【33】遠くまで行きたければ、みんなで進め
「早く行きたければ、一人で進め。遠くまで行きたければ、みんなで進め」
2021年、岸田文雄首相が所信表明の際に引用したことで注目を集めたことわざです。アフリカのことわざだと言われていて、アメリカでは政治家や起業家が引用することが多いことわざとしてもよく知られているそうです。
この場合の「遠くまで行く」は比喩で、要は、みんなで進めば一人では辿り着けないようなところまで行ける、ということ。
おそらくそれは真理であると感じる人が多いからこそよく引用されているのでしょうし、今、これを読まれている皆さんも、「なるほど、よく言ったものだ」と感じている人が大半なのではないでしょうか。
では、なぜみんなで進むと遠くまで行けるのでしょうか?
助け合うことができるから? 協力し合うことができるから? 欠点を補い合いながら進むことができるから?
…きっとどれも正解なのでしょうが、動作学のレンズを通して見ると明快な答えが一つあります。
その答えは、「みんなで進むと『創発』が起こるから遠くに行ける」。
逆に言うと、「創発」が起こらなければ、たとえみんなで進んでもそこまで遠くには行けないのです。
なぜ創発が起こると遠くへ行けるのか
なぜ創発が起こると遠く行けるのか? 逆になぜ創発が起こらないと遠くに行けないのか? それを理解するために、まずは創発とは何かをクリアにしていきましょう。
引用したのは用語辞典の解説なのでやや難解ですが、わかりやすくいうと、三人のメンバーが集まった時、1+1+1=3というように三人の力が足されるといった単純な総和ではなく、1+1+1が50や100にもなることが創発です。
たとえば、Aさんの考えとBさんの考えがあって、二人がそれぞれ議論した結果、両者が納得するCという考えに到達することがありますよね? これはつまり、AさんとBさんの二人の間でAでもBでもない全く新しいCが生み出されたということで、まさに創発の例。こういった創発が、DさんとEさんの間、FさんとGさんの間、それぞれの間でどんどん起こることで、1+1+1の結果が50にも100にも広がるということが起こるんですね。
このような創発は生命(いのち)というシステムがより強く進化するために自然に起こること。ですから、チームや組織においても、創発が自然に起こるほどそのチームや組織は強く進化すると言えます。
創発を起こすために重要な前提
動作学が提唱している「自己進化型組織」は、まさに創発が自発的にどんどん生まれて進化成長していく組織のことと言い換えて差し支えありません(関連記事【31】 【32】)。
では、どうしたら「自己進化型組織」を作れるのか? それについては今後このマガジンで順を追って解説していく予定ですが、まずそもそもの大前提として「チームや組織は創発が起こってこそ強く進化成長できる」という肝の部分を理解しておくことが非常に重要だと考えています。
創発というのは、先にも述べたように、AとBからCという新しい納得解を導き出すというようなこと。厳密に言えば「納得解を出す」ことがイコール「創発」ではないのですが、AとBがあった時に、そこからいかにCという新しい物事を生み出せるか、という視点を持っておくと、創発は生まれやすくなると言えます。
これを組織の一員、つまり個人でできることというレイヤーで考えると、一個人としては、たとえば勝ち負け、優劣、正解・不正解の議論に陥らない姿勢が大切ということになります。議論の目的は、己の意見を認めさせること、相手の意見の弱点を指摘して論破することではなく、あくまでも納得解を出すことにある、というスタンスで臨むということですね。
また、チームや組織、つまり環境作りにおいてできることとして考えるなら、マネジメントに携わる人たちは、メンバーそれぞれがいろんな意見を出せる環境、そしてメンバーが自分たちで納得解を導き出せるような環境を作ることが大切、となります。
チームや組織において自由に意見を言えるような環境が大切であることは近年よく説かれていますが、実際問題として、多くの企業がうまく実践できていないのは、目先の効率性、生産性を重視する物事の見方から離れることができず、なぜ自由に意見を言える環境が大事なのか、つまり創発という進化成長を起こすためにはそういった環境づくりが必要不可欠なのだというところまで理解できていないからではないかと思えてなりません。
日本の社会は、「同調圧力が強い」と言われ、自らの意見を持てなかったり、言いにくかったり、という閉塞感がとかく話題になります。でも、日本の社会を構成する単位である日本の企業がそのような環境であれば、その企業の集合体である社会はそうなって当然と言えば当然です。
逆に言うと、会社、法人、団体が、豊かな多様性を認める、いろんな意見の存在が許される、そんな環境を作ることができれば、その組織の集まりである社会もまた変わるはずです。
ですから、それぞれの企業がどういう価値観に基づいて、どういう未来を作ろうとしているか? どういうふうにメンバーを扱っているか? ということは、その企業の進化成長においてだけでなく、今後の日本の社会をどう進化成長させていくか、という点においても、とても重要になってくるのです。