連載小説『モンパイ』 #3(全10話)
この時間の電車はかなり空いている。
学生、サラリーマン、OL、それから何をしに行くのか皆目検討のつかないご婦人が、思い思いの時間を過ごしている。
満員電車の辛さを知っているだけに、これほどストレスのない車内を見ると微かな感動すら覚える。
ふと、目の前に座るジャージ姿の生徒に目を向けると、胸元にHIRAI GAKUENという刺繍が施されているのが見えた。
これからモンパイに行く高校の名前だ。
モンパイこと門前配布とは、塾の関係者が学校の校門前で勧誘のビラを配る行為のことだ。
大抵、生徒から受け取ってもらいやすいよう、消しゴムや蛍光ペン、ティッシュなどのノベルティグッズをセットにして配布する。
今日のグッズは付箋だ。
付箋を使う高校生なんてごく一部しかいないから消しゴムにしようとあれほど言ったのに。
その生徒は、何やら真剣な面持ちで、両手で横向きに持ったスマホの画面を凝視している。
おそらくゲームをしているのだろう。
耳に装着しているワイヤレスイヤホンは、定価三万円以上するはずだ。
大学生の自分でさえそんな高価な代物を持っていないのに、どうして高校生のこの子は持っているのだろう。
お年玉とお小遣いを貯めて買ったのだろうか。
高級なイヤホンよりも欲しい物はなかったのだろうか。
つれづれなるままに、アンケート回答を続ける。
ーー結婚はしていますか?
未婚。
ーー同居人は何人いますか?
一人暮らし。
ーーこの商品を買いたいと思いますか?
あまりそう思わない。
嘘をつくわけではないが、かと言って深く考えるわけでもない。
何につけ、真面目にも適当にもなり過ぎないことが、ストレスから逃れる最善の策だということを、大学生になってから学んだ。
そして、HIRAI GAKUENの最寄り駅に着いた。
その駅は、各駅停車しか停まらない小さな駅だ。
ホームにはHIRAI GAKUENの生徒と思しきジャージ姿や制服姿の高校生が数名いた。
エスカレーターに乗って改札階へと向かい、ポケットからICカードを取り出して改札にかざす。
改札機の画面には168円という表示。
定期圏外なのだ。
改札の外にも、友達や恋人と待ち合わせているであろう生徒が二、三人立っていた。
自分が高校生の頃は、部活の朝練がほぼ毎日あったので、こんな風に誰かと登校したことはなかった。
毎日のこんな待ち時間を楽しめなくなったときに、人は大人になるのだろうと思う。
スマホを確認するが、やはり先輩からの返信はない。
もしかするとまだ寝ているのかもしれない。
まあ致し方ない。
その時は一人でモンパイに立ち向かうまでだ。