音無奏 Kanade Otonashi

小説などを書いていきます。東京大学大学院修了。 Martin名義でドラマレビューも書い…

音無奏 Kanade Otonashi

小説などを書いていきます。東京大学大学院修了。 Martin名義でドラマレビューも書いてました。

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連載小説『モンパイ』 #1(全10話)

眠い。 それでいて爽やかな朝。 そんな日が、月に一度やってくる。 門前配布。 略して「モンパイ」。 早朝の儀式を、我々はそう呼ぶ。 まるで、ゲームに出てくるモンスターの名前みたいだと思う。 でも、ある意味そうかもしれない。 午前六時。 普段より二時間以上も早い時刻にアラームが鳴る。 枕元に置いたスマホから流れるEvery Little Thing『出逢った頃のように』を聴きながら、やっぱり『あたらしい日々』に戻そうか、などと布団の中で十五秒くらい逡巡した後

    • 連載小説『モンパイ』 #10 Fin.

      荷物を持って立ち去ろうとした時、先ほどまで道路脇に立っていた男性がいなくなっていることに気がついた。 僕がてんやわんやしている間に、待ち合わせの人間と落ち合って出発したのだろう。 もしかすると、誰かと待ち合わせていたのではなく、ただ時間を潰していただけかもしれない。 真実を知る術はないけれど。 想像するしかないけれど。 モンパイを開始した時よりも、人通りや車の往来はずっと多くなっている。 皆これから、それぞれの今日という一日をスタートしていくのだ。 もう眠気はす

      • 連載小説『モンパイ』 #9(全10話)

        信号が変わり、再び生徒の大群が押し寄せてきた。 「おはようございます!」「○○予備校です!」「付箋お配りしています!」「いってらっしゃい!」の四コマンドだけを頼りに、一人で果敢に立ち向かう。 孤軍奮闘。 通る生徒が多い分、必然的に受け取ってくれる人数も増えるので、「いってらっしゃい!」を繰り出す回数が多くなる。 せめてこのコマンドだけは惰性にならないようにと、なるたけ心を込める。 この言葉を掛けられた生徒がどう感じるかはわからないし、そもそも耳に届いていないかもしれ

        • 連載小説『モンパイ』 #8(全10話)

          それにしても、この高校の生徒はみな同じ見た目をしているな、と思う。 制服を誰一人着崩すことなく、髪型について言えば、男子は前髪が目にかからない長さ、女子は後ろで結ぶかショートヘア。 もちろん全員黒髪だ。 校則が比較的厳しいというのは聞いているが、こうも揃っていると何だか気味が悪い。 まるで軍隊だ。 頭髪検査という大人に押し付けられたルールなどはね返してしまえば良いのに。 子どもだからマナーを守れないと舐められているのだ。 君たちはそれで良いのか。 権威に屈する

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        連載小説『モンパイ』 #1(全10話)

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        • 連載小説『モンパイ』(全10話)
          10本
        • 連載小説『かさぶたの王国』
          1本
        • ドラマな日々
          6本

        記事

          連載小説『モンパイ」 #7(全10話)

          生徒の集団は、ぞろぞろとやって来るのではなく、周期的に群れをなしてやって来る。 信号機のせいだ。 駅から学校までの生徒の流れは、赤信号によって周期的にせき止められる。 そして信号が青に変わると同時に、まるでダムの水が放水されるが如く、大群となって一気に押し寄せる。 先輩と一緒に配布するときは、校門の両脇に二人で立ち、大群を挟み込みながら配るのだが、一人だとそうはいかない。 配布漏れがどうしても多くなってしまう。 漏れてしまったものの中に付箋を希求する生徒がいたらと

          連載小説『モンパイ」 #7(全10話)

          連載小説『モンパイ』 #6(全10話)

          配布開始後十五分あたりから、生徒の数が徐々に増してくる。 だがピークはまだ先だ。 今くらいの時間帯が一番辛い。 なぜなら、最も貰われにくい時間帯だからだ。 どうやら高校生は、こうした塾のビラを受け取る際に互いの目を気にするらしい。 配布開始後すぐは人通りが少ないので、他の生徒に見られることなく受け取ることができるし、逆にピーク時になると友達同士で面白がって受け取る生徒が増える。 今がちょうどそのはざまの、中途半端な時間帯なのだ。 道端で配られる付箋やらティッシュ

          連載小説『モンパイ』 #6(全10話)

          連載小説『モンパイ』 #5(全10話)

          荷物を隅に置き、再びスマホを確認する。 やはり先輩からの連絡はない。 仕方ない。 一人で配り始めてしまおう。 そう決意して、袋から資材を取り出す。 無料体験実施中のチラシと、共通テスト対策のイベント勧誘チラシ、講師の顔写真と熱いメッセージが掲載された薄いパンフレット、そして付箋が、B5サイズの透明なファイルに入っている。 それが百セット。 普段は二人で挑むが、今日は一人。 捌き切れるだろうか。 レストランのウェイターがお皿を持つがごとく、左手に十部ほど資材を

          連載小説『モンパイ』 #5(全10話)

          連載小説『モンパイ』 #4(全10話)

          駅を出て右手の道を行く。 高校までは歩いて十五分。 駅の周辺は交通量が少なく、沿道には木や花が植えられているので、今日みたいに晴れている日に歩くのはとても心地好い。 眠い。 それでいて爽やかな朝。 あのイヤホン少年の姿は見受けられない。 すでに走って行ってしまったのだろうか。 朝練に遅刻しそうだったのだろうか。 だとしたら、もっと時間に余裕を持たないとダメじゃないか。 五分ほど道なりに進んで、突き当たりを左に曲がる。 この辺りは住宅街なのでとても静かだが、

          連載小説『モンパイ』 #4(全10話)

          連載小説『モンパイ』 #3(全10話)

          この時間の電車はかなり空いている。 学生、サラリーマン、OL、それから何をしに行くのか皆目検討のつかないご婦人が、思い思いの時間を過ごしている。 満員電車の辛さを知っているだけに、これほどストレスのない車内を見ると微かな感動すら覚える。 ふと、目の前に座るジャージ姿の生徒に目を向けると、胸元にHIRAI GAKUENという刺繍が施されているのが見えた。 これからモンパイに行く高校の名前だ。 モンパイこと門前配布とは、塾の関係者が学校の校門前で勧誘のビラを配る行為のこ

          連載小説『モンパイ』 #3(全10話)

          連載小説『モンパイ』 #2(全10話)

          寝巻きのスウェットを脱ぎ、白いYシャツを着てネクタイを締める。 今は五月中旬なのでクールビズ期間に入っているが、モンパイとの決戦の日だけはネクタイ着用が義務付けられている。 ネクタイをすると首が締め付けられて窮屈に感じる、と不平を漏らす人もいるが、全員と同じ身なりであることを強制される、同調圧力の権化とも言うべき「スーツ」というファッション形態において、遊びを楽しめるポイントはネクタイくらいなので、僕は嫌いじゃない。 今日は濃いブルーのストライプだ。 先輩と一緒なので

          連載小説『モンパイ』 #2(全10話)

          連載小説『かさぶたの王国』 #1

          バランス感覚のとれた人間。 それが、自分の理想の人間像なのだということを、最近ようやく自覚した。 幼い頃から、周りの人間と同じことをしたがらない性格だった。 小学校のみんなが持っていた流行りのゲームは、絶対にやらなかった。 みんながゲームの話で毎日のように盛り上がっているのを横で聞き、なんだか楽しそうでうらやましいという気持ちがよぎっても、自分も親に頼んで買ってもらおうなどとは意地でも考えないようにしていた。 また、授業や学級会では、必ず多数派の意見に反対するように

          連載小説『かさぶたの王国』 #1

          「人生の転機」としてのTaylor Swift

          誰しも一度は「人生の転機」というものに巡り合ったことがあるのではないでしょうか。 それは、ある人にとっては一冊の本を読んだことかもしれないし、ある人にとっては一曲の歌を聴いたことかもしれません。あるいは、誰かと出逢ったことかもしれないし、逆に誰かを喪ったことかもしれない。はたまた、海外留学のような貴重な経験をしたことかもしれないし、戦争のような悲惨な経験をしたことかもしれない。 「そんなものないよ」と思っていても、後々になって振り返ってみると、「ああ、あれが転機だったのか

          「人生の転機」としてのTaylor Swift

          書評:『東大なんか入らなきゃよかった』(池田渓著)

          『東大なんか入らなきゃよかった』。このタイトルをみた瞬間、しばらく忘れていた、東大に対する負の感情がドッと押し寄せてきた。 本書は、東大出身であるライターの著者が、自らの東大での経験と、同じく東大を卒業した数名へのインタビュー内容をまとめたノンフィクションである。ここで描かれているのは、巷の人々がイメージし憧れるような、社会で華々しく活躍している「勝ち組」としての東大生像ではない。東大に入ってしまったがために人生を狂わされた人間たちの、切ない物語である。 例えば、東大法学

          書評:『東大なんか入らなきゃよかった』(池田渓著)

          「子どもの論理」という信念

          僕は大学院で学校図書館の研究をしています。教育学を専攻にしてきたわけではありませんが、教職課程も履修しています。また、学部生時代は教育系NPOでボランティアをしていた経験もありますし、予備校でのアルバイトは6年目に突入しました。 これらに共通するキーワードは<子ども>です。ではなぜ、僕がこれまで<子ども>にこだわってきたのか。その根底には、<子ども>という存在に対するある種のリスペクトがあります。 <子ども>の「キラキラ」は、なぜこれほどまでに、僕たちの心を動かすのでしょ

          「子どもの論理」という信念

          私たちは、ひとりじゃない。

          「#私の勝負曲」というハッシュタグを見たとき、ある1曲が頭に思い浮かんだ。 それは、高校生最後の大会の日。控室で順番を待つ私は、ウォークマンに保存されたその曲を繰り返し聴きながら、友人からLINEで送られた応援メッセージを読んでいた。 「お前のことだから、きっと今日まで努力してきたんだよな」 一言一句覚えているわけではないし、もはやトーク履歴も残っていないのだが、たしかにこんな内容のメッセージだった。少なくとも「頑張れよ」みたいな薄っぺらい言葉ではなかった。友人が、私の

          私たちは、ひとりじゃない。

          憎い、そして愛おしい。〜ドラマレビュー『私たちはどうかしている』〜

          こんにちは、ドラマ大好き東大院生のMartinです。 今回は、僕が最近観たドラマの中で一番面白かった作品、『私たちはどうかしている』(略称『わたどう』)を紹介します。 <概要> 製作▶︎日本テレビ 放送期間▶︎2020年8〜9月(全8話) キャスト▶︎浜辺美波、横浜流星、佐野史郎、観月ありさ ほか 原作▶︎安藤なつみ「私たちはどうかしている」 脚本▶︎衛藤凛(『のだめカンタービレ』『偽装不倫』など) 主題歌▶︎東京事変「赤の同盟」 『わたどう』の魅力はズバリ、ミステリー

          憎い、そして愛おしい。〜ドラマレビュー『私たちはどうかしている』〜