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幻想の客体に体温を:蘭郁二郎について

こんばんは。月に一度の別冊夢想ハウス.にこにこです。
11/17(金)の朗読では、蘭郁二郎「蝕眠譜」を読みました。
いつもタイトル画像に作家の顔写真を入れるのに、蘭先生全然ヒットしなくて…ちょっと寂しい感じ。

👆ここで毎月朗読してる📚ぜひ聴きに来てね🍻



蘭郁二郎の怪しい世界

蘭郁二郎という作家をご存知ですか?
1931年、江戸川乱歩全集の付録冊子「探偵趣味」にて、読者から掌編探偵小説を募集したところ、「息を止める男」が佳作入選し掲載された。この時わずか18歳。
その後も幻想的な怪奇探偵小説を発表し、1935年には同人誌「探偵文学」を刊行。
この「探偵文学」はのちに資金難に陥ったが、海野十三や小栗虫太郎らに引き継いでもらい「シュピオ」と名を変え、蘭自身も共同編集者となる。
その「シュピオ」も1938年に終刊し、以降は海野十三の勧めもあって科学小説を書くようになり人気を得るも、太平洋戦争中に30歳の若さで亡くなってしまう。
やはり若くして亡くなってしまって作品が少ないからなのか、そこまで有名な作家ではないのかしら?という印象だけど、怪奇小説好きには読んでほしいな~。新しい世界の扉が開くかも。

探偵趣味もシュピオも傑作選、なるものが販売されている!!!
誰の何が掲載されてるのかわからんままに衝動買い。たのしい~。


蘭作品では過去に「」(1938)を朗読したことがある。こちらは前回のnoteでも触れている雑誌「新青年」に掲載された、紛れもない怪奇小説。
もしまだの方いたらどうぞ、できれば、雨の夜に…。傑作ですよ。

今回の「蝕眠譜」(1935)は、蘭自身による同人誌「探偵文学」で発表されている。
ここからは結末に触れますので、未読の方は先に読んでみてね
 なんの前知識もなく読む時にしか得られないエキスがあるッ


無機物の美少女に自我はあるか

この話の好きなところは、先月読んだ葉山嘉樹「死屍を食う男」の後半にも通じるのだけど、いきなりラストで読者を突き放し勝手にどこかへ行ってしまうところ。
「死屍を食う男」はまだ後日談パートが設けられているが、この作品では完全に闇の中に置き去りにされる。ひゃ~。待ってよ~。それがたまらず心地いい!
読者は語り手と一体となり黒住箒吉の身を案じていたのに、人形ルミに出会った瞬間、語り手が唐突に豹変、暴走を始め…壁に激突するかのように物語は終わる。これはある種、怪奇小説の醍醐味じゃないだろうか。

私は、黒住が、これほど巧みな話術を、持合せていようとはいまの今まで気がつかなかった。
(なんだバカバカしい――)と思うほかに(或は、そうかも知れぬ……)とも思われて来るのだ。

蘭郁二郎「蝕眠譜」

黒住の話を聞いているときの主人公の心境は、この作品を読み終えた私と同じ。
トンデモ設定なのに真に迫って感じられる、幻想の世界…いまぬくぬくと過ごしているこの部屋を出た途端に自分もそこに取り込まれてしまいそうな…。
一体この人形はいつから、何をきっかけに黒住を侵食していったのか?
そして主人公はいったいこの後どうなるのだろう。いや、いつから魅入られていたのか、自分からわざと捕まりに行ったのか…
彼が自宅に帰りつき今までと同じ生活を送っていかれるとは到底思えない、と想像の余地がある読後感も愉しい。

ちなみに「脳波操縦士」(1938)という作品にも、同じルミという名の人造人間が登場する。
「蝕眠譜」の人形ルミは動かないし話さないが、人造人間ルミは主人公の家までやってきて告白する。一見ラブロマンスなのか…?と思わされるが、そこには蘭作品らしいオチがついており、ルミが自ら意志を持った線は否定されている。

つまり人形―無機物の美少女は、あくまでも客体でありそこには何者も存在しないと考えるとどうだろう。
ただ、自分という閉じられた輪の中にあった幻想の客体を、人形の精巧さ、美しさの力が現実のものとした。幻想が身体を得た。
そして欲望とシンクロしたその美しさが、次第に現実と幻想の境界をあいまいにしていく。
幻想が一人歩きし現実を蝕んでいく様は恐ろしいが、客体に力を与えたのも自分自身なのだ。客体を支配しているようで、途端に客体が力を大きくする。逃れたくても逃れようがない、あるいは逃れたいという気持ちすら起こさせる暇もなく、彼女が支配する。
この妄想と狂気の世界に足を踏み入れる瞬間の引力こそが「蝕眠譜」のサビであり、効果的すぎるオチのつけ方が本当にエキサイティングで私も気が付くと訳のわからぬことを呶鳴りながら歩き続けていた…。

ところで私の枕元にはこひつじティミーのぬいぐるみが座っているので、こんなことを思ってみる、私が落ち込んで眠る夜、勝手にティミーが布団に入ってきて、大丈夫だよ~と慰めてくれたらどんなに良いだろう。かわいいだろうな~。
だけどこうも思う、もしもティミーが急に動いたら、そんな気配がしたら…私は一発で狂気に陥ってしまうだろうなとも。
フワフワのこひつじティミーでさえそうなんだから、生きているような美少女人形なんて、想像するだけで道を踏み外すこともやむなし、まったく降参である。深淵なんてのぞきこむもんじゃないよ。

筆者近影 なぜか映りこんでいたティミーと

「夢鬼」を読んで、も~っと深淵をのぞこう

ところで面白そうな論文をみつけたので貼っておく。
前期の作品集「夢鬼」を分析し、初期作品の主題であったこの「美少女幻想」について考えてみる―そんな試みだそう。
蘭郁二郎〈美少女幻想〉論 ―『夢鬼』収録作品を中心に  趙 蘂羅

恥ずかしながら、まだ「夢鬼」を読んでいないのでネタバレしたくなく斜め読みした。下記に青空文庫のリンクを貼るのでよかったら一緒に深淵をのぞいてみよっ。

1)歪んだ夢
2)自殺
3)魔像
4)鉄路
5)夢鬼
6)蝱の囁き

青空文庫で全て読める

配信の際、「人形性愛者って人形に意志があるものとして愛してるのかな?」というコメントや、「人形は絶対否定せず受け入れてくれる器なんじゃないかな」という感想をもらったりして。色々考えるのがたのしい~。
秋の夜長に、この「夢鬼」および論文を読んでまた色々と考えてみよう。
また、単に人形ルミに魅入られただけではなくて「黒住の唯一の親友は自分だったのに」という敗北感もあるのではないかという感想も面白かった!そうかも…!リアルタイムで配信を聴いてコメント下さるのありがたい。


次回予告:12/15(金)21:00~海野十三「仲々死なぬ彼奴」

本当は江戸川乱歩「人でなしの恋」、ホフマンの「砂男」にも言及しようと思ってたんだけど…あまりにも蘭郁二郎の迷宮が心地よくてたくさん書いてしまったので、このへんでお別れっ。

次回は、12/15(金)21:00~ 海野十三「仲々死なぬ彼奴」を読みます。
日本SF界の始祖と言われている彼ですが、実はデビューしたのは「新青年」。探偵小説も多く書いたそう。

そんな海野十三の、推理小説味もありながらユーモアもあり、笑えるようで笑えない…そんな作品を選んでみました。
昨年12月も坂口安吾の『屋根裏の犯人』という師走の笑えるお話を読んだのですが、今年もクスッとする話で〆ようと思います…少しダークかもしれませんが。
2023年ラスト朗読配信!ぜひ、よろしくお願いします!


リアルなイベント告知:12/3(日)14:30~「氾濫原4」

そしてリアルなイベントの告知✨
12/3(日)14:30~@高円寺K'sスタジオ本館(東京メトロ丸ノ内線 東高円寺駅から5分)
氾濫原4「星の王子さま」にキツネ役でゲスト出演します!

このnoteを始めるきっかけにもなった7月の耳憑夜で共演した昭和精吾事務所さんの企画にお誘いいただいたよ。
しかも高校の頃ずっと象を飲みこんだうわばみのストラップつけてたくらい好きなサン=テグジュペリの「星の王子さま」!
美しい情景を繊細に演じられるように頑張るので、ぜひぜひいらしてね。

【乃木ナツミ予約フォーム】



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