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本の紹介・読書の記録

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2021年5月の記事一覧

「100の思考実験」を試してみた

思考実験の目的は,本質的でないものを削ぎ落とすことで問題の本質に迫ることにある.日本語訳は「100の思考実験」という当たり障りないタイトルになっているが,原著のタイトルは「The Pig That Wants to Be Eaten: And 99 Other Thought Experiments」である. 何かしらの科学技術を駆使して,豚が人間にその意志を伝えられるようになったとしよう.そして,豚が「私を食べて欲しい」と人間に懇願するとしよう.そのとき,豚肉食を忌避して

「ドキュメント 戦争広告代理店〜情報操作とボスニア紛争」があまりに強烈だった

衝撃を受けた.民間のPR(Public Relations)会社が,メディア,議会,政府に働きかけ,国連加盟国を国連から排除するところまで仕掛ける.ありとあらゆる情報は意図を持って(誰かの利益になるように巧みに操作されて)流されていることを改めて実感させられた. 本書は,ソ連崩壊後,ユーゴスラビア連邦から共和国が相次いで独立する中,セルビア(≒ユーゴスラビア連邦)と対峙したボスニア・ヘルツェゴビナが,まったくの無関心だった欧米諸国を味方に付け,遂にはセルビアがならず者国家で

チューリングと岡潔を心で繋ぐ「数学する身体」は独創的だった

前半を読んで大雑把に言えば数学史かなと思ったが,違った.まったく違う話だった.数学の話に松尾芭蕉や道元が登場するとは思わなかった. 数学する身体 森田真生,新潮社,2018 1,2,3,たくさん.人間の数を把握する能力はこの程度だ.しかし,手の指を使えば,10まで数えられる.トレス海峡諸島の原住民は全身を使って33まで数えられるらしい.記号を使えば,もっと大きな数も数えられる. Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ,Ⅳ,Ⅴ,Ⅵ,Ⅶ,Ⅷ,Ⅸ,Ⅹ,Ⅺ,… しかし,この記号を使って計算するのはとても

プラトンの「ゴルギアス」

人はどう生きるべきなのか,どのような人が幸せで,どのような人が不幸せなのか.これらの重要な問いに明確な回答を与えるのが,この対話編である. ゴルギアス プラトン (著),加来彰俊 (訳),岩波書店,1967 ソクラテスに対して,政治家であるカルリクレスは,優れた者の生き方を次のようなものであると述べる. つまり,正しく生きようとする者は,自分自身の欲望を抑えるようなことはしないで,欲望はできるだけ大きくなるままに放置しておくべきだ.そして,できるだけ大きくなっているそれ

ソクラテスの弁明・クリトン

あまりに有名な,プラントンによる「ソクラテスの弁明」.本書は,プラトン「ソクラテスの弁明」,プラトン「クリトン」,クセノポン「ソクラテスの弁明」の3作からなる. ソクラテスの弁明・クリトン プラトン (著),三嶋輝夫 (訳),田中享英 (訳),講談社,1998 プラトン「ソクラテスの弁明」国家の信じない神々を導入し,また青少年を堕落させたという罪で告発されたソクラテスが,その裁判で行った弁明を,プラトンがまとめたもの.この裁判において,投票が2度行われた.ソクラテスの最初

「科学の最前線を歩く」

東京大学教養学部の「知のフィールドガイド」シリーズ.最初に読んだ「生命の根源を見つめる」(主に自然科学系)がとても面白かったので,次に「異なる声に耳を澄ませる」(主に人文科学系)を読み,さらに本書「科学の最前線を歩く」(自然科学系)を読んだ.広範な話題を扱っているので,全部に興味を持つ必要はなく,いくつか面白く感じるものがあれば良いと割り切って読むのがいいだろう. 科学の最前線を歩く 東京大学教養学部,白水社,2017 本書の紹介文を紹介しておく. 流動性を増す現代。そ

「東大式 世界一美しく正しい歩き方」を読んでみたが世界一は怪しすぎる

「世界一美しく正しい」に何の根拠もないので,そう書いてしまうセンスを疑うが,書いてあることは,インナーマッスルを鍛えることが大事であるとか,姿勢を良くすることが大事であるとかなので,まともだと思う.東大式となっているのは,東京大学名誉教授である著者の長年の研究成果に基づいているためだ. 東大式 世界一美しく正しい歩き方 小林寛道,日本文芸社,2018 本書で強く推奨されているのが「大腰筋ウォーキング」だ. 大腰筋ウォーキングとは,こうした負担や無理を除いて,体をできるだ

ブレインバランスという「薬に頼らず家庭で治せる発達障害とのつき合い方」

「ブレインバランス」という考え方に基づく治療方法の考案者が,その実践方法を発達障害児の親に向けて紹介する目的で書かれたのが本書である.タイトルの通り,よほど重度な障害を持つのでない限り,投薬は必要ないとする.それは,薬では根本原因を取り除くことができないからだ.その根本原因とは,右脳と左脳の活動バランスが崩れている(または両方の機能が低下している)という,自閉症,ADHD,アスペルガー症候群,失読症などの小児神経障害を持つ子供たちの脳に見られる共通点だ.これは機能的ディスコネ

「リベラルとは何か」を歴史から学びつつ,現代日本の政治的課題を考える

「リベラル」という言葉を耳にすることは多いが,その意味がまるでわからなかった(おまえら「リベラル」を定義してから話せ!と思っていた)のだが,本書「リベラルとは何か」を読んで整理できた. おまえら「リベラル」を定義してから話せ!は正しかった. リベラルとは何か ー 17世紀の自由主義から現代日本まで 田中拓道,中央公論新社,2020 本書では,現代のリベラルを「価値の多元性を前提として,すべての個人が自分の生き方を自由に選択でき,人生の目標を自由に追求できる機会を保障する