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本の紹介・読書の記録

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記事一覧

情報科学に欲望を託す「デジタル・ナルシス」

元々1991年に出版された古い本だ.当時私は大学生だったが,インターネットが一部の人達に使われ出した頃で,ほとんどの人はまだ電子メールの存在すら知らなかった.エキスパートシステムに代表される第2次人工知能ブームが下火になりかけた頃とも言えるだろう. だから,いまどきの生成AIなどは一切登場しない.先端的な技術論ではなく,本書「デジタル・ナルシス」が取り上げるのは,現代の情報化社会を切り開いた情報科学のパイオニアたちの生々しい生き様だ. 本書では6人の研究者が取り上げられて

「成瀬は天下を取りにいく」

高校(滋賀県立石山高等学校)の同級生たちが,懐かしい場所とかいっぱい出てくるよ,読んだ読んだ,と盛り上がっていたので,図書館で借りて読んだ.とても人気があるようで,京都市立図書館では100人以上の予約待ちで,予約してから借りるまでに9ヶ月かかった. 自分は滋賀県で育ったと言っても,実家は草津なので,大津に思い入れがあるわけではない.高校も石山なので,成瀬の膳所とは違う.それでも,西武大津店の閉店だとか,外輪船のミシガンだとか,近江神宮のかるた大会だとか,そういうのもあったな

「集団の思い込み」を打ち砕く技術を身に付けよう

声の大きな人:「〇〇するでしょ!」 普通の人1:(私は■■がいいと思うんだけど,みんなは〇〇だって考えてるだろうな.) 普通の人2:(声の大きな人が〇〇だって言っているし,みんなも〇〇だって考えてるのかな.私は■■すべきだと思うんだけど.) 普通の人3:(やっぱりみんな〇〇しようと思っているのかな.私は■■だと思うのだけれど.) 集団への忖度の結果,全員が〇〇する.声の大きな,おかしい人を除いて,誰も〇〇が良いなんて思っていないのに... これが本書「なぜ皆が同じ間違いをお

「2050年の世界」はどうなっているか:未来を予測するための考え方を学ぶ

私は未来を想い描くのがとても苦手なので,バックキャスティングしろ!とか言われると非常に困ってしまう.著者のヘイミシュ・マクレイは,わからないものはわからないとしつつも,今手に入る手掛かりをもとに,ありえそうな未来を描きだす.ヘイミシュ・マクレイが描く未来の世界の姿になるほどと思いつつ,その想い描き方が非常に参考になった.深刻化する環境問題や紛争を見れば悲観的になって当然に思えるが,著者は根本で人類を信じており,明るい未来を見ている.そこも良かった. 未来を予測するときに,ま

自分の「エンド・オブ・ライフ」をどうしたいか

終末期医療に関するノンフィクションで,京都の診療所が舞台のひとつ.色々と感じるし,考える.とても良かった.人は生きてきたようにしか死ねない.家族への向き合い方や自分の生き方について色々と考えて実行せねばと改めて強く思った. 本屋大賞 2020年ノンフィクション本大賞 受賞作. 看取りのプロフェッショナルとして,死を宣告された患者とその家族が,患者の人生の最後のときを願う通りに過ごせるように,在宅での終末期医療に自分の人生を捧げてきた看護師.診療所の仲間とともに,患者とその

「超デジタル世界」について考えてみる

ChatGPTなどの大規模言語モデル・生成AIが猛威を振るう前に出版された本であり,その話題はない.デジタルトランスフォーメーション(DX)やメタバースの表層的な技術紹介ではなく,ハウツウ本でもなく,ハイデガーなどの哲学も参照しつつ,社会文化に踏み込んだ考察がなされており,とても読み応えがある. 本書は日本のデジタル敗戦の話題から始まる.日本がデジタル後進国となってしまった原因はどこにあるのか.他方,GAFAMを生み出し独走するアメリカはどうなっているのか,どうなっていくの

社会を激変させる「生成AI」の現状を把握する

アルゴリズムの話は一切なく,文章や画像の生成を中心に動画や音楽の生成も含めて,現時点で,どのようなツールがあって,どこまでできるのかを概観している.文章ではChatGPT,画像ではStable Diffusion,など.その上で,将来の教育や仕事についての展望が示されている. 著者は「新サービス探検家」を名乗るライターだが,こういう新技術に飛びついて試してみるのは楽しいだろうと思う.数式は一切出てこないし,読みやすく書かれているので,生成AIに詳しくないユーザが読むのに適し

「世界のエリートがやっている最高の休息法」を試す

科学研究の成果を引用しつつ,マインドフルネスについてストーリー仕立てで解説している.まずはマインドフルネス呼吸とムーブメント瞑想から.「いま」「ここ」に自分の意識を向ける.実行あるのみ. 著者は,イェール大学医学部精神神経科を卒業した医師(アメリカ神経精神医学会認定医)であり,医学博士でもある.研究と臨床の両方の経験があるため,書かれている内容にも説得力がある. 重要なのは,体を休めるのと脳を休めるのはまったく別物であると認識することである.体が疲れているなら,何もせずに

「14歳からのパレスチナ問題」でイスラエルとパレスチナの歴史を学ぶ

英仏がオスマントルコの領土を掠め取りたいために中東を勝手に切り裂いてイスラエル建国を認めたうえに,米が率先してイスラエルのやりたい放題を黙認しイスラエル非難の安保理決議はことごとく拒否権で潰して,国際社会はパレスチナの言い分や窮状を無視して今に至る,とすれば一体どうしろと.救いがない. 本書「14歳からのパレスチナ問題」では,14歳からのという枕詞に意味があるかは置いておくとして,副題「これだけは知っておきたいパレスチナ・イスラエルの120年」にあるように,パレスチナとイス

バイブル「モルトウイスキー・コンパニオン」で最高得点を獲得したウイスキーは?

本格的にウイスキーを飲み,勉強するなら,どこかのタイミングで手にする本だろう.バイブルと言える. Michael Jackson's Malt Whisky Companion 本書「モルトウイスキー・コンパニオン」の初版は1989年に出版されてベストセラーになった.その著者であるマイケル・ジャクソンは2007年に亡くなったが,彼の遺志を継いで,ドミニク・ロスクロウとギャビン・スミスによって2015年に出版されたのが,この改訂第7版である.改訂第7版の日本語訳は2021年

「お酒の経済学」的側面を学ぶ

日本酒,ビール,ウイスキー,焼酎,そしてRTD (Ready to Drink)に分類して,国内市場・海外市場の動向を解説し,人口減少と高齢化で市場としての将来性がない日本市場に依存せず,日本の酒類メーカーがどのようにして生き残っていくべきかを論じている. 最も厳しいのは,国際的に高い評価を得られていない焼酎っぽい.第3次ブームが去ったとはいえ,日本国内では引き続き強いが,国内市場は成長しないので. なお,RTDとはチューハイやサワーのことである.業界用語らしい. 色々

「短くて恐ろしいフィルの時代」に独裁者誕生の瞬間を見る

荒唐無稽な物語.実に馬鹿らしい. そのハチャメチャな話の中に,過去に存在した,そして現在も存在する様々な独裁者がどのようにして生まれたのか,どのように振る舞ったのか,人々がどのように独裁者を生み出したのか,どのように接したのかが,鋭く描かれている.荒唐無稽な物語だが,面白可笑しいが,深刻でもある. この本「短くて恐ろしいフィルの時代」を随分と前に図書館で予約して,ようやく読んだのだが,なぜこれを予約したのか(読もうとしたのか)が思い出せない.著者がブッカー賞受賞者だったか

「意外と知らないお酒の科学」を学ぶ

ウイスキーについてはかなり勉強したが,お酒全般についてはよく知らない.そこで,たまたま検索に引っかかった本書「意外と知らないお酒の科学」を読んでみた. 国内外の様々なお酒の種類や作り方が紹介されているのはもちろん,様々な酒器の説明などもあって,なかなか珍しい本だと思う. なお,この本は癖が強い.かなり強い. 例えば,純米酒と醸造酒の違い.これらの違いについては何となく知っている人もいるだろう.醸造酒は純粋に米と麹のみから作られるのではなく,醸造アルコール(米を発酵させて

「グッド・ウイスキー・タイム」で楽しく学ぶ

元宝塚娘役トップで,自分のバーを長らく経営している新谷さんによるウイスキーの解説本.初心者向けで,とてもわかりやすく書かれている.ウイスキーを飲み始めた人やウイスキーがちょっと気になる人が気軽に読めると思う.マンガやイラストも多いので. これからウイスキーを学ぼうとする人の1冊目として良い本だと思う. ウイスキーの好みを表現するために,あるいはウイスキーの香りと味の特徴を区別するために,本書では一貫して,「フルーティーテイスト」,「ミディアムテイスト」,「スモーキーテイス