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千人伝(八十六人目~九十人目)

八十六人目 三振

三振は何事も三度失敗を重ねた。
一度振られた相手に二度振られ、三度目でようやく諦めた。
就職活動も三度落ちた後はすっぱり諦めて職に就かなかった。
借金の申込みも三人回ってことごとく駄目なら金を諦めた。
なので長く生きることは出来なかった。
しかし二度生き返った後、三度目に本当に亡くなった。
一度生き返った後は一週間、二度目の際は三日生きた。
その間に三振のしたことといえば、違う相手に三度ずつ振られたことだけだった。

八十七人目 蔵朱

くらしゅ、と読む。密かに酒蔵で産み落とされた蔵朱は、母親の血で染まった酒蔵で泣き声をあげているのを、通りすがりの酔っ払いに拾われた。記憶をなくしていただけでその酔っぱらいこそ実の父親だという説もある。
蔵朱は物心つくと、真面目に働くようになっていた元酔っぱらいと住んでいた家を破壊して家出した。道ですれ違う人らは誰もが蔵朱により暴力を受けた。無法者と交わり十代半ばで自らの生命を壊してしまうまで、蔵朱は目に入るもののほとんどを壊し続けた。唯一蔵朱に愛された少女だけは生き延び、蔵朱の子を生んだ。成長した蔵朱の子は蔵朱の破壊跡を修復することに人生をかけたが、破壊活動は十数年だったにも関わらず、修復には八十年をかけても足りなかった。

八十八人目 続編

続編は物語の続編を生きた。
完結してもなおその続きを希求される作品がある。人々の求めに応じて、物語を紡ぐ代わりに、続編を自らの人生で示した。超人の場合も、罪人の場合も、死人の場合もあったが、全てやり遂げた。続編のような生き方をしている人の例に漏れず、自分が何者か分からなくなり、行方不明となり没年は不明とされている。
しかし自分はまだ生きて何かの続編として生きている、という便りがかつての家族の元に届くことがあるという。その家族の一員として生きている者の名を添えて。

八十九人目 鬼握り

鬼握りはかつて鬼をその手で縊り殺したというほどの巨大な手を持っていた。
日常生活には不便なその手では想い人の手を握ることも、懐いてくる小動物を撫でることも出来なかった。
かつて縊り殺したことになっている鬼も、幼少の頃からの遊び友達であった。殺すつもりなどはなかった。じゃれあいの最中に鬼の息が止まっていることに気付くのが遅れたのだ。それほど夢中になって遊んでいた。
鬼握りは晩年自ら腕を斬り落とした。「遅すぎた」と一人呟きながら。

九十人目 時枯らし

時もあまりに時間が経ちすぎると歳を取る。歳を取りすぎると枯れる。枯れる頃には人となっている。時枯らしは同胞を作りたくて、まだ年若い時間を枯らそうとする人である。
いつまでも遊んでいたいと思う子どもや、まだまだ頑張れると自分では思っている壮年に取り憑いて、一気に彼らの体感時間速度を早めて老けさせたりする。それくらいのことで時枯らしの同胞になれるわけではないが、年々時枯らしによる被害は増えている。老年のような目で遊ぶ子どもの数が目につくようになったのはそのせいである。


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