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「科学の最前線を歩く」

東京大学教養学部の「知のフィールドガイド」シリーズ.最初に読んだ「生命の根源を見つめる」(主に自然科学系)がとても面白かったので,次に「異なる声に耳を澄ませる」(主に人文科学系)を読み,さらに本書「科学の最前線を歩く」(自然科学系)を読んだ.広範な話題を扱っているので,全部に興味を持つ必要はなく,いくつか面白く感じるものがあれば良いと割り切って読むのがいいだろう.

科学の最前線を歩く
東京大学教養学部,白水社,2017

本書の紹介文を紹介しておく.

流動性を増す現代。その課題に応えるはずの学問も複雑化し、なにを知るべきかを見定めることさえ難しい。いっぽう、「学問の社会還元」を合言葉にするかのように、とかく手早い成果が求められる。しかし、異質なもの、未知との遭遇は避けられないからこそ、長い目で事象をとらえる力が必要ではないか。

本書は、東京大学教養学部がこの問題意識に向き合うべく、高校生、社会人向けに開講する公開講座「金曜特別講座」を書籍化したもの。・・・「科学の最前線を歩く」では、ノーベル物理学賞受賞の梶田隆章氏をはじめ、学内外の研究者による講義を収録。異なるアプローチで事象を読みとくうち、学問領域の有機的つながりを実感できるだろう。情報が溢れる時代に、偏らない知識を摂取し、真理を探究し続けることの意義を考える。

自分が興味を持った部分を取り上げておく.

1つは,五十嵐氏の「きのことカビとバイオマスと」.昔々,きのこがリグニンを分解できる酵素であるペルオキシメーゼを獲得し,それまでリグニンを用いた強固な細胞壁で微生物を跳ね除けて地球を制覇していた超大型シダ植物を絶滅させた.こうして石炭紀が終わった.ちなみに,リグニンを手に入れるまでの植物は,細胞壁が弱いために高さ方向に成長することができず,地を這うばかりだったようだ.

もう1つは,佐々木氏の「宇宙で電気をつくる」.宇宙太陽光発電システム(SSPS)の研究についてだ.宇宙空間で発電し,マイクロ波で衛星から地上のアンテナに送電するのだが,これ,ちょっと軸がずれたら対地球破壊兵器なわけで,昔々この話を聞いたときにはソーラレイを思い浮かべた.今も研究が続けられているが,規模とコストが非現実的で実用化は遠いようだ.

他にも,肌の老化の象徴である皺(しわ)ができるメカニズムを工学的に明らかにする「美肌の力学」も面白かった.座屈と呼ばれる物理現象を肌にあてはめて,年齢と共に角層,表皮層,乳頭層,網状層,脂肪層の厚みとヤング率が線形に変化することを仮定して有限要素法でシミュレーションを行い,「お肌の曲がり角」を再現したという研究が紹介されている.

こういう本を読んで,自分の興味がどこにありそうかを探るのも良いと思う.

目次

「知識」から「教養」へ 石井洋二郎

I 生を見つめなおす
時間とは何だろう―ゾウの時間 ネズミの時間 本川達雄
近代科学と人のいのち 渡部麻衣子
死後の生物学 松田良一
歴史の謎をDNAで解きほぐす―リチャード三世とDNA 石浦章一
植物はなぜ自家受精をするのか―花の性と進化 土松隆志
iPS細胞からヒトの臓器をつくる―再生医療実現のための工学 酒井康行

II 自然の叡智に学ぶ
飛行機はどうして飛べるのか―未来の航空機を考える 鈴木真二
柔らかいロボットをつくる―粘菌に学ぶ自律分散制御 梅舘拓也
匂い源探索ロボットをつくる―昆虫科学が拓く新しい科学と技術 神崎亮平
きのことカビとバイオマスと―微生物の酵素によるバイオマス利用 五十嵐圭日子
宇宙で電気をつくる―宇宙太陽光発電と地球のエネルギー問題 佐々木進

III 日常に寄り添う
ヒトのこころの測定法 四本裕子
音の科学・音場の科学 坂本慎一
美肌の力学―工学でシワを予測する 吉川暢宏
建築のデザインという学問 川添善行
ネコの心をさぐる―比較認知科学への招待 齋藤慈子

IV 宇宙の根源を問う
超新星ニュートリノで探る大質量星の最後の姿―超新星爆発 川越至桜
素敵な数、素数 寺杣友秀
地球と生命の共進化―多細胞動物の出現とカンブリア爆発 小宮 剛
宇宙のかたち―数学からのチャレンジ 河野俊丈
ニュートリノの小さい質量の発見 梶田隆章

あとがき 松田良一

© 2021 Manabu KANO.

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