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セクハラ告発と名誉毀損——関連判決

ハラスメント(ここではセクシュアル・ハラスメントの事例に限定して述べます)被害の告発をする場合、名誉毀損のリスクが生じる可能性があります。そもそも被害を受けた側が、傷を負いながら声をあげるという行為をするだけでも十分負担なことであり、その上、名誉毀損のリスクまで背負わされてしまうというのは理不尽なことです。しかし実際には、それが現状となってしまっており、このしくみ自体を変えないといけないものだと思いますが、さしあたって現状の名誉毀損についての基本的な情報を掲載しておきます。




【名誉毀損とは】

・刑法230条(名誉棄損、親告罪)
第230条
 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀き損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。
2 死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。

・民法709条、710条(不法行為による損害賠償)
第709条

故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
第710条

他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。

 

名誉毀損には刑事上、民事上の2つの法的側面があり、

・刑事上・・・・名誉毀損に当たらないか→告訴されないか
・民事上・・・・名誉毀損に当たらないか→損害賠償を請求されないか

の違いがある。判断基準は同じ。
刑事訴訟の方が厳格に(被告にとって有利に)判断される。
※ 民事は個人間の争いだが、刑事は国家が個人を処罰するかどうかを決定するのでより慎重になる。

不特定多数に対し、具体的事実を示して、相手の社会的評価を下げる表現行為をした場合、原則として名誉毀損行為だとされ、ただし、

① 公共の利害に関する事実にかかり(犯罪に関する事実もこれとみなす)
② その目的がもっぱら公益を図ることにあり
③ 真実であることの証明があった

という場合、違法性が阻却される(=否定される=違法ではないと判断される)というという法的な枠組みになっている(刑法230条の2Ⅰ)。

刑法 第230条の2
1 前条第1項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
2 前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。
3 前条第1項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。

 


※ 公訴提起前の犯罪行為に関する特例(230の2Ⅱ)

公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなされる(事実の公益性を証明しなくて済む)。

もし「犯罪行為はなかった」とされても、「行為者がその事実を真実であると誤信し…たことについて、確実な資料、根拠に照らし相当の理由があるときは、犯罪の故意がなく、名誉棄損の罪は成立しない」(最大判昭44.6.25)


※ 名誉回復・差止請求

民事訴訟では、損害賠償のほかにも、名誉回復(記事・投稿の削除や謝罪広告など)、差止請求(関連投稿の禁止など)を求められる場合がある。




大学におけるセクハラでは、ハラスメントによって懲戒を受けた教員が、雇用主である大学に対してその処分を不当だと争った事例(=ファイトバックケース・・・後述)がいくつかみられるが、一般的には、組織が被害者を訴えたケースには私企業のものが多い。

【ファイトバック(fightback)ケース】
懲戒された加害者が厳しすぎる懲戒処分を争うケース。加害者とされたものが原告となり、雇用主に反撃する。ファイトバックケースは増加の傾向にあり、2004年には主要判例雑誌(判時・判夕・労判)掲載のセクハラ判決93件(含・キャンパス・セクハラ、含・上訴)中、ファイトバックケースはわずか7件(7.5%)だったが、2010〜2013年には近時ハラスメント判例50個の中で、13件(26%)がファイトバックであった。

——吉川英一郎編著『判例で理解する職場・学校のセクハラ・パワハラ——実務対策:どんな事案がどう判定されたか——』(文眞堂、2016)参照



【セクハラ告発と名誉毀損関連判例】


元川越市議による名誉毀損の提訴

「セクハラ主張の女性職員を提訴…元川越市議「名誉毀損だ」 330万円賠償求め 出馬意向も 女性の反応は」(埼玉新聞、2019.02.22)



国立大学法人茨城大学事件(水戸地判H26.4.11)

大学訴えた教授を学長が非難、名誉棄損に当たる? 社会的な評価を低下させた(労働新聞社、2015.05.04)

・・・原告によるまとめ



秋田県立農業短期大学事件(仙台高裁H9.12.10)

https://www.zenkiren.com/Portals/0/html/jinji/hannrei/shoshi/07247.html

・・・関連記事

1997年の「セクハラ裁判」画期的判決、「強姦神話」と弁護士はいかに戦ったのか(弁護士ドットコムニュース 2018.9.24 )


京都大学矢野事件(京都地判H9.3.27)


鳴門教育大学セクハラ事件

「性暴力とたたかう4 第1部 被害者の告発④ セクハラ 執拗な接触体が悲鳴」(徳島新聞、2019.9.22)

※訴訟としては 高松高裁 平11.6.22


愛知セクシャルハラスメント事件(名古屋地判H15.1.29)

http://genderlaw.jp/hanr/sexhara/2-2-2003.01.29.htm

・・・この事例では被告(加害者)個人が反訴で名誉毀損している。

判決文:https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail6?id=18609

解説:季刊労働法207号214〜223頁2004年12月(未参照)





セクハラ告発と名誉毀損は深刻な問題です。名誉毀損で訴えられるかもしれないと思うと、声を上げようとおもっていた被害者たちが萎縮してしまう恐れがあります。そもそも名誉毀損についての法律はどのような背景で生まれたのか、というところも気になるところであり、今後、余裕があれば、被害者たちにむけて勉強会など開催できればいいなと思っています。


・弁護士におすすめされた本(未読)



文責  深沢レナ
法律監修  Yu

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