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「ドキュメント 戦争広告代理店〜情報操作とボスニア紛争」があまりに強烈だった

衝撃を受けた.民間のPR(Public Relations)会社が,メディア,議会,政府に働きかけ,国連加盟国を国連から排除するところまで仕掛ける.ありとあらゆる情報は意図を持って(誰かの利益になるように巧みに操作されて)流されていることを改めて実感させられた.

本書は,ソ連崩壊後,ユーゴスラビア連邦から共和国が相次いで独立する中,セルビア(≒ユーゴスラビア連邦)と対峙したボスニア・ヘルツェゴビナが,まったくの無関心だった欧米諸国を味方に付け,遂にはセルビアがならず者国家であると国際社会に認めさせるに至る過程において,アメリカの大手PR企業であるルーダー・フィン社の担当者らが果たした役割を述べている.

ドキュメント 戦争広告代理店〜情報操作とボスニア紛争
高木徹,講談社,2005

セルビアの攻撃にさらされ,国際社会からの支援を熱望するボスニア・ヘルツェゴビナだが,石油があるわけでもない小国にアメリカの誰も関心を示さない.クエートやイラクとは訳が違う.ボスニア・ヘルツェゴビナの外務大臣であるハリス・シライジッチは,ルーダー・フィン社にPRを依頼する.

アメリカ政府を味方にしたければ,米国世論を動かせ.世論を味方につけたければ,メディアを動かせ.それがベーカー長官のアドバイスだった.

「ボスニア・ヘルツェゴビナには、CNNのクルーは入っているのですか?」

西側の主要なメディアを使って欧米の世論を味方につけることが重要だ.

複雑な歴史とかそんなものに世論は興味を示さない.キャッチコピーで世論は動く.ボスニア紛争で,ボスニア・ヘルツェゴビナに雇われたルーダー・フィン社のジム・ハーフが目を付けたのが「民族浄化」という言葉だった.このとき初めて誕生した言葉ではなかったが,その言葉は自動的にホロコーストを思い出させ強烈な印象を残した.セルビア側の行為を非難するときだけに使われた非対称な言葉でもある.

そして「強制収容所」.実際にアウシュビッツに比肩するような強制収容所が存在したことは確認されていない.しかし,強制収容所という言葉にメディアは過剰なまでに反応し,セルビアは極悪非道であると断じられた.

最終的に,ユーゴスラビア連邦は国連から追放され,セルビアのミロシェビッチ大統領は完全な悪者として旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷で裁かれることとなった.

世界は民族紛争で溢れている.

唯一の超大国となったアメリカの注目を最も集めることができるのは,どの地域の紛争か.民族紛争が世界各地で頻繁に起きる時代において,紛争に苦しむ地域同士のPR競争が起きていた.

ボスニア紛争でのPR会社の役割を丹念に明らかにしながら,著者は日本の政治家や外務省のPR能力についても言及している.

日本の外交当局のPRセンスはきわめて低いレベルにある.これは構造的な問題である.・・・日本のように大学を卒業してすぐに外務省に入り,一生その中で生きていく外交官が大半,というやり方では永遠に日本の国際的なイメージは高まらないだろう.・・・現在の硬直しきった役所の人事制度を根本から変革しないかぎり,二十一世紀の日本の国際的地位が下がる一方になことは,はっきり予見できる.

© 2021 Manabu KANO.

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