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受賞作が出来上がるまで(冬ピリカ祭入賞)

掌編小説賞、ピリカグランプリで審査員賞をいただきました。



 直近のことでもあり、制作過程をよく覚えているので、どのようにこの作品が出来上がっていったか、というのを書いていきます。選評で文章の推敲について触れられていたので、どのように文章が練り上げられているか、脳内で殴り合いが行われているか。

 長い上に、脳内人物達との会話が入るので、引かれるかもしれません。あらかじめ警告しておきます。


 前段階

 今年、十六年振りに俳句を詠み始めた。Twitterで毎日その日のお題となる季語を発表する方がいて、#kigoのハッシュタグを付ければ、自然とTwitter句会のようになるという仕組み。以前から時折いいなと思える句があった。自分も昔俳句を毎日詠んでいたことを思い出して、再開した。

 とはいっても、俳句の王道、写生句はあまり詠まない。むしろ俳句から派生する物語も追記してみたらどうだろう、ということで「俳句物語」が始まった。


そのうちの一つ。季語「炉話」で詠んだ句及び俳句物語


一行ごと燃やして炉話終わらせず

 作家が死んだ。供養に著作を全て燃やせと言う。断ると死靈となりまとわりついて、しつこく燃やせ燃やせと言う。あなたの本が好きだから嫌だと断るが、自ら火に入れだした。私は奪い取り、せめて、と一行ごと破って燃やした。その間長い話も出来た。

 俳句物語を原案にして、掌編小説に仕上げる、という事を何度かやっている。




 その流れで「原稿用紙を一行ずつ破って燃やす話」の初稿を書いた。


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「一日一枚原稿を燃やす話(仮)」
 世界一好きな作家が亡くなった。
 最愛の人だった。
 長年連れ添った夫だった。
 そうなるだろうとは思っていたが、化けて出た。
「俺の著作を全部燃やしてくれ」と作家は言った。
 無茶なことだ。著作数は百を超えるし、数十万部の単位で流通済である。
「生原稿だけでも構わない」
 パソコンを使えないわけではなかったが、肉筆にこだわる人だった。ゆっくり丁寧に字を書き、一文字を書いている間に次に書く文字を考えているのだと言っていた。「一文」ではなく「一文字」だった。そのせいか手直しが少なく、締め切りに遅れたことはなかった。
「嫌です」と断った。
「原稿含めて、愛してました」
「燃やしてくれなければ、死ぬまでつきまとうぞ」
「望むところです」それが望みです。
「実を言うとな」と言いかけて作家は腹を押さえた。
「死んでもお腹がゆるいんですか」
「それはそうなんだが、本当のことを言うと、俺の書いたものは、全部嘘だったんだ」
「存じてましたが」
 妻への愛の物語も、若い頃の無鉄砲自慢も、若者への指導的な文章も、全て嘘っぱちだとは知っていた。作家の真の姿は、臆病で、ちっぽけで、愛情は妻にではなく常に自作の登場人物たちに向けられていた。
「長年書き続けてきた虚構の文章が俺にまとわりついて、離れんのだ。身動きが取れんのだ。天国へも地獄へも行けんのだ」
 言われて目を凝らして作家を見つめてみれば、薄い墨汁で書かれたような文字が作家の周囲をぐるぐる回り続けている。自分の書いた文章の鎖で縛られている。自縄自縛とはこのことか。つらそうに見えた。何十年も書き続けてきたのだから、最低でも何十年は縛られる量ではあるわけだ。
「仕方ありませんね。一晩に少しずつですよ」
「恩に着る」
 私は一晩に一枚ずつ、作家肉筆の原稿用紙を燃やしていった。一枚を一行ずつ破いて、少しずつ。作家が文章を書いている間中放っておかれた時間を取り戻すように、燃やしている間作家と話し込んだ。死んでしまった作家はうまく計算出来なくなっているようだが、そのペースでは、私の寿命が尽きるまでに全ての原稿を燃やすことは不可能だった。
 もし作家がそのことに気付き、無理やりにでも原稿を燃やそうとしてきたら、私にも考えがあった。まだ作家になる前、私に送り続けてきたラブレターを、一文ずつ、燃やすのではなく、朗読するのだ。
 地獄の責め苦よりもつらいものだろう。楽しみだ。
 寝る間も惜しんで書き続けた作家の魂は、執筆から離れてようやくゆっくり休めているように見えた。私達は執筆のことでもなく、子どもたちのことでもなく、どうでもいい、他愛もない話を、毎晩語り明かした。作家が生きていた間に、私はそのようにして彼と一緒の時間を過ごしたかった。
 お腹を押さえてどこかへ走り去る作家の姿が、夜の終わりの合図だった。執筆もそのようにして終わっていた。今思えばそれも死の予兆だったのか。家族を食わせるため、読者を満足させるために、作家は文章に命を与え続けていたのかもしれなかった。
 原稿とラブレターのストックがなくなる前に、私の寿命が切れた。もう作家の名前は世間から忘れ去られていた。作家を縛る文章の鎖はまだ切れないので、実家に戻って住み始めていた子どもたちの許可も得て、作家と私の亡霊は原稿を燃やし続けた。
 燃やす原稿がついになくなる時が訪れた。
 しかし作家の魂は消えず、私達は他愛もないことを、終わることなく話し続けた。

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 ここまで書いたところで「(了)」とはつけなかった。
 各所手直しした方がいい所があったし、急いで投稿する必要もなかった。

 そこでふと思い出した。noteで過去の名前(楢山孝介)を出してから、ネットでの交流が十数年振りに再開した武川蔓緒さんから、「こんな賞がありますよ」と、ピリカグランプリの存在を教えてもらっていた。原稿を燃やす辺りがテーマの「あかり」にも沿っていた。
「少し時間をおいてブラッシュアップしてから出してみよう」

 戦いが始まる。

 数日経って、読み返してみる。脳内編集者との対話が始まる。
私「素材はいいと思うんだけど、この形のままでは駄目だと思う。どうしたらいいかな」
編「夫婦の役割を逆転した方がいいでしょう。現在あなたも主夫同然の生活ですし、リアリティも出る」
私「なるほど(夫婦の役割を逆にして書き直す)」
編「女性作家の外見描写も必要でしょう」
私「分厚い眼鏡でボサボサ頭って感じかな」
編「設定変更により細かい間違いがあるかもしれません。規定よりも字数がオーバーしてるから削る箇所も検討しないと。一旦校正に回しますね」

 この時点での途中稿は残していなかった。
 昔なら、少しでも書き直す度に新しくファイルを作っていたので「投稿作(10).txt」みたいなファイル名になることもあった。

 脳内校正者(鬼)
校「『著作数は百を超えるし、数十万部の単位で流通済である。』
  これ、部数を書く必要ありますか?」
私「数百万部だと大ベストセラー作家かなってなっちゃって」
校「百冊も出版出来てる時点で、ベストセラー作家になった経験はあるでしょう。この話で重要なのは、売れた部数ですか?」
私「いや、生涯書き続けてきた作家の姿勢、かな」
校「部数関連の記述は削除して下さい。大体数字の考証をまともにせずに書いていて恥ずかしくないんですか」
私「ごめんなさい」

校「同じく数字面のことですが」
私「はい!」
校「原稿を一晩に一枚燃やすなら、一年で365枚ですよね」
  仮に365枚でちょうど一冊分だとすると、燃やし尽くすのに百年かかります」
私「はい」

死んでしまった作家はうまく計算出来なくなっているようだが、そのペースでは、私の寿命が尽きるまでに全ての原稿を燃やすことは不可能だった。
 もし作家がそのことに気付き、無理やりにでも原稿を燃やそうとしてきたら、私にも考えがあった。まだ作家になる前、私に送り続けてきたラブレターを、一文ずつ、燃やすのではなく、朗読するのだ。

校「設定が男性作家のままだったならともかく、奥さんの幽霊が、結構な分量のある原稿を無理やり燃やそうとするでしょうか?
  キャラ崩壊に繋がりません?
  ラブレターの部分は蛇足ですよね。不要です」
私「承知しました」
校「夜の終わりが腹痛というのも、下品です」
私「それは身体の具合が悪いのに書き続けた作家の性格を」
校「身体の不調くらいパートナーが見ててやれや!」
私「すいませんでした!」
校「(編集者に言われて付け足した、女性作家の容姿の描写を読んで)
  ここ、後から付け足してますよね。浮いてます。ありきたりです。つまらないです。
  創作舐めてませんか? 『大体こんな感じでいいだろ』とかで書いてませんか?」
私「ごめんなさい殴らないでください殺さないでください」


 鬼に殺されそうになりながら大幅に書き直す。脳内編集者は自分の提案した部分を丸ごと削られて無言になっている。
 また時間を空けて見直そうかと思ったら、鬼が追撃してきた。
校「明日になったらまた子供達にちょっかい出されて、集中出来なくなるでしょう?
 今なら脳内編集者・脳内校正者共に機能してるんだから、無理してでも今晩中に完成させなさい。
 寝不足? 体調と執筆とどっちが大事だと思ってんだ?」

 で、大幅な書き直しと仕上げをその晩に全部やらされる。
 ライティング・ハイもあり、なかなか眠れず、翌日ぶっ倒れる。脳内連中はずっと休んでいた。


 その後、投稿して終わり、だけでは悪いと思い、参加作品を全て読み、自分基準で審査してみた。自分の目と、審査員の目がどれくらい重なり、また違っているかの確認の為でもあった。責任ある審査員の方々とは違い、一次審査は一度読み通しただけなので、一気読みによる読み疲れもあり、作品の美点を見落としていることも多かったと思う。
 133編→16編→最終選考6編。
 最終選考に残った6編は、自分の中ではどれが受賞してもおかしくないと思ったので、それ以上は選ばなかった。ちなみにその内の1編が、特賞に選ばれた「灯りに向けて進め」。
 自分の選んだ6編のうち2編が入賞した。三分の一は自分の感性と審査員の感性が一致している、というわけで、今後の参考にしてみようと思う。

 書き直した結果、「原稿を線香代わりに燃やす」というあたりで、脳内ジョイマンが「原稿! 線香!」と叫び出した。

 
 冬ピリカに関わった全ての皆様、ありがとうございました。
 
 脳内校正者に殺される前に、初稿からもう少しいい形にしておかないと……。
 

 

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