吉村萬壱「CF」
誕生日に、二冊の本を買った。
Twitterで一言、呟いてみた。
(「ポラード病」→「ボラード病」が正解)
すると作家さん本人から、祝辞とお礼の言葉をいただいた。
そんな素晴らしい世界に生きている。
「責任を無化する業務を行っている」と噂される大企業「CF」についての話。「CF」に様々な観点から関わる人々の群像劇となっている。
政治家の収賄も、陰惨な事件も、あっという間に風化され、被害者の悲しみすら責任の無化とともに消え去ってしまう。自らの起こした罪を無化してもらう代わりに、借金を抱えながら「CF」のビルの中で、不気味な液体を撹拌し続ける作業に従事する従業員たち。
「CFが開発した、どんな責任も無にしてしまう『トリノ』というトリートメントが世界を一変させたの。
(中略)
この『トリノ』の働きによって、犯罪者が背負った重荷が無になるのよ。これなしには、たとえ死刑になったとしても犯罪者の責任は決して消えやしない。ただCFの持つ科学力だけが、私達を自由にするの」
表紙では、街にそびえ立つ巨大なCFのビルから大量の蒸気が吹き出し続けている。
私は仕事中に、「CF」のことを考えていた。
荷物を積み込んでいた時のことだ。次の荷が運ばれてくる間、近くにある香料製造会社の建物を眺めていた。建物の上空にかかる雲と「CF」の表紙が重なり「ああ、あの会社では今、責任を無化する作業を行っているのだ」と思ってしまった。
貨物列車に乗せるコンテナに、商品を端から端まで積んでいく。ダンボールに入った12kgの商品を、計算され尽くした並べ方で、ぴっちりと、トラックの運転手さんと並べていく。合間にストレッチをしながら、「CF」のビルめいた建物を眺める。
「今自分が行っている作業こそ、それ(「CF」内で書かれる単純作業)ではないのか」と思ったりもした。
「CF」の中で働く従業員たちは、5年もすると肉体・精神ともに限界が来るという。
私はまだ大丈夫だ。
世界全体から、何か途轍もなく大切なものが刻々と蒸発しつつある気がする。至る所に鬆が入り、世界は重篤な骨粗鬆症となっていずれ瓦解するだろう。
仕事を終えて帰路に着く。信号待ちの間に、「CF」を読み終えた。
「トリノ」というSF的物質によって構成された虚構だと思っていた小説が、突如現実と地続きとなり、私の周囲に迫ってくるようだった。どこでも、誰でも、ひたすら「トリノ」を撹拌し続けるようなことを、やり続けているのではないか。
数瞬の虚脱の後、青信号が点滅し始めたので、渡らずに留まった。ほぼ暗記しているに等しいような、作者の経歴を読み直したりした。
読み終えてしばらく経ってもなお、大きな建物の向こうに雲が重なる風景に出会うと、「CF」を想う。
入院費用にあてさせていただきます。