高校理科。年代測定法の隠れた前提。「何がわからないのかわからない」への対処法

高校理科で、年代測定法の問題がある。こんな問題だ。

ある木片中の14C(質量数が14である炭素)の割合が大気中の1/8になっていた。半減期が5700年とするとこの木片の木が枯れたのはいつか。

というようなものだ。
答えは、半分つまり1/2になるのが3回起きると1/8になるから5700×3=17100年前となる。

あっさりしている。たったこれだけの問題文で、しかも数値の答えが出るとわかっていれば、これ以上のことなんて考える必要はないだろう。さもないと解けない問題となってしまう。
このようにテストの問題というのは、「数値が求まる以上、単純化された前提であるはずだ」というのが大きなヒントになっていることが多い。

今日話したいのは、勉強していて「何がわからないのかわからない」ということがあるとき、隠れた前提事実を明確にしていないことが原因であることが多いのではないかということだ。
年代測定法は高校理科の4科目全て?で出題される問題のようなので、みなさんにわかってもらいやすいと考えてこの問題を例にしてみたのだが、この問題文や解答で慎重に検討しつくされていない隠れた前提事実とは何なのか洗い出していきたい。
「隠れた前提事実の洗い出し」というのは、どちらかというと勉強が苦手な人が言いがちな「何がわからないのかわからない」というときにだけ役に立つのではない。実は、しっかりと深めたり、ある程度よく考えていくからこそ改めて考えて「あれ?」となるような場面もある。そんなときも隠れた前提事実がネックになってくることが多いように思う。

ではさっそく隠れた前提事実を検討しよう。
まずは空気中の14Cの割合は大昔から一定だという前提だ。普通炭素Cは質量数12である12Cなのだが宇宙線との反応で放射性同位体である14Cが空気中で作られるらしい。そして空気中でも崩壊しているはずだが、崩壊するのと作られるのが同じ、つまり平衡状態となっている。
そして空気中の14Cの割合は一定だと前提しているからこそ17100年前の割合の1/8が半減期3回だと考えていいことになる。ちなみにこれは問題文に記載されていることが多い。ただ記載がなかったとしても「解けて」しまうだろう。

もう一つは、生物が生きている間は、空気中と同じ割合で14Cを光合成や呼吸などで出し入れしているということだ。
まあこれも当たり前なのだろうが、12Cと14Cのどちらかを選り好んで取り込んだりはしない。なので空気中での12Cと14Cの比が99:1だとしたら生体内の組成も99:1なのだ。
逆に生物は死ぬと環境との相互作用をしなくなる。そうすると14Cだけが5700年で半分になる。

①空気中の炭素組成は時代で不変
②生きてると空気と同じ組成で生体は構成される
③死ぬと空気と相互作用しない
これら3つが最も大事な前提となっている。
この程度はわかっている人が多いことだろう。

もう少し突っ込んでみると、もしかしたら迷うことが出てくるかもしれない。
まずさっきから出てきている14Cの割合ということだが、一体何に対しての割合なのか。つまり全体を何にして14Cの割合を議論していたのか。

これは12Cを分母にしたときの割合だ。12Cは全く放射性崩壊せず、14Cだけが別物になるから5700年で12Cに対して1/2になると考えてよいわけだが、ここで「別物」とは何なのかも定めなくてはならない。というのは14Cがもし12Cに変わるのだとすると、5700年で1/2になるとは言えなくなる。
例えば12Cが90粒、14Cが10粒あってもし14Cが12Cに変わるのだとすれば5700年すると12Cが95粒、14Cが5粒となる。これだと半分にはならない。
14Cが12C以外のものに変わるなら14Cが5粒、12Cは90粒のままであり、割合は半分となる。

ちなみにCの合計を全体つまり分母とするときも14CがC以外に変わるのかどうかで値は変わる。

実際は14Cは放射性崩壊でNに変わるので、今考えた問題は生じない。

またCO2として取り入れたものを植物は化学変化させているはずだが、そのような化学反応においても放射性崩壊には影響しない。化学反応は原子核の周りにある電子の挙動であり、原子核内部の変化である放射性崩壊には関係しないらしい。また様々な外力を受けても影響されない。
それどころかこの問題が解答できるためには、時間以外のあらゆる要因は放射性崩壊に関与しないということが前提となっていなくては困る。
一秒の定義が天文学的な1日(地球が一回自転する時間)の60×60×24分の1ではなく、同位体が存在しないセシウムの振る舞いによってなされているのもこのことと関係しているのかもしれない。

さてここでちょっと発展的な問題として、高校の物理や理論化学で理解しておいてほしい近似の考え方を簡単に説明したい。特に化学の溶解度積の問題が苦手な人に役立つかもしれない。
先ほど12Cと14Cの比が90:10の状態から5700年経って90:5となるのか95:5となるのかで比が変わってしまうという話をしたが、実はこれを「同じ」と扱ってよい場合がある。
例えば9990:10が5700年経って9995:5となる場合と9990:10となる場合だ。「いや、さっきと同じで比は違うじゃないか」と思われるだろう。
厳密にはその通りなのだが、分母が90なのと95なのとでは誤差率は5%以上だが、分母が9990と9995では0.05%程度となる。差が5なのは同じだが、比で考えると誤差率は100分の1程度なのだ。
これをもし分子で5から10に変えてしまったら差は5だが、比としては2倍になってしまう。それに対して9990を9995にしても比としては約0.05%しか変わらないので、これを「同じ」と見なしてしまうというのが溶解度積の問題で計算を簡単にするテクニックだ。
逆に言うと溶解度積の問題の解説を読んでいて、謎に近似が施されているかと思えば、小さな差違も捨てないで近似をしていないところがある。
ここにも前提事実として、「どちらかが圧倒的に大きい」とか「0に近いところの繊細な議論をしてるのに近似して0にしちゃダメでしょ」というのが隠れているのだ。


というわけで、「何がわからないのかもわからない」というときには、ひとまず話題となっているものの定義を確認することをやってほしいのと、今回説明してきた「何を前提事実として話が進んでいるのか」の確認をしてみることを勧める。

表面的な知識を取り入れて理解が深まってきて、改めて考えてみるとよくわからなくなってきたという事態にも使える対応だと思う。これは物理選択者によく起きているようだ。

また問題集の解答を読んで、一行一行のつながり、論理はわかったけど、なんだかスッキリしないという時にも、隠れた前提の洗い出しは効果的だろう。


さらに地理歴史や公民の話をすると、単なる用語の暗記ではなく、流れや意味をきちんと理解しようとすると実は理科以上に前提となる考え方、「社会科常識」が必要だ。
国家や利益集団がどのようなエゴイズムで動くのかは、平和な国の学生からすると全くわからなかったりする。戦争は現実にはどのような理由、経緯で起こることが多いのか。逆についこの間まで残酷なことをしていたのに急に「平和への機運が高まって」戦争が終わったり、「人権意識の高まり」で奴隷を解放したりするものなのかわけがわからない。
また戦争はとのような場所で起きやすいのかは「地政学」が教えてくれるかもしれない。つまり地政学は隠れた前提事実を構成していることになる。
こういったことがわからないと歴史科目の論述問題で高得点は難しいだろう。

公民で習う政教分離や表現の自由、三権分立などの原則はどんな血生臭い歴史から人類が学んだのか、一方でそれらは本当にヨーロッパと日本での存在意義は同じなのか、また本当に金科玉条としてよいものなのかなどにも注意を向けておくと大学での学びも深まるだろう。


私の学生の頃の感覚では、定義やルールが明確で、それ以外のことが起こらない数学よりも、理科や社会のような「現実」を扱う科目の方がはるかに難しいと感じていた。
それは明示されていない前提事実があるからだ。勉強がある程度煮詰まってきたら「さらに暗記して知識を増やす」とか「難しい問題を闇雲にたくさん解く」とかではなくて、背後にある事実を説明してくれる、痒いところに手が届く指導を求めるのがよいだろう。

この記事が参加している募集

理科がすき

物理がすき

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?