覚悟は、一本の軸となり、5月のライブを終えるまで折れることはなかった。

覚悟を決めたことで、迷いはなくなった。

誠司のギターはいつもの自分を取り戻したかのように、練習中も冴えわたっていた。


誠司の気持ちが回復したのと同時に、今度は今河の足の状態は、悪くなっていた。

ある日の練習日。今河は荻窪ライブでは、バラード曲をなんとか叩くことができたのだが、5月のライブでの演奏は難しいとメンバーに伝えたのである。

「やっぱり、駄目だな・・・。どうも、うまく動かない。リズムがずれてしまう。」

今河は、はにかみながら、曲数を減らすことをメンバーにお願いした。これは了承するより他はなかった。


それぞれの葛藤と覚悟が生まれていた。しかし、決してバラバラなわけではなかった。

とにかく、まずは、「目の前のライブに全力を尽くすのみ」という思いは一つであった。



よろしければサポートお願いします!自分の励みになります!