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連載小説『モンパイ』 #1(全10話)

眠い。

それでいて爽やかな朝。

そんな日が、月に一度やってくる。

門前配布。

略して「モンパイ」。

早朝の儀式を、我々はそう呼ぶ。

まるで、ゲームに出てくるモンスターの名前みたいだと思う。

でも、ある意味そうかもしれない。


午前六時。

普段より二時間以上も早い時刻にアラームが鳴る。

枕元に置いたスマホから流れるEvery Little Thing『出逢った頃のように』を聴きながら、やっぱり『あたらしい日々』に戻そうか、などと布団の中で十五秒くらい逡巡した後、画面をタップして音楽を止める。

この世の中でアラーム音ほど恨めしくて鬱陶しいものはない。

安らかな睡眠を強制終了させてくるのだから、この罪は誠に重い。

懲役七年くらいが妥当だ。


アラーム音にどの曲を設定するかというのは極めて重要な選択だ。

最近ハマっているから、とかいう生半可な理由で設定してはいけない。

なぜなら、その曲のことを日に日に嫌いになっていってしまうからだ。

せっかく好きになりかけていたのに、勿体ないことこの上ない。

かけがえのない出会いはこうやって無駄にされていくのだ。

勿体ないことこの上ない。

だから、一生嫌いにならないと自信を持って断言できて、尚且つすっきりとした目覚めを保証してくれるような、明るめの曲が良い。


この選択は、人生において、結婚と同じくらい重要な選択なのだ。

結婚相手だって、一生嫌いにならない自信があって、朝の爽やかな目覚めを保証してくれるような、明るい性格の相手が良いと相場が決まっている。

よく知らないが。


のそのそと布団を畳んで、カーテンを開ける。

快晴だ。

モンパイは敢行される。

よし、と覚悟を決めて洗面所に向かい、顔を洗い始める。

洗顔をすればこっちのものだ。

二度寝をする心配がなくなるからだ。

顔を洗ったにも関わらず布団に戻れる人間は、もはや猛者だと思う。


化粧水と乳液でスキンケアをした後、T-falの電気ケトルで湯を沸かす。

今朝はスムーズに起床できたので、特別に今年の春休みにトルコで買ったチャイを淹れよう。

八枚切りの食パンは二枚焼こう。

そして昨日買ったばかりのハチミツも開封しよう。

モンスターに立ち向かう準備は万全でなければならない。


パンを焼く間にテレビをつける。

朝のワイドショーは、最新のニュースを報道してくれるだけでなく、人気店の特集を組んだり、トレンドファッションを教えてくれたり、旬の芸能人が映画の告知をしてくれたりと、なんとも賑やかだ。

そこに早起きをしたという自負が加わるので、お得感がある。

それを観ながら、熱々のチャイとハチミツたっぷりの食パン、それに昨晩の残りのサラダとギリシャヨーグルトを食べる。

まさに「QOL爆上がり」だ。


ギリシャヨーグルトの最後の一口を食べ終えたところで、テレビの横にある時計を確認する。

ワイドショーは画面の左上にデジタル表記で時刻を表示しているのに、いつもの癖でつい時計の方を確認してしまう。

六時四十分。

少しまったりし過ぎたかもしれない。

ぬるくなったチャイを一気に飲み干して、食器をシンクまで運ぶ。

皿洗いの儀は、モンパイを倒して無事に帰還できた後、厳かに執り行うことに決めた。

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