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3作目「オマールの壁」ペア鑑賞

思慮深く真面目なパン職人のオマールは、監視塔からの銃弾を避けながら分離壁をよじのぼっては、壁の向こう側に住む恋人ナディアのもとに通っていた。長く占領状態が続くパレスチナでは、人権も自由もない。オマールはこんな毎日を変えようと仲間と共に立ち上がったが、イスラエル兵殺害容疑で捕えられてしまう。イスラエルの秘密警察より拷問を受け、一生囚われの身になるか仲間を裏切ってスパイになるかの選択を迫られるが…。(作品公式サイトから抜粋

心の壁の作り方 text by タケヤマ

 面白くて、どの部分にフォーカスすればいいのか、筆がすすまない悪循環に陥りそうだった。いくつかあるのでザクっと書いていく。

 まず、パレスチナ問題を描いている映画だが、人間ドラマとしてよく出来ていることが素晴らしい。あくまで縦軸は人間ドラマ。舞台はパレスチナ、ヨルダン側西岸でイスラエルとの関係が背景として描かれていることでエンタメから社会問題を考えるきっかけになる。

 非常に練られた伏線とドラマで何度も見返さないとその複雑さに気づけないかもしれない。私が気になったのは、本来悪役であるイスラエルの秘密警察のラミにも家族、生活が描かれていること。この秘密警察がパレスチナの若者の信頼関係の分断を狙うところが物語最大の肝であり、リアリティーを感じた部分でもあった。

 私はイスラエルとパレスチナの関係に詳しいわけではないが、イスラエルに旅行に行った友人から聞いた話(ガザ地区の電線がイスラエルから伝わっていることなど)私が持ちうる知識から考えると、いまのパレスチナの若者の生活が、イスラエルに敵対心を持ちながらも共存せざるを得ない、ファイトポーズは崩してはならないが、本当に倒せるとも思えない相手という矛盾を抱えた存在となっているのではないかということだ。

 そんなパレスチナをうまく扱うためにイスラエルの秘密警察がとる手段として一番手っ取り早いのが、信頼関係を危うくさせて情報でコントロールすることだろう。情報操作とか情報工作というやつか。その手はアムジャドにも及び、オマールにも及んだ。ここも大きなポイントだ。

 信じることができずにすれ違い、悲しみを抱いたパレスチナの若者。
我々は終盤にその真実に迫るが、その整理が付かぬまま、全てを理解したオマールが起こすラストの行動を目撃する。

人と社会の描き方 text by フダ

 自分はデスゲーム系の話のような、「極限状態に置かれた時にその人の本性が現れる」という設定が好きじゃない。単純にスリラー、ホラー、スプラッターは単純に面白いから好きでみるのだけど、人の意思決定に環境が作用する度合いがかなり大きいと思っているので、人間を描く表現のアプローチとしてイケてないと思う。

 その一方で、何も起こらないけど内面の心の揺らぎをとらえました、みたいなサブカル系で意識高くて丁寧な暮らし的な作品もこれまた違うと思う。これも観るのは好きなのだけど、監督の「ね、おれ人間捉えてるっしょ?」みたいな自意識を想像してうすら寒くなってしまうことがある。

 オマールの壁はきれいな作品だと思った。紛争という絶対的な不条理の中で、怒る、悲しい、信じる、好き、みたいなシンプルな感情を伴うアクションが淡々と連続していく。その映像がからっと乾いていて、不思議と気持ちいい。派手な効果音や音楽もなく、壁を登ったりナディアに会いにいったり、映画の中で複数回繰り返されるシーン日常的な生活が描かれる。でも秘密警察につかまって拷問されたり、カフェの机の下で銃を構えたり、非日常な社会の重さ、如何ともし難さが現前する。

 社会の中で人間の感情がシンプルに描かれる。言葉にするとごくごく当たり前なのだけど、だからこそリアリティが宿るのだろうと思う。オマールの悲劇以上に、表現としての映像に想いを馳せてしまうほど、きれいな映画だった。

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