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筒井康隆「驚愕の曠野」(再読本)

 筒井康隆の実験的な小説の一つ。地獄のような世界で、女性教師が子供たちに読み聞かせる物語、という体裁で、第332巻から第335巻までが語られる。それ以前の話はない。途中から始まり、335巻の次は599巻。その後は断片的な文章で、途中で始まり途中で終わっていく。物語外人物であった教師はやがて作中に出てくる怪物の一匹として現れる。

 ある惑星での文房具とイタチの戦いを書いた「虚航船団」。
 リアルタイムで進行する物語「虚人たち」。
 インターネットでの読者の反応を連載中に反映させていった新聞連載小説「朝のガスパール」。
 一文字ずつ使える言葉が消えていく「残像に口紅を」。

 そういった筒井康隆の作品を高校時代に読破していたので、小説というのは何でもありという認識になった。小説に限らず「○○とは何々である」という類の言い方、考え方には反発を覚えた。型にはまった作品でもいいものはいくらでもあるが、敢えて最初から型にはまりに行く必要はないと思っていた。まあそんなんだから基本的なことから一歩踏み外しているような、創作姿勢であり人生である。

 死を悟り、狂気のように叫ぶマンタの姿。なんとよく重なりあうことか。おれたちが殺さずとも、遠からず誰かに殺されていく男なのかもしれない。殺されるための男、というものは、やはりいるのだろうか。殺す男、という類型はあきらかに存在する。しかしそのような男は一方ではひどく恐れられるためにかえって殺されやすい存在でもあるのだ。
「先の見込みのない人間の方が、先のことを考えるもんさ」
 臆病で女々しいやつほど些細な感情による衝動が制御できないで自ら危険な方へ身を投じたりするものだからな。

 このような箴言が随所に現れるので、どこか聖書めいた雰囲気もある。階層を重ねていく魔界での悲惨な出来事、弱肉強食の地獄絵図、神も仏もいながら殺し殺されは続いていく。

 1991年発行の河出文庫版で読んだ。定価は300円である。年寄り作りを始める前の、若々しい著者の近影が時代を感じさせる。



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