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「臣女」吉村萬壱(再読)

 入院生活も長引くとKindle Unlimitedで読みたい本を探すのも大変になってくる。それならばいっそ購読済み電子書籍の再読を、というわけで選んだ一冊。


 主人公の不倫をきっかけに妻は精神だけではなく肉体に異常を示し始めた。徐々に巨大化していく妻と彼の世話をする主人公。排泄物の処理に苦心しつつも、彼は妻を捨てようとはしない。


 非現実感がなかった。そもそも私の現状こそ、以前の自分からは考えられないような非現実であった。強烈な頭痛で脳神経外科を受診すると、くも膜下出血で即緊急入院となった。出血のそもそもの原因は脳脊髄液減少症という、脳が浮かんでいる液が減る病気のせいであった。


 以来ベッド上安静の入院の日々を過ごしている。スマホで電子書籍を読み、Bluetoothキーボードで何かしら文章を書いて過ごしている。


 主人公の妻は思うように動けない。身体の変形・成長には激痛が伴い、肉も冷凍のまま食べるようになる。私は身動きできない身体を彼女と重ねた。先行きの見えない介護をする主人公の不安を、私の気持ちに重ねた。途中読書を中断してうとうとしていると、震度3の地震でベッドが揺れた。巨大な人に揺すられているようだった。


 最後の数ページを読んでうるうるしているところに、テレビを見ていたらしい同室の入院患者の笑い声が聞こえてきた。病棟のトイレで、「臣女」に出てくるほどの量ではないが、床に糞便がこびりついてしまっているのを見た。もちろん私が処理することはなく、当直の看護師に報告した。


 長身の私はベッドにぎりぎり収まっている。これ以上大きくなればうまく眠れなくなる。現実と「臣女」の世界を半ば意識的に混淆させながら、明日はどうやって巨大化する妻を覆い隠そうかなと考えている。ここから逃げ出そうかなと考えている。


 まだ一週間安静が続くので私は明日も病院から抜け出したりすることはなく、それぞれの病状を抱えた患者たちと同じ部屋で過ごす。トイレと洗面へ歩くことは認められているので、のろのろと病棟の廊下を歩む。主人公の妻もそのような動きであったか、と思いながら、眠る前にとりあえず便器に座ってみる。小説の中で描写されるような大量の排便はやってこない。

(了)


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