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ブレインバランスという「薬に頼らず家庭で治せる発達障害とのつき合い方」

ブレインバランス」という考え方に基づく治療方法の考案者が,その実践方法を発達障害児の親に向けて紹介する目的で書かれたのが本書である.タイトルの通り,よほど重度な障害を持つのでない限り,投薬は必要ないとする.それは,薬では根本原因を取り除くことができないからだ.その根本原因とは,右脳と左脳の活動バランスが崩れている(または両方の機能が低下している)という,自閉症,ADHD,アスペルガー症候群,失読症などの小児神経障害を持つ子供たちの脳に見られる共通点だ.これは機能的ディスコネクション症候群(FDS)と言われる.

薬に頼らず家庭で治せる発達障害とのつき合い方
Dr. ロバート・メリロ,クロスメディア・パブリッシング,2019

本書は発達障害の分野で有名な "Disconnected Kids: The Groundbreaking Brain Balance Program for Children with Autism, ADHD, Dyslexia, and Other Neurological Disorders" by Robert Melillo の邦訳である.この分野に限ったことではないが,知らないこと(だけならまだしも誤解してきたこと)だらけだった.

参照されているデータの多くはアメリカのものだが,神経発達障害を持つ子供が増えているそうだ.遺伝の他に,出産時に両親が高齢であること(自閉症が女性35歳以上・男性40歳以上で50%増),両親の健康状態・ストレス・肥満などが強く影響するとされる.母親だけでなく,父親の影響も大きいことに注意する必要がある.その他,妊婦の病気・投薬・ホルモン異常・喫煙+副流煙,環境汚染物質への暴露なども原因とされる.

このように様々な要因が指摘されており,遺伝的な病気なので治らないとか,薬で症状を抑え込むしかないとか,そのように考えられてきたようだ.しかし,そうではないと,機能的ディスコネクション症候群(FDS)には多くの誤解がつきまとっていると,みずからの治療実績を踏まえて著者は指摘する.本書の冒頭では,そのような誤解が正される.

1)治すことができない障害ではない.治療法として,ブレインバランスプログラムがある.
2)重症者には投薬が必要だとしても,投薬で長期的な改善は見込めない.
3)右脳と左脳のうち活動の強い方をさらに強化する対処法は問題を悪化させる.弱い方を強化してバランスを取ることが大事である.

脳はその左右のバランスが取れている状態でこそ能力を最大限に発揮するとすれば,あるいは脳を強化するには左右のバランスが取れた状態にする必要があるとすれば,左脳だけ右脳だけを鍛えるのは有効でない.アインシュタインは問題(左脳)に行き詰まるとピアノやバイオリンを演奏(右脳)したそうだ.

本書 Part 1 「つながりを失った子供たち(Disconnected Kids)」では,機能的ディスコネクション症候群(FDS)について,脳の発達や機能について,そしてブレインバランスプログラムの概要について解説されている.

続く Part 2 「メリロホームブレインバランスプログラム」では,ブレインバランスの10原則が示され,現在の状態を評価するための方法と,その結果に応じて,右脳と左脳のバランスを整えるためのエクササイズの方法が非常に具体的に述べられている.加えて,食物過敏症(アレルギーとは異なる)に着目した食事療法についても説明されている.

ブレインバランスの10原則

1.小児神経行動および神経学術障害は,違った組み合わせの症状ではあるけれども実は1つの問題である.
2.根底にある問題は,左半球もしくは右半球の機能的な不具合による,脳の未同期である.
3.問題と機能障害は正しく識別されなければならない.
4.唯一の問題の解決法は,症状を治療するのではなく,バランスの崩れを治すことにある.
5.脳の機能的な問題は,すべて個々に対処されなければならない.
6.成功はヘミスフェリックベースプログラムによって導かれる.
7.同時統合が脳を同期させる.
8.脳と身体は同時に成長しなければならない.
9.問題の本質は遺伝子ではなく,故に永久的に修正が可能である.
10.子供の個々の成功は両親の重要な役割に委ねられている.

各章に,ブレインバランスプログラムで発達障害を克服し,そればかりか学業の面でも社会性の面でも本来の能力を存分に発揮できるようになり,生活を楽しめるようになった子供たちと,そのことに驚きつつも感謝する親たちが紹介されている.もちろん,それらは特にうまくいった例ではあるのだけれども,それでも子供たちが救われていることに感銘を受ける.

本書を読んで,理解して,根気強く実践すれば,数週間から数ヶ月程度で成果が出るようだ.もちろん,100%ではない.

ブレインバランスプログラムの冒頭,最初に取り上げられているのが腹式呼吸だ.症状にかかわらず,正しく呼吸することの大切さが強調されている.

呼吸は本当に大事で,例えば「スタンフォード式 疲れない体」では,スタンフォード大学のスポーツ選手達(オリンピックでメダルを取るレベル)が行うIAP呼吸法が紹介されている.深い呼吸なのだけれども,腹式呼吸とは異なる.興味がある人は読むといいだろう.おっと,自分の呼吸が浅いぞ...

エクササイズは運動だけでなく,嗅覚,視覚,光と音,感覚受容,触覚,エアロビックなど,右脳と左脳のどこが弱いかを確認した上で,その弱い部分だけを強化するための方法がレベル別に提示されている.

感覚受容はFDSに深く関わると指摘されている.というのも,FDSの子供たちは自分の身体を感じることが苦手なためだ.特に体幹が弱く,身体を安定させることが難しい.体幹の筋肉は,身体を安定させるだけでなく,脳に膨大な刺激を送り続けている.そこで,感覚受容エクササイズは,筋肉を強め,安定性を増し,脳に送る刺激量を増やすように設計されている.内容はとても単純だ.

こんなことも書かれていた.

1999年にカリフォルニアの科学者たちが素晴らしい発見をしました.12日間連続で,トレッドミルで走らせたネズミの脳細胞数が,2倍に増えたという驚くべき結果の実験でした.当時この驚くべき発見がなされたときには,この実験に関わったSalkインスティテュートのすべての研究者がランニングをはじめたそうです.
今やネズミだけでなく,人間でさえも有酸素運動を通して脳細胞を再生できるということは,広く知られています.このプロセスはニューロジェネシスと呼ばれています.

この部分もそうなのだが,本書では多くの研究が紹介されている.しかし,参考文献リストがないので,原著論文にあたって確認することが難しい.この点は改善すべきところだと思う.

食事療法については,食物過敏症をもたらす2大食物が乳製品(カゼイン)と麦(グルテン)だと指摘されている.そして当然ながら,砂糖は目の敵だ.何が食物過敏症をもたらすかは子供によって異なるので,食事内容と症状との関係を丹念に記録して分析するしかない.その上で,食物過敏症をもたらす食物はしばらく食べないようにする.ブレインバランスが整ってくれば,それらも自然に問題なく食べられるようになる.

人間の感情には,接近行動に結びつく3つのポジティブ感情「楽しい」「怒り」「驚き」と,回避行動に結びつく3つのネガティブ感情「悲しい」「恐怖」「嫌悪感」がある.ポジティブ感情は左脳に,ネガティブ感情は右脳に属するため,左脳の機能が弱い子供たちは不機嫌で気分屋と言われ,右脳の機能が弱い子供たちは羽目を外しがちになる.ここでもバランスが大事になる.

さらに,飴と鞭(褒美と罰)の使い分けも,右脳と左脳のバランスに基づいて行われる必要があると指摘されている.褒美は左脳で感じ,罰は右脳で感じるためだ.こんなことは考えたことがなかった...

めちゃくちゃ頭がいいというのは,素晴らしいことだけれども,実は左脳と右脳のバランスを著しく欠いている状態かもしれない.記憶力が物凄くいいとか,絶対音感があるとかも同様だ.そうであれば,このブレインバランスという考え方や実践は結構身近なところで役立つのかもしれない.脳についてはまだ未解明なことだらけだろうから,知識のアップデートが欠かせない.

© 2021 Manabu KANO.

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