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「憧れの文芸部部長に手錠をかけられる話」#シロクマ文芸部

 花火と手錠を交互に見ながら僕は部長に訊ねた。
「どうして僕は部長に捕まっているんですか?」と。
「今書いている小説の中で、花火大会の最中に刑事が容疑者に手錠をかけるシーンがあるの。実際にやってみないとよく分からなくて」
「前もって言ってくれたらいいのに」
「突然手錠をかけられたらどういう風に驚くか、というところも見たかったから」

 わが校の文芸部部長である彼女の書くのは、高校生同士の純情恋愛小説などではない。中年男性同士が絡み合うハードな大人の読み物である。中学時代から年齢を伏せてその種の雑誌に投稿を続け、既に何冊か著作も出している、いろいろな法律と倫理に反している存在である。だから部長の誘いが怪しくないはずはなかったのだが、憧れの部長と花火大会デートだと浮かれてしまっていた。彼女は親子連れの父親の観察に余念がないように見えたのに、密かにこのような企画を立てていたのだ。

「手錠をかけた後の二人はどんな展開になるんですか」
「こんな大勢の前で君を気絶させるわけにはいかない」
「聞くだけで気絶するような展開をどうやったら構想できるんですか!」
 華奢で大人しそうで真面目そうで優等生風の眼鏡をかけた部長の頭の中は、中年男性同士のとても見せられない姿態でいっぱいなのだ。
 花火大会の会場は人で溢れているから、手錠がかかったままでは動きづらい。
「そろそろ手錠を外してください」と部長に頼んだ。
「さっき後ろの人とぶつかって、その時鍵が飛んでいってしまった。とても探せる状況じゃないんだ。あははは」
「笑いごとじゃないですよ!」
 おもちゃの手錠なんだからどこかに強くぶつければ壊れるだろう、と思ったが、よく見ると随分本格的な造りをしていた。
「ちなみに警察が実際に使用している本物だから、壊そうなんて考えない方がいい。出版社に頼んで借りてきた」
「そんな出版社は許されないと思うんですが」
「気にするな。私の読者には現役警察官、現役裁判官、現役総理、現役犯人などが多数いるので、大抵のことには協力してもらえるし、もみ消してもらえる」
「この国が信じられなくなってきたんですけど」

 いつまでも手錠で繋がれていてはまずいし人目もある。花火大会が終われば人々の視線も下に戻る。手錠で繋がれている僕の姿を動画で撮られても困る。部長は何か閃いたのか、手帳を取り出して、熱心に執筆を始めていた。きっと中年男性同士が絡み合うおぞましい何かを異常な速度で書き進めている。その作品はきっとこの国の中枢にいる何者かに響いてしまい、生まれてはいけない法律などが作られてしまうのだろう。僕は後戻りのできない犯罪に加担している気になってしまった。憧れの部長と二人きりで花火大会デート、舞い上がってしまった過去が遠い昔のことに思えた。しかし気が付くと僕の手錠は外れていた。

「鍵なくしたなんて嘘だから」と恥ずかしそうに部長は打ち明けた。
「突然手錠をかけられるところから始まる話を書いてるから、男性の生の反応を見たかっただけなんだ。嘘ついてごめんね」
「どういう話ですかそれは。ちょっと聞かせてもらっていいですか」
「男子高校生の死体を引きずって帰る体力は、私にはないよ」
「構想聞いただけで人を殺せる話を考えないでください」
「君はパンダに『笹を食べるな』って言えるのかい?」
「パンダに話しかけません!」

 そんなわけで、どんな花火が上がっていたのかさっぱり思い出せない夏の一日となった。だけど、ドッキリをばらした時の部長の照れ笑いは、どんな花火よりも熱く美しく、僕の記憶に焼き付いている。

 別の日の話。
「君をモデルにして書いた新作の評判が良くて、シリーズ化することになった。もちろん中年男性にアレンジしてあるから心配しないで。とりあえず拳銃を借りてきたんだけど」
 受難の日々は終わりそうにない。

(了)

今週のシロクマ文芸部「花火と手」に参加しました。

中年男性の絡み合いしか書かない文芸部部長の話はこちらでも読めます。

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