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「リベラルとは何か」を歴史から学びつつ,現代日本の政治的課題を考える

「リベラル」という言葉を耳にすることは多いが,その意味がまるでわからなかった(おまえら「リベラル」を定義してから話せ!と思っていた)のだが,本書「リベラルとは何か」を読んで整理できた.

おまえら「リベラル」を定義してから話せ!は正しかった.

リベラルとは何か ー 17世紀の自由主義から現代日本まで
田中拓道,中央公論新社,2020

本書では,現代のリベラルを「価値の多元性を前提として,すべての個人が自分の生き方を自由に選択でき,人生の目標を自由に追求できる機会を保障するために,国家が一定の再分配を行うべきだと考える政治的思想と立場」と定義する.

この短い定義に「自由」が2回登場する.自由主義(リベラリズム)の起点については諸説あるようだが,例えば,ジョン・ロックは,すべての個人は生まれながらにして神から与えられた不可侵の自然権を持っていると説いた.それらは,生命,健康,自由,財産であり,国家(政府)は自然権を侵害してはならないとされた.そのために,国家は法で制約される.

本書では,リベラルはおよそ3つの段階を経て今日の形になったと説明されている.

第一段階は,古典的自由主義からリベラルへの転換であり,19世紀末から20世紀初めにかけて,経済的自由主義(経済成長を何よりも優先させる)を修正し,個人の自由な生き方を保障するために国家が分配を行うべきだとするリベラルな思想が登場した.17世紀以来の近代の自由主義が,商工業ブルジョワジーの利益を代弁するものとなり,経済的自由ばかりを唱えるようになったことを批判したわけである.第二次世界大戦後,リベラルな思想は先進国に幅広く受け入れられ,ケインズ主義的福祉国家として導入されていった.

第二段階は,文化的リベラルの登場であり,都市部の中産階級が増えるに従って,国家(による分配) vs 市場(への盲目的信頼)という対立軸に加えて,リベラル vs 保守という対立軸が登場した.リベラルは,価値の多元性(みんな違ってみんな良い)を重視し,経済成長を最優先する政治を批判した.この背景に新自由主義がある.新自由主義は,国家による画一的な分配は個人の自由に対立するものだと批判し,自由な市場を強く擁護した.1980年代に,アメリカではレーガンが,イギリスではサッチャーが実践し,日本でも中曽根,橋本,小泉らの政権が新自由主義的な政策を推し進めた.結果的に,経済的格差は増大し,社会的弱者への支援は減らされた.

第三段階は,1990年代以降の急激なグローバル化に影響された現代リベラルへの変容である.ここでリベラルは,個人の抱える多様なリスク(新しい社会的リスク)に国家がきめ細かく対応することを求め,国家による分配政策と再び結びつくようになった.グローバル化の影響を受けて,先進国ではインサイダー(正規雇用など生活が安定した人々)とアウトサイダー(非正規雇用など生活が不安定な人々)の二分化が進み,アウトサイダーが増大した.先進国では,そのような人々を労働に向かわせるために,新自由主義の延長線上に,「働かざる者食うべからず」を信条とするワークフェア競争国家が唱えられた.

2000年代に入ると,ワークフェア競争国家と現代リベラルに対峙する第三極として,排外主義ポピュリズムが存在感を増してきた.排外主義ポピュリズムは,移民排斥を掲げ,自国生まれの市民への手厚い保護や福祉を求める.国家による分配を求めるという点では現代リベラルと共通点があるが,多様な文化の共存やライフスタイルの自由な選択を重視する現代リベラルとは文化的価値観が異なる.

本書では,3者の関係が下図のようにまとめられている.

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本書では,「リベラルのジレンマ」という問題が取り上げられている.

リベラルな社会では,人種などに関係なく平等なサービスの提供を目指す.ところが,移民や難民が増えると,そのような政策が支持されなくなる.国家による再分配が,自分たちではない「彼ら」の利益にしかならないのに,そのコストを「我々」が負担するのは不公平だという理由からだ.つまり,リベラルな政策を推進すればするほど,その政策は支持を失う.そうすると,このような政策を長期的に維持することは難しい.これが「リベラルのジレンマ」である.

この「リベラルのジレンマ」は実際に観測されるのだが,その程度は国によって大きく異なる.福祉制度が選別的である(弱者=受益者=「彼ら」を狭く限定する)ほど連帯意識が作られにくく,人々は分断され,差別感情を抱く.逆に,福祉制度が普遍主義的であるほど,つまり公的福祉の給付水準が高く,低所得者のみならず中所得者も受益者となるような福祉制度を持つ国では,より広範囲の市民がリスクと負担を共有するため,連帯意識が作られやすい.前者はアメリカやイギリス,後者はスウェーデンなどに代表される.

日本では生活保護叩きが盛んだがーしかも政治家が率先してやっているのには呆れるがー,このような事実はとても参考になると思う.

自分の考えを整理するのに役立ったし,とても勉強になった.

© 2021 Manabu KANO.

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