#86自転車のおねだり。叔父さんが差し出してくれた手を、恥ずかしくてとれなかったあの日の後悔。約20年後病院で手を握った。ありがとう。後悔が少ない毎日を。(貧困幼少期からNPO代表理事までを振り返る)毎日更新
オカシナ学習帳をノートだと完全に誤解していました。何度もファミリーマートでノートと連呼しましたが、お菓子だったので驚愕した私。
ひとまずお菓子を買って、その後勢い覚めぬ状況で、富山シリーズの学習帳を買いました(笑)
男性との関わり方が本当にわからなかった
恋愛以前に私は母子家庭で男性が傍にいませんでした。父はいないし、祖父もこの世におらず、叔父さんとの距離感は・・・・微妙でした(笑)
父親でもない。兄弟でもない。
親戚なので、どの距離感??というのが本音の所です。
頭がいいので叔父さんには、低学年の時に夏休みの計算ドリルでもがいていたら、『何でこれがわからんのや?』と言われて、やり方を教えて貰ったものの、教え方が悪かったのか、私があほ過ぎたのか・・・
わからなかった(笑)
忘れもしない夏休みの計算ドリルの表紙は「三丁目のタマ」だったのですが、分からなすぎて、最後は大泣きしたら、『泣いて解決する思ったらあかんねんで』と火に油を注ぐようなことを言われて、よりギャン泣きしました(笑)
最終教えてくれて、子供心に(泣いたら優しい)という涙の武器を使ったことを思い出しました。
私は交通事故で自転車が無くなって、歩き生活になりました。活動範囲が段々と拡がる中で、二人乗り(当時はステップというものを車輪の中心軸に付けると二人乗り自転車に出来ていました)で移動していましたが限界が来ます。
交通事故で父との思い出の自転車が無くなったあの日
私は自分の親に言っても買って貰えないだろうと予測していたので、長期休みの時にいった祖母の家で自転車が素晴らしいというプレゼンテーションをしました(笑)
水槽の素晴らしさを語って手に入れた話
我ながらしつこいなぁ‥と思うのですが、何時間も話していました。
すると・・それを聞いた叔父さんが
『よっしゃ。自転車こうたろ』と言ってくれたのです。
嬉しいのですが、叔父さんとの距離感はずーーっと分かりませんでした(笑)好きな番組はNHKとかスポーツとかで私が好きなアニメとか見ません。
「えっ。いいの?」
『うん。明日、見に行こか』
ドキドキ。。。お父さんが自転車を買ってくれた施設で叔父さんと自転車を見に行って買って貰いました。26インチタイヤのシティ自転車。色はネイビー。
お父さんが買ってくれた子供自転車の話
その日のショッピング施設は込み合っていて、叔父さんが手を差し出してくれました。手をつなぐという事だったのかなと思うのですが、やはり私は照れてしまって、
手を取れず・・・繋げませんでした。
叔父さんの差し出された手はずっと仕舞うタイミングを逸していました。
お父さんが当たり前に居る子供と、傍に男性がいない子供とでは多分男性の付き合い方は違うと思います。理由は距離感を学べる人が居ないからなのかなと個人的には思っています。
この日のことは叔父が病床に伏してからも時々思い出していました。その度に申し訳なさで胸がいっぱいになりました。
去年叔父はこの世を去ったのですが、死期が近づく中で面会をしたときに、手を握りました。首より下が不自由になっていた叔父の手は冷たかった。それでも、「叔父さん体調よくいてね」って握った事は本当に大切な事だったなと思っています。
母親が授業参観に来て素っ気なくしたり、おばあちゃんと歩いて何か距離をとったり、第三者の目を気にして身内を雑にした自分は色んな所でいました。
今思うのは、第三者の目も恥ずかしさよりも素直に、自分の後悔が少なくなるような行動をとる事だと思います。相手が生きているうちは何度でも挽回できるのですが、死んだりしたら出来ないんですよね。
私は自転車をお父さんとお父さん的存在に買って貰っていたのだなぁとこのnoteを書きながら気づきました。
ただこの自転車もそう長くは、利用できませんでした。
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ささいなことで人生は変わる! その一歩は自分が踏み出すこと。
見て下さったあなたの何かを踏み出す
キッカケになればと思って綴っています。
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