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【恐怖短編】見たら死ぬ絵

 ……お手元の資料にございますように、今回のレポートは2024年に発生いたしました、いわゆる「見たら死ぬ絵」インシデントにつきましての私見となります。

 いま「私見」と申し上げましたが……「見たら死ぬ絵」を見てしまうとすぐ、あるいは数日内に死んでしまうということは、積み重ねられたデータ、報告によって証明されてしまっております。

 しかし「見たら死ぬ絵」を子細に分析することは、その性質上不可能……つまり生命、または人権に関わる問題となります。

 ゆえに、我々はいわば外堀を埋めるように、この現象を考えていくほかない。

「私見」とはつまり、そういう意味でございます。ご了承ください。

 詳しいデータ等は資料を読んでいただくとして、私からは口頭で概要、アウトラインを語らせていただきたいと思います。

 そちらの方が理解が多少、早くなるかと存じますので……



 まずは「AIによる絵画生成」の歴史と、特徴についてザッとお話したいと思います。
 資料の3枚目をお開きください。


「AIによる絵画生成」技術、これは2022年に一般化いたしました。
 当然それ以前にもこのような試みはございましたし、文章生成や色付け・カラーリングなどの方面で使用されることは多くありましたが、
 2022年に、「自動絵画生成」──つまりAI、人工知能に「絵を描かせる」行為──は爆発的に拡散しました。 
 文章生成AIとの比較、拡散の度合いなどは、資料のグラフをお読みいただければわかるかと思います。


 この「自動絵画生成」の画期的だった点は、主にふたつあります。

 ひとつはこれが、「実質無料」「極めて安価」で公開、頒布されたことです。

「実質無料」とはメールアドレス等の登録ということです。有料のものも、多くは一般の人々にも手軽に利用できる値段でした。これが「極めて安価」という意味です。


 ふたつ目はこれが、「インターネットに大量にある絵画・イラスト・画像」の取り込みをシステムに組み込んだものであった点です。

 文字列や文章、参考とされるイラスト・画像を読み込んだAIが、インターネットから関連・類似するタグやタイトル等のついた画像をいわば「拾い上げ」て、組み合わせ、混ぜ合わせて出力する。


 当時のインターネットには、古今東西、過去、現在、著作権フリーか違反か、有名無名を問わず無数の画像がありました。
 言ってみれば、無数の「素材」に溢れていたわけです。
 これが22年以前の「文章生成AI」とは格段に違う部分でありました。


 ──著作権に関わる点につきましては、2022年当時も議論となりましたが、今回のレポートでは踏み込みません。



 さて、この知識を前提に「見たら死ぬ絵」について考えていくわけですが、その前に……

 資料の6枚目の写真3枚をご覧ください。






 こちらは見た通り、カツ丼と、ラーメンと、ケーキの画像です。著作権フリーのサイト「unsplash」の過去ログにございました、2022年以前の安全な写真より転載いたしました。


 おなかがいっぱいだとか、ヴィーガンであるとか、これらの料理が苦手だというような理由がない限り、皆さんこう思われたのではないでしょうか。


「おいしそうだ」
「食べたい」


 しかし、これは単なる画像なのです。
 カツ丼と、ラーメンと、ケーキの画像です。
 味もしなければ匂いもありません。

 それなのに「おいしそう」「食べたい」と思ってしまう。


 これは何故でしょうか?


 それは単純に言うならば、「記憶を掘り起こされる」ためです。
 カツ丼を食べた時の、ラーメンを食べた時の、ケーキを食べた時の美味しさ、肉汁、脂っこさや甘さ……これらの記憶が画像によって呼び戻され、「おいしそう」「食べたい」と考えるわけです。



 逆に言うならば、ケーキもラーメンもカツ丼も食べたことのない人間は、これらの画像を見ても「おいしそう」とは思わない。
「これはなんだろう?」と考えるだけです。



 では資料の8枚目を……と開いていただく前に、苦手な方のために申し添えておきますと、
 こちらは「ヘビ」の画像です。
 お嫌であればご覧いただかなくて結構です。

[ヘビ一匹が草むらから出ている/無数のヘビが絡み合い球状になっている 画像2枚略]

 これを見て「うわっ」と感じない方は少ないと思います。
 1枚目のように一匹であれば問題なくとも、またはペットでヘビ、爬虫類を飼われている方でも、2枚目の画像には一瞬「うっ」となるかと思います。


 あるいは、今回は準備しておりませんが、もっと直接的に「グロテスク」な画像──たとえば人間の内臓など──を見て「うっ」と嫌悪感、忌避感を持たない人はさほど多くないでしょう。



 これは、先ほどのラーメンやケーキの画像とは違います。記憶以前のものです。
 ヘビの玉、人間の内臓を知らずとも、見たことがなくとも、人は反射的にこれらを嫌い、避けるといった反応を見せます。
 この研究は資料の最後の参考文献に載せましたが──世界のどの地域、どの人種、どの年代でも似たような反応となります。


 参考文献で提出されている仮説は、これらの画像が「死」に繋がるものであるから、というものであります。

 ヘビに噛まれれば死ぬことがあります。
 大量のヘビであれば噛まれる危険性も高い。

 内臓が見えている、出ているということは、その人間の「死」を意味しています。

 これは学習されたものなのか?
 そうではありません。

「死」を忌避する感覚は、いわば本能的なものです。

 料理の画像を「おいしそう」と感じることを、私は今回、「準・本能喚起」と名付けました。
 料理の記憶という文化的なもののフィルタを一枚挟んで、本能を喚起する。


 一方、ヘビやグロテスクな画像を「うわっ」と感じることを、「本能喚起」と呼ぶことにします。
 これは文化や世代を超えて、ダイレクトに人間を刺激します。 
 曖昧な言い方になりますが、「動物的生存本能」に訴えかけてくるものです。



 ……いささか遠回りになりましたが、ここからが「見たら死ぬ絵」への仮説への本題となります。


 2024年に出現した「見たら死ぬ絵」は、ご存知の通り「AIによる絵画生成」によって発生いたしました。
 資料11枚目は、発生数ヶ月前の参考画像です。AI自動絵画生成サイトにあった「見たら死ぬ絵」の先祖のひとつとされていますが……

 ……こちらの「絵」は、当時の書き込みを見るに、「気分が悪くなる」程度のものらしいのですが、念のため全面にモザイク処理を施してあります。

 この画像をベースにさらに、AIを使って数段階、あるいは数十段階変化をつけて発生したのが、「見たら死ぬ絵」である……とされています。


 誕生後の世界的なパニック、社会的なあの混乱・騒乱につきましてはここでは言及いたしません。

 ここでは「見たら死ぬ絵」を見たと思われる人々の主な反応、死因などを、周囲にいた方々の証言を元に記すに止めたいと思います。


●不整脈からの心停止

●叫ぶ、絶句するなどの「驚き」の反応を見せた後に、窓から飛び出す、道路に飛び出す他の「逃げ出す」行動をとり、墜落死・追突死する 

●屋内から逃げ出し、食事も睡眠も取らないままどこまでも逃げていき、衰弱死を遂げる

●見た瞬間~数時間は変化は見られなかったものの、翌日~数日後より落ち着かない様子を見せはじめ、やがて前述のような飛び出し・逃亡からの死へと至る

●泣く、怒る、暴れるなどの感情的反応の後、突如として無反応となり、食事も睡眠もとらず衰弱死


 ……上記のような「症状」が、絵を見た人々の主な反応です。これらは全体(調査数28425ケース)の82%を占めており、「主な反応」と呼ぶにふさわしいものであると断言できます。

 一方でごく少数ながら、命を落とさなかった人々も存在しています。
 彼らは現在、一律に病院に収容されており、長いインタビュー等は出来ない状態にありますが、断片的な聞き取りからは、以下のような単語が共通して出てきます。


「神」
「悪魔」
「白」
「黒」
「赤」
「ねじくれた」
「殺される」
「恐怖」
「不安」
「手」



 ……ここから私が導きだした推論は、以下の通りです。


「AIによる自動絵画生成によって、本能を過剰に刺激される絵が生まれた」 


 我々はラーメンやケーキなどで「おいしそう」と感じることを実感しました。しかしそれはあくまで料理、文化的なものを挟んだ準・本能喚起です。

 また私たちはヘビや内臓、グロテスクなものに対して嫌悪感、忌避感を覚えることを肌身で知っています。これらは「死」に繋がる本能喚起です。

 しかしこの本能喚起はあくまで「うわっ」とか、「怖い」「嫌だ」という程度の、比較的穏やかな反応しか発生させません。


 ところが2022年、「AIによる自動絵画生成」がパブリックなものになりました。
 しかもこれは、インターネットの画像を無限に取り込んで出力される絵画です。


 インターネットの情報量は、有益なもの無益なもの、古いもの新しいものを問わず、想像もつかぬほどに膨大です。おそらく人間の脳のキャパシティは越えているでしょう。
 しかもそれは、何らかの形で人間・人類に結び付いた雑多な情報です。

 食物の画像もあれば、わいせつな画像もある。
 整った絵もあれば歪んだ絵もある。
 安心感をもたらす写真もあれば、不安になる写真もある。

 AIはさらに、自分が出力した画像を取り込んで、さらに学習します。
 人間が指示を出すこともありました。「このAIで作った画像から、もっと発展させたものを描いてくれ」と。
 その試行回数は、2年弱で信じがたい量となりました。
 ソフトやサイトはどんどん高品質となり、更新され、より出来がよい絵が作られるようになりました。 

 しかし、「出来がよい」の反対側には常に、「出来が悪い」がついて回ります。

 皆様も2022年当時、全体としては悪くないのに、どこかしら歪んだAI絵画を一度はご覧になったことがあるのではないでしょうか。


 人体がおかしな形をしていたり。
 顔の造形が崩れていたり。
 背景がぐにゃぐにゃだったり。
 わけのわからないものが隅っこにいたり……

 

 そのような、気味の悪い絵を。



 インターネットは、人類の歴史の結晶です。集合体です。
 そこから絞り出されるのが、「AIによる自動生成」絵画です。


 ……ここからが核心にして、推測の域を出ない部分となっていくのですが……


 一年と少しのうちに繰り返された絵画生成。 万、億、兆、京、垓、と繰り返された生成の中で偶然に。
 全くの偶然に。


 人間への「本能喚起」を上回る、「過剰本能喚起」とでも呼ぶべきものを引き起こす異常な絵が、出力されてしまったのではないか?


「恐怖や嫌悪のあまり失神する」という反応は、稀に見られることです。

 それを越える恐怖。
 本能を刺激するどころではなく、握り潰すような恐怖。 
 5階建てのビルの中や、車の行き交う道路があっても、「今すぐここから離れたい」と思わせる恐怖。 
 食事や睡眠など、生存のための活動を捨ててまで「逃げたい」と思わせる本末転倒な恐怖。


 これが「過剰本能喚起」です。


 生存者たちの証言に「殺される」という表現が出ていたことを思い出してください。
 また「神」と「悪魔」という、正反対の単語が使われていたことも。
 絵がどんなものだったのかは、ほとんど不明です。
「白」「黒」「赤」という漠然とした色の印象しか残っていません。
 彼らはあまりの「恐怖」と「不安」によって、記憶から追い出してしまっているのです。
 かろうじて、「ねじくれた」「手」という要素のみを残して。


 そして彼らは、突き動かされたのです。
 目の前に突き出された、生存本能を鷲掴みにする迫力を持つ「絵」から、逃げようと試みたのです。


 これが2024年、世界中で発生いたしました「見たら死ぬ絵」インシデントの原因である、と私は考えています。



 ……現在、ネットではごく簡単な文字のみでのやりとりしかできなくなっております。画像や動画などもってのほかです。

 AI絵画は例外なく凍結されており、すべて削除されています。

 違法な、アングラなインターネットサイトではこの限りではありませんし、一部の大国が「絵画」を保存しているとの噂もありますが……


 サイトも2022年以前の「インシデント以前」の過去のものしか閲覧できず、サイト当事者であっても一切、編集できない仕様になっております。


 インターネットには今や、インターネットの廃墟が広がるだけです。


 

 このくらいは当然の措置であると、個人的には思います。
「絵画」そのものと、それに付随する社会的パニックによって、全人類の約40%、30億人ほどが死傷者となったのですから。
 かく言う私も、父と兄と亡くしております……いえ、詳しく語るつもりはありません。会場の皆様も似たような経験をされているはずですので……



 私からの発表はこれで終わりとなります。
 が、最後にひとつだけ、蛇足でありますが、つけ加えさせていただきたい。


 もし2022年に戻れるのであれば。
 どうにかして人類に、私自身を含めた人類に、「AI自動絵画生成」をやめさせたい。
 あなたが作らせた「その画像」が、めぐりめぐって肥大化し、あなたを、周囲の人を、人類を狂わせることになるのかもしれないのだから。


 ……無論、これは結果論に過ぎません。私の感情論でもあります。
 2024年にも、25年にも26年にも、永遠にそんな絵は生まれなかったかもしれません。
 不幸な偶然が重なって、そのような絵が生まれてしまっただけです。


 しかし逆に言えば。
 2024年ではなく2023年。
 いや2022年にでも、「それ」は生成されたかもしれないのです。


 偶然は、避けようがありません。
 だからこそ偶然は恐ろしいのです。


 ……以上で発表を終わります。
 ご静聴、ありがとうございました。





 

【完】

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