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今村夏子「星の子」

そもそも今村夏子を読むきっかけとなったのは、しばらく前に見たTwitterのタイムラインだった。誰かが「星の子」を読んでいるのを見て興味を持った人が読み始めた。呟きの詳しい内容は忘れたが、数珠つなぎされていく様子を見て自分も読みたくなった。そのうちの一人の方は、「星の子」に影響を受けた小説を書き始めてもいた。私も「あひる」を読んだ直後に「千人伝」を書き始めた。彼女の作品は人の創作意欲を刺激するようだ。

文庫版に収録されている小川洋子氏との対談で、彼女が小説を書き始めたきっかけのことが書かれている。ホテルの清掃の仕事をしていた彼女は(「むらさきのスカートの女」のように)、閑散期に「明日休んでくれ」と頼まれる。ぽっかりと空いた一日に、彼女は「小説でも書いてみよう」と思って書き始めたのだという。

そうして書かれた「こちらあみ子」が太宰治賞を受賞する。
日頃から小説を書こう、書くならこんなものを書こう。書くためにこんなことをして、こういう準備をして、このような文体で、構成で、ラストはこうで、というように書かれたわけではない小説は、人の脳を通り越して魂に響き、多くの人の感受性を一段階上げた。

「星の子」はマルチか新興宗教かにはまっている両親の元で生きる少女が主人公で、彼女の姉は既に家から逃げ出している。
細かいストーリーの説明は省く。
私はこの本のラストを、お風呂上がりの息子の髪の毛にドライヤーをかけながら読んでいた。時折ドライヤーを止めて書見台に挟まった本のページをめくった。私は言葉に出来ないような感動をこのラストシーンで感じた。眼から涙はこぼれなかったが、体の中で血液が涙に変わっているような感覚だった。このように美しいラストシーンはこれまで読んだことがなかった。美しいだけでなく恐ろしくもあり、救いもあるのかないのか断定は出来ないが、私は唖然とした顔をしながらも、何故か自身が救われた気になっていた。早くドライヤー終わらせて、と息子に怒られた。

息子とプラレール遊びをする際に、機関車トーマスに出てくるキャラクターたちを演じる時がある。力持ちのゴードンが急行列車を飛ばしすぎてトーマスとぶつかり、両方脱線してしまう。ジェームスに過剰な数の貨車が連結され、トップ・ハム・ハット卿が全員叱り飛ばす。息子主導で進むトーマス劇は、時に収拾がつかなくなり、ひたすらゴードンが乱暴なままだったり、ジェームスの仕事量は過剰なまま減らなかったりする。行き詰まったシナリオをどうするかというと、何事もなかったかのように、息子は違う話を始めるのだ。
「次は新幹線!」などと言って、トーマス一行を丸ごと片付けたりもする。
どのようなシナリオも物語も、理想的な終わりを迎えることは難しい。誰かにとってはすっきりするラストも、別の人にとっては納得出来ないものかもしれない。
ただ、「星の子」のようなラストを迎えることが出来れば、うちの息子のシナリオ術も行き詰まることはないのではないだろうか。ジェームスも納得して仕事をし、ゴードンも感動しながら暴走するだろう。

何を言ってるんだ。

巻末対談にて、今村夏子氏に聞きたいことや創作の裏側の話を、小川洋子氏が大いに引き出してくれているので、文庫版がお勧め。


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