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本の紹介・読書の記録

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記事一覧

ランセット委員会報告を読んで「科学的に正しい認知症予防講義」を受講する

認知症の中でも特に患者数が多く,これからの高齢化社会でますます増えると危惧されているアルツハイマー型認知症を取り上げ,その発症原因となるリスク因子を指摘するとともに,著者が開発した「とっとり方式認知症予防プログラム」で採用されている認知症予防方法を解説している. 現状,認知症を治療して元の状態に戻すことはできず,症状の進行を遅らせるのが精一杯である.このため,とにかく認知症にならないことが重要であり,そのための認知症予防を実践する必要がある.本書が取り上げているのは,治療で

「聖地サンティアゴへ、星の巡礼路を歩く」

サンティアゴ・デ・コンポステーラ(Santiago de Compostela)に行くことになった.9世紀に聖ヤコブ(スペイン名:サンティアゴ)の墓が発見されて以来,エルサレム,ローマと並ぶキリスト教三大聖地のひとつとされ,「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の終着地でもある.ずっと行ってみたかったのだが,ようやく機会が訪れた.そんなわけで,巡礼路を歩くわけではないが,予習をかねて,本書「聖地サンティアゴへ、星の巡礼路を歩く」を読んでみた. 星の巡礼路とも呼ばれる「

熊爪の「ともぐい」

直木賞受賞作.北海道の山奥で一匹の忠実な犬と共に一人で暮らす猟師・熊爪の生き様を描く.狩って解体した獲物の肉や毛皮,それに山菜などを売るときだけ町に下りるが,他の人間との交流を厭い,商人・良輔とその近しい者とのみ関係を持つ.兎や鹿も狩るが,熊爪にとって特別な存在は熊だ. 冬眠しなかった穴持たずとの闘い,強い赤毛との闘い,みずからの負傷,露西亜との戦争に向かう社会の中で変わりゆく人々,陽子,それらのなかで生き方と死に方を決めていく熊爪. とても良かった.ともぐい. © 2

「成瀬は信じた道をいく」が面白い

めちゃくちゃ楽しい.面白い. 自由奔放そのもの.でも,「自由」を曲解して迷惑行為を平気でする下賤な輩とは違う.やりたいことをやるが,その方向性が愉快だし,人の役に立とうという想いが根底にある. 「成瀬は信じた道をいく」は,本屋大賞を受賞した「成瀬は天下を取りにいく」の続編で,舞台は滋賀県,というか大津市だが,滋賀県民でなくても楽しめる. まだ読んでいない人には,「成瀬は天下を取りにいく」から読むことを勧めたい.順番に読まないと,ゼゼカラの意味がわからないから. © 2

重度障害を持って生きる女性を描く「ハンチバック」

芥川賞受賞作ということで「ハンチバック」を読んだ.ハンチバックといえば,ディズニーの「ノートルダムの鐘」(The Hunchback of Notre Dame)を思い出す.いずれも容姿が取り上げられているわけだ. 本書は重度の障害を持つ女性が主人公の小説だが,著者の市川沙央氏も幼少期に難病の筋疾患先天性ミオパチーと診断されており,重度障害を持って生きている当事者である. 健常者として(あちこち悪いところはあるものの)ぼーっと生きている身として,考えさせられる内容だった.

「核融合エネルギーのきほん」を学ぶ

核融合には期待している.いつ実現するかはわからないけれども.再生可能エネルギーとして,太陽光や風力は既に利用されているが,日本国内の状況を見ると,ソーラーパネルによる自然破壊が横行しており,人間の愚かさしか感じない. 本書「核融合エネルギーのきほん」を読んで,核融合発電の実現に向けた現在の状況をおおよそ把握することができた. 核融合の実現に向けて,いくつもの方式が検討されている.トカマク,ヘリカル,レーザーなど.最も研究開発が進展しているのがトカマク方式で,核融合エネルギ

「実力も運のうち 能力主義は正義か?」

有名大学に合格した学生が,合格したのは自分の才能と努力のおかげであり,自分の才能と努力は賞賛されるに値すると考える.金儲けに成功した人が,成功したのは自分の才能と努力のおかげであり,自分の才能と努力は賞賛されるに値すると考える. より一般的に,自分自身の成功は,幸運や恩寵によるものではなく,自分自身の努力にって獲得するものである.富や名声や権力を自分の力で手に入れた自分は,それらにふさわしい人間である. こういう能力主義(メリトクラシー,功績主義)的な考え方に反感を抱く人が

「日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?」その原因を探る

日本社会全体の出生率を動かすのは「大卒かつ大都市居住かつ大企業正社員か公務員」というキャリア女性ではない.非大卒であったり,地方在住であったり,中小企業勤務や非正規雇用であったりする女性が圧倒的多数であり,彼女らが置かれた状況や態度,意識などを中心に考えてこなかったため,日本の少子化対策は失敗してきた. このように家族社会学者を名乗る著者は指摘する. さらに,日本の少子化対策が失敗してきた原因として挙げられているのが,国民性が日本とはまったく異なる欧米各国の少子化対策を真

AI 2041:人類は人工知能をうまく扱えるか?

とても面白く刺激的な思考実験小説と技術解説だ.生成AI・基盤モデルが劇的な進化を遂げる今,自分の頭だけで考えられることなんて僅かだが,こういう本などを読んで刺激を受けたうえで,色々と考えてみることは大切だろう.果たして,20年後の人類社会はどうなっているのか.人類は人類の幸福のために人工知能をうまく使えるだろうか. 本書「AI 2041 人工知能が変える20年後の未来」は,人工知能に関連する技術を取り上げて,合計10個の小説として20年後(2041年)の未来社会を描いている

日本人を拘束し破滅させえる「空気」の研究

空気を読まないと非国民扱いされる日本で,皆が空気を読んで責任を空気に押し付けて,空気に支配された自分は免責されて当然と考える.誰も責任を取らない.それで敗戦もしたわけだが日本人は懲りていないし学んでもいない. 戦艦大和の沖縄戦特攻出撃の決定に関与した誰もが無謀な負け戦だと知りながら,実際サイパン陥落時には合理的判断にて出撃させなかったにもかかわらず,なぜ戦艦大和を沖縄戦に出撃させたのか.それは,サイパンのときにはなく沖縄のときには生じていた「空気」によるものだという. こ

「汝,星のごとく」という小説

生きるのって複雑だなと改めて強く思った.辛くもあるけど,とても良かった.プロローグで???状態になったが,そのわけがわからないプロローグの意味も最後まで読むとわかった.汝も星もわかった.もっと早くそこに行き着けたのかもしれないけれど,そうはいかないのが人生なのだろう. いつになったら,あなたは自分の人生を生きるの? いざってときは誰に罵られようが切り捨てる. もしくは誰に恨まれようが手に入れる. そういう覚悟がないと,人生はどんどん複雑になっていくわよ. 自分は本当に恵

情報科学に欲望を託す「デジタル・ナルシス」

元々1991年に出版された古い本だ.当時私は大学生だったが,インターネットが一部の人達に使われ出した頃で,ほとんどの人はまだ電子メールの存在すら知らなかった.エキスパートシステムに代表される第2次人工知能ブームが下火になりかけた頃とも言えるだろう. だから,いまどきの生成AIなどは一切登場しない.先端的な技術論ではなく,本書「デジタル・ナルシス」が取り上げるのは,現代の情報化社会を切り開いた情報科学のパイオニアたちの生々しい生き様だ. 本書では6人の研究者が取り上げられて

「成瀬は天下を取りにいく」

高校(滋賀県立石山高等学校)の同級生たちが,懐かしい場所とかいっぱい出てくるよ,読んだ読んだ,と盛り上がっていたので,図書館で借りて読んだ.とても人気があるようで,京都市立図書館では100人以上の予約待ちで,予約してから借りるまでに9ヶ月かかった. 自分は滋賀県で育ったと言っても,実家は草津なので,大津に思い入れがあるわけではない.高校も石山なので,成瀬の膳所とは違う.それでも,西武大津店の閉店だとか,外輪船のミシガンだとか,近江神宮のかるた大会だとか,そういうのもあったな

「集団の思い込み」を打ち砕く技術を身に付けよう

声の大きな人:「〇〇するでしょ!」 普通の人1:(私は■■がいいと思うんだけど,みんなは〇〇だって考えてるだろうな.) 普通の人2:(声の大きな人が〇〇だって言っているし,みんなも〇〇だって考えてるのかな.私は■■すべきだと思うんだけど.) 普通の人3:(やっぱりみんな〇〇しようと思っているのかな.私は■■だと思うのだけれど.) 集団への忖度の結果,全員が〇〇する.声の大きな,おかしい人を除いて,誰も〇〇が良いなんて思っていないのに... これが本書「なぜ皆が同じ間違いをお