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165/366 【ショートショート】 てるてる坊主の願いごと (後編)

***

「坊主、坊主」

誰だい僕を呼ぶ奴は。

「坊主!晴れたぞ!みてみろ」

え?は?

なんてこった。僕はいつの間にか眠ってしまったらしい。

慌てて目を開けると、目の前には薄青色の空が広がっていた。

雲ひとつない、って言えたら良かったけど、そこまでではない。うっすい綿雲があちこちに浮いている。

「日焼けしたくないママたちの願いもついでに叶えたんじゃろ」

てるてるおんじが笑う。

「胸を張れ、坊主。お前のおかげで、ショウ君もパパもママも、最高の1日を過ごせるんだ」

「僕、役に立てたのかな?」

突如、てるてる坊主は不安に駆られた。なんせ自分は浅い時間に少し祈って、それからずっと居眠りしていただけなのだ。職務放棄、怠惰、サボタージュ。脳裏に浮かぶそんな言葉が、坊主を執拗に責め立てる。

おんじは目尻のしわを深くして、断言した。

「当たり前だ。坊主がいなかったら、予報通り雨だっただろうさ」

それを聞いた坊主の顔がぱあっと晴れ渡る。

そうだそうだ、てるてるたるもの、そうでなくては。おんじは大きく頷いた。

ガラリとベランダのサッシが開き、ブルーのストライプのパジャマ姿の少年が身を乗り出した。

「お母さん!お父さん!みて!晴れたよ!」

「... まだ6時だぞ... せっかく席取りが禁止されたっていうのに...」

身体も心も前のめりな少年の背後に、ボサボサ髪の若いパパが現れる。

「お。完全無欠の晴れだ。てるてる、やるなあ」

「お父さん、てるてるも一緒に連れて行っていい?今日のコーローシャだもん!」

「そんな言葉どこで覚えた?」

「お母さんが言ってた。今日一番頑張った人ってことでしょう?」

「お母さんが?そうか。天気予報を覆したんだもんな。確かに一番の功労者だ」

「じゃ、下ろさなきゃ。お父さん、よろしくね」

「えええ?ったく、どいつもこいつも人使いが荒いんだから...」

ぶつくさ言いながらも、青年のような若い父親はてるてる坊主を軒下のポールから外していった。

***

「良かったな、坊主」

おんじはその姿をじっと見送り、それから視線を空に転じた。

薄い薄い水色の空。これから一気に色は濃くなり、やがて爽やかな五月晴れの大空が広がるだろう。

スカイブルーの空が、爺やの背後のサッシに反射する。ガムテープで「米」型に補強されたサッシ。ノリの跡が黒ずんでいる。

数年前の台風の時、「念の為にね」と言いながら老夫婦が貼って以来、そのままになっている。

それから数ヶ月後、老夫婦は引っ越していった。

もう、自分が何の日の晴れを願っていたのかすら忘れてしまった。やっぱり運動会だったのだろうか?

老夫婦の娘さんの結婚式?

お孫さんの節句?

随分と前だったことだけは確かだ。

おんじが祈ったハレの日は、文字通り晴れた。サッシの向こうで華やぐ声がひとしきり聞こえ、そして消えた。まだ若かったおんじを置いて。

あれからもうどれくらい経ったろう。

それでもてるてるおんじは満足している。

両隣に坊主が現れる度に、彼らと一緒に祈り続ける。

坊主らは大概一晩で消えていく。どこへ行くのか、おんじには分からない。

だがこのベランダから見える雨の後の空以上に美しい景色など無い、とおんじは確信している。

それにしても寄る年波にはかなわないな。少し休むとしよう。

遠くで旗火の乾いた音がする。数時間後には徒競走のピストルの合図も聞こえてくるだろう。

ショウ少年、頑張れよ。

うつらうつらとしながら最後に一言エールを送り、おんじは目を閉じた。

***

続きは、またいつか。


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